18 失踪と疾走ー5
「着いたぞ、ホラ」
「こ、怖かった…」
不安定な姿勢で街中を走行する。団地に着いた後はスクーターを駐輪場へ。階段を上がって友人の家へと足を運んだ。
「……何しに来たの。2人揃って」
「警察です、家宅捜索に来ました。令状はありませんが任意で調べさせてもらいます」
「はぁ?」
「お宅で少女を1人かくまっている可能性がありましてね。悪いですが調べさせてもらいますよ」
「カエレ」
颯太がポケットから取り出した生徒手帳をチラつかせる。目の前にいる女子に向かって。
「隠そうとするとは益々怪しい。さては華恋さんをかくまっているな、貴様!」
「何わけ分かんない事ほざいてんのよ。さっさと邪魔な足どけろ、馬鹿!」
「閉められてたまるか! ぐぬぬぬぬっ…」
直後に住人がドアを閉扉。だが負けじと颯太が隙間に靴を突っ込んだ。
「おらぁっ!!」
「ぶほぉっ!?」
「人様の玄関で何しとんじゃ!」
「いてっ、いててっ!?」
「こんな騒いで何がしたいんじゃ、ちったぁ迷惑も考えんかい、このアンポンタン!」
「ぎゃああぁぁっ!! 死ぬぅぅぅぅ!」
目の前で意味不明なコントが繰り広げられる。くだらなすぎる茶番が。
本気か冗談か分からないビンタ攻撃は幾度目かによる颯太のギブアップ宣言で終了。その後、滞在許可を貰えたので中へと入った。
「もう何やってるんだよ! こんな事しにわざわざ来た訳じゃないから」
「だ、だってこの女が…」
「刑事ごっこしたいならまた今度にしてよ。今は華恋を捜したいんだからさ」
「分かってるってば。いってぇ…」
「……昼間っから人んちの前で騒ぎやがって、まったく。んでアンタ達は何しにうちまで来たのよ?」
「あ、うん。ここに華恋来てない?」
「華恋?」
智沙にも簡単に事情を説明する。些細な兄妹喧嘩が原因で家族が1人欠けている状況を。
「ふ~ん、また家庭内トラブルが起きたんだ」
「という訳で何か知らない? 連絡とか貰ってないかな?」
「来てないわよ。華恋が家出した事を初めて知ったぐらいだから」
「そっか…」
念の為、部屋のあちこちを視認。人が隠れられそうなスペースは押し入れぐらいだがどう考えてもいそうになかった。
「しっかし家出とはまた大胆な行動に出たわねぇ。今ごろ半ベソかいて泣きじゃくってんのかしら」
「ねぇ、他の友達にも連絡してみてくれない? 誰かの家に転がり込んでるかもしれないし」
「アタシと華恋の共通の? 別に構わないけどアタシ、去年のクラスメートの分しか分からないわよ」
「そうか、智沙は今年クラス違うもんね…」
自分が今のクラスメートで連絡が取れるのは男子生徒のみ。もし女子の所へ行っているなら確認のしようがない。
「とりあえず思い当たる子達にはメッセ送っといた。すぐには返事来ないと思うけど」
「サンキュー。助かる」
「でも多分いないと思うけどなぁ。こう言っちゃなんだけど、あの子と一番親しかったのアタシだからね。もし家出したなら真っ先にアタシを頼ってくるハズだもん」
「僕もそう思った。だからここに隠れてるんじゃないかと思ったんだけど」
「残念、ハズレ~。転がり込むどころか連絡の1つすら来てないわよ」
「う~ん…」
一番確率が高そうな場所は不発だったらしい。期待感が高かっただけに落胆の感情はごまかせなかった。
「とりあえず他を当たってみるよ。何か分かったら連絡お願い」
「ん、了解」
「颯太。次の場所に行こう」
「母ちゃん、今までごめんよ。そしてありがとう…」
「颯太!」
「……ん?」
隣で寝転がっていた親友に声をかける。しかし話しかけた彼の目は何故かうつろ。口から泡を吐き出して手足も痙攣していた。
「それじゃお邪魔しました」
「ちょっと待った」
