18 失踪と疾走ー4
「はぁ…」
翌日も午前中からバイト先に向かう。重たい足取りで。
家族や友人に打ち明けたいが出来ない。自分達の秘密まで知られてしまう可能性があるから。
華恋が姿を消してから3日目。最後にその顔を見てからは4日が経過していた。
「うわぁっ!?」
地面を見ながらフラフラと歩く。その道中で1台のスクーターが目の前で停止した。
「よう、雅人。元気か?」
「え? 君、誰?」
「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」
「いや本当に誰なのか分からなかったんだが」
立ち止まった瞬間に運転手と会話をする流れに。ヘルメットから顔を覗かせた人物は意外な相手だった。
「そ、颯太じゃん。どうしたのそのバイク」
「へっへ~。父ちゃんに買って貰ったんだよ。夏休み中に仕事を手伝う事を条件に」
「へぇ…」
どうやら免許を取得したらしい。新しく手にした宝物を見せびらかしに来たのだろう。
「雅人は何してんの? これからバイト?」
「……そうだよ。今から駅に行くとこ」
「送ってってやろうか? メットもう1つあるからニケツ出来るぜ」
「いや、いいよ。あんまり気分が乗らないし。ていうか法律的にアウトじゃない?」
「ちぇっ、ノリ悪い奴だな。つか元気なくない?」
「まぁ…」
態度の不自然さを指摘される。的を射ているので否定のしようがなかった。
「もしかして華恋さんとケンカしたとか?」
「え、え~と…」
「分かった! うっかり着替え現場に突撃して怒られたんだろ!?」
「違うから…」
「何色の下着だった? 内緒にするからこっそり教えてくれ」
「発想が変質者だよ…」
お節介な友人が事情聴取を始める。本人の意向を無視して。
強がっていたが心のどこかでは不安が限界にきていたのかもしれない。ここ数日に起きた出来事を全て話した。
「……それで華恋が帰って来なくなっちゃった」
「おいおいおい、大バカ野郎か!」
「え?」
路肩にスクーターを寄せた颯太がにじり寄って来る。眉を吊り上げながら。
「お前、華恋さんと付き合ってるんだろ!? それなのにどうして他の女の子と遊びに行く約束取り付けてんだよ」
「ち、違……それは颯太の勘違いで」
「華恋さんが怒るのも当たり前だわ。当然だろうが!」
「話を聞いてくれ。てか首絞めないで…」
「言い訳すんなっ! 二股とか羨ましすぎるぞ!」
「どこに感情を剥き出しにしてるのさ!」
怒りを表した咆哮が炸裂。近所迷惑も考えずに喚き散らしてきた。
「雅人と華恋さんがどういう付き合い方してたか俺は知らん。そのバイトの後輩の子とどういう関係だったかも。けど1つ言える事は軽率すぎる」
「ん…」
「華恋さんが自分の事を想ってくれてるって分かっていながらどうして違う女の子に手を出したんだよ?」
「別に手を出そうと思った訳じゃ…」
「雅人の話を聞いてると、華恋さんを蹴落とす為にその後輩の子と親しくしてるように思えたんだけど」
「……見せしめって事?」
「そうかもな。自分には別の女がいるから諦めろってよ」
彼の意見はあながち間違えてはいないのかもしれない。誰かを求めたのは華恋では満たされなさい溝を埋める為だった。
「んで、これからどうするんだ? このまま黙って指くわえて大人しく過ごしてるのか?」
「そ、それは…」
華恋に戻って来てほしい。今まで通りの生活がしたい。祝福されない関係だとしても隣にいてほしい。
「失った物を取り戻したいなら探しに行こうぜ」
「え?」
「それしかないじゃん」
「ま、まぁ…」
葛藤している意識の中に積極的な意見が混ざり込んでくる。率直で的確なアドバイスが。
「俺さ、いつも雅人に迷惑かけてばっかりだろ?」
「え?」
「ノート写させてくれとか、デートの約束を取り付けてくれとか」
「そう……だね」
「だから今日は俺がお願いを叶える番。雅人のワガママを何でも聞いてやるぞ」
「……颯太」
目の前にあるのは普段あまり見られない真面目な顔。同時に誰よりも頼もしい存在だった。
「分かった。ならそうするよ」
「おう。んで具体的にはどうするんだ?」
「とりあえず智沙の家かな。いそうな場所を手当たり次第に巡ってみるよ」
ポケットからスマホを取り出し店長に電話する。休みの紫緒さんにも代わりにシフトに入ってもらった。
「さ~て、行くとしますか」
「あ、ちょい待ち」
「ん?」
「ほら。これ被れよ」
「うわわわっと!?」
歩き出そうとした瞬間に呼び止められる。飛んできた赤いヘルメットを空中でキャッチした。
「乗せてってやるよ。歩いて行くより早いだろ?」
「……マジで?」
「さっさと乗った乗った。事態は一刻を争うんだろうが!」
「怖いな、2人乗りか…」
拒否したいが確かに指摘された通り。怯えながらもシートに腰掛けた。
「よーし、んじゃ出発すんぞ」
「ちなみに免許っていつ取ったの?」
「昨日」
「え!?」
「ヒャッホォーーイ」
「う、うわあああぁぁぁぁぁぁっ!」
颯太がハンドルを思い切り握る。アクセルを全開にしたせいで車体の前輪が一瞬浮き上がった。
「んんっ…」
今までずっと家族を失う事を恐れていた。大切な人達と離れ離れになってしまう生活を。けどその現実が今まさに起こってしまっている。手遅れにならないうちに何とかしたかった。