「ん?」
場所を移動するため玄関に向かう。順番で靴を履いていると智沙が駆け寄ってきた。
「絶対に見つけてきなさいよ。皆で遊園地行くんだから」
「……そうだね。必ず捜しだしてくるよ」
「ん? 何の話?」
「うっさい。アンタには関係ない」
予定していたそれは華恋にとってどうでも良いものだった。皆でどこかへ出掛ける事より、好きな相手が女の子と遊びに行ってしまう事の方が重要だったのだろう。
けどまだ手遅れになった訳ではない。仕切り直せば良いだけの話だった。
「駅の近くに焼き肉屋があるから行ってみてくれないかな」
「華恋さんのバイト先だった所だっけ?」
「そうそう。もしかしたら誰か何か知ってるかも」
「よっしゃ」
彼女が労働先の人達とどういう繋がりだったかは知らない。更に退職してから半年以上が経過しているし。それでも思い当たる場所はこの目で全て確認しておきたかった。
「ほら、着いたぞ」
「行ってくる」
「ん」
ヘルメットを颯太に預け店内へと足を踏み入れる。けれどまだ開店前だったので入口で止められる事に。
バイトの学生らしき人に事情を説明。奥から出てきた責任者と思しき人にも。その人は華恋の事を覚えていてくれたらしく、突然の質問にも快く答えてくれた。
「どうだった?」
「……ダメ。来てないって」
「そうか」
去年の退職以来、一度も姿を見ていないらしい。気の優しそうな人で話を聞いた後は本気で華恋の事を心配してくれた。
「次はどうする?」
「学校に行ってみようかな。ちょっと遠いけど」
「おっけー」
バイクを颯太の自宅に戻した後は電車を利用して通い慣れた場所を目指す。途中のコンビニで休憩を挟みながら。
「暑ぃ…」
そしてヨロめきながら学校の敷地内へと進入。辺りではセミの鳴き声が響いていた。
「なんかいつもと雰囲気が違うね」
「だな。生徒も少ないし」
2人して校舎内を歩き回る。グラウンドで部活動に励んでいる野球部やサッカー部の姿を眺めつつ。日差しが照りつける屋外と違って中は涼しかった。
「学校に来たわ良いけどさ、どこにいるっていうんだよ」
「念のため来てみたかったんだけど、やっぱりダメかぁ…」
「華恋さんがいなくなったのって3日前なんだろ? 学校に3日も潜んでるとは思えないんだが」
「だよね……普通に考えて」
自販機でジュースを買って体力を回復。校内を1周した後は校門へと戻った。
「今度はどこ行く?」
「う~ん、どうしようかな…」
必死に次の候補を考える。数日間も寝泊まり出来て、尚且つこの暑さを凌げそうな場所を。
3日間ずっと同じ所にいるとは限らない。いろいろな家や店を転々としている可能性もあるから。そうなったらもうお手上げ。資金が尽きて大人しく帰って来るのを待つほかなかった。
「この辺りブラ~っとしてみる?」
「そだね。華恋の行きそうなお店とか廻ってみようかな」
「案内任せるわ。んじゃ出発すんべ」
この街には颯太の下宿先と鬼頭くんの家がある。けどそれらの場所にいる可能性はゼロに等しい。
暑さと格闘しながらも華恋の行きそうな行動範囲を散策。時間の潰せそうな図書館やショッピングセンターを。しかし収穫は無し。あちこち寄っているうちにいつの間にか地元へと帰って来ていた。
「はぁ…」
気がつけば既に夕暮れ時。何時間も捜し回ってはみたが手掛かりすら見つけ出す事が叶わなかった。
「いないな、華恋さん」
「……うん」
スマホも確認してみたが智沙からの連絡も来ていない。こちらから電話をかけてみたが結果は同じ。メッセージを送った友人宅にも華恋は姿を現していなかった。
ここにきて捜索が暗礁に乗り上げる。可能性をほぼ全て潰してしまったからだ。
「ならまた明日」
「バイバイ…」
日が暮れてきたので颯太と別れる。翌日も共に行動する事を約束して。
「あ~あ…」
本当にどこに行ってしまったというのか。この世から消えてしまった訳じゃあるまいのに。
考えれば考えるほど嫌な光景が脳裏に浮かんでくる。本気で警察に捜索願いを出す事を考え始めていた。
「あ…」
リビングでテレビを見ていると意識の中に玄関が開く音が入ってくる。ソファから起き上がり弾かれるように廊下へと移動した。
「……なんだ、父さん達か」
「おう。どうした? 暗い顔して」
「別に…」
しかし抱いた期待はあっさりと外れてしまう。帰って来た両親と共にリビングへと引き返した。
「雅人1人? 香織は?」
「部屋にいるよ。また昼寝でもしてるんじゃない?」
「……っとにあの子は。時間さえあれば寝てばっかりなんだから」
「誰の子なのさ、まったく」
「本当にね」
懇親のボケをぶつけるがスルーされる。母親は買い物してきたスーパーの袋を持ったままキッチンへと入っていった。
「そういえば華恋ちゃん、どうしてるかしらね」
「し、知らないよ。僕に聞かれても」
「向こうでも元気にやってるかしら。久しぶりの里帰りだもん。緊張してたりして」
「は? 里帰り?」
会話が妙な流れになる。思わず強く食い付いた。
「1年ぶりかしらね。向こうの家に行くの」
「ま、待って。里帰りってどういう事。華恋の居場所知ってるの!?」
「居場所って、前にお世話になってた親戚の家でしょ?」
「親戚…」
どうやら1年ほど前まで住んでいた場所にいるとの事。姿をくらませたその日から。
「どうしてもっと早くに教えてくれなかったのさ!」
「なに言ってんのよ。雅人だって華恋ちゃんから聞かされてたんでしょ?」
「いや、知らないって。初耳だし」
よく考えたら当たり前。家族に一切の連絡も入れずに数日間も留守にするなんて有り得なかった。
「それでその親戚の人ってどこに住んでるの? 住所か電話番号は?」
「それが分からないのよ。華恋ちゃんがうちに来る時に、その親戚の方達も団地からアパートに引っ越したみたいで」
「引っ越し?」
「うん。住んでる街自体は同じなんだけど住所も電話番号も変わっちゃってて。だからゴメンね」
「そんな…」
せっかく手掛かりを掴んだのに再び頓挫。物事は上手く捗ってはくれない。
「とりあえずその街ってどこ?」
「熱海」
「熱海? 遠いなぁ…」
「それでもお母さんが入院してる病院からは一番近い親戚の家だったんだからね」
「あれ……最近どこかで聞いた覚えが」
頼りない記憶を遡ってみる。聞き覚えのある地名の情報を無理やり絞り出す為に。
「あ、丸山くんだ」
しばらくすると答えに到達。親しくしているクラスメートの地元だった。
「う~ん…」
ただ1つだけ解せない点がある。どうしてその親戚の家に行ってしまったのかという事。
理由は色々と考えられるがタイミングがおかしい。2日後には旅行に行くというのに。帰宅を信じてみようかと思ったが彼女が帰って来そうな予感がまるでしなかった。
「あの、僕も明日からしばらく家を空けていいかな?」
「あれ? 旅行って明日だったかしら?」
「ううん、違うよ。ただちょっと出掛けようかと思って」
待っているのが嫌なら捜しに行くしかない。例え迷惑がられようとも。
「良いでしょ? 華恋もやってるんだし」
「行くってどこに。友達の家?」
「ま、まぁそんなところ」
「あんまり向こうのお宅に迷惑かけるんじゃないわよ。夏休みだからってハシャいだりして」
「大丈夫だって。三面記事に載るような真似はしないからさ」
母親から許可を貰い、しばらく外泊する事に。父親は終始無言だったが、何も言ってこないところを見ると反対はしていないのだろう。




