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6 戸惑いと強引ー3

「じゃあ行ってきま~す」


「しっかり鬼を退治してくるんだよ~」


 そして翌朝、出掛けていく妹を玄関で見送る。彼女はいつもより少しだけオシャレをしていた。


「はぁ…」


 玄関の施錠をした後は引き返す。冷たい廊下をスローペースで。


「あの子もう出掛けちゃったの?」


「……うん。食器洗いは終わらせたみたいだね」


「とっくにね。あ~、疲れた」


 リビングにやって来るとソファに座って寛いでいる華恋さんを発見。その口からは遠慮のない言葉が飛び出した。


「あ~あ…」


「何よ。人の顔見てガッカリするのやめてくれる?」


「どうして皆がいない時はタメ口なのさ?」


「だって隠す必要ないし。今更アンタに気を遣ったって意味ないじゃん」


「また優しい喋り方に戻してくれないかな?」


「うわ、キモッ! 何言ってんのアンタ?」


「キモいって…」


 両親は既にいない。つまり現状で自宅にいるのは自分達2人だけという事。


「そういえばおばさんに私の着替え買いに行けって言われてるわよね?」


「まぁ」


「あの妹が出掛けちゃったって事は、まさかアンタと2人で買い物に行かなくちゃいけないわけ?」


「む…」


 彼女がこちらを見て心底嫌そうな表情を浮かべる。まるで汚らわしい物を見るような目付きがそこにはあった。


「安心してよ。外出は中止だから」


「え?」


「僕だって君と2人っきりで行動するの嫌だし、来週香織と行って来なよ」


「来週…」


 彼女には悪いが衣類調達は1週間ガマンしてもらおう。幸い何着かの着替えをダンボールに入れて持ったきたようだし。


「それなら良いでしょ?」


「そ、そうね。なら安心かな」


「ふぅ…」


 どうやら示した意見に納得してくれた様子。無駄な口論をせずに済んだ。


「じゃあ二階にいるから何かあったら呼んで」


「あ…」


 自分も出掛ける予定だったがアリバイを作る必要が消滅。彼女と同じ空間にいたくないので自室に避難する事にした。


「ちょっと待った!」


「ん?」


 廊下へ引き返そうとすると声をかけられる。扉を開けようとしていた手の動きは急停止した。


「私さ、ここに来てからまだまともにお出掛けとかしてないのよね」


「それが?」


「アンタとスーパーに買い物行った時と、昨日高校に行った時。これ以外はずっと家の中にいたのよ」


「は、はぁ…」


 呼び止めてきた彼女がブツブツと語り始める。独演会にも近い愚痴や不満を。


「家の手伝いもやってるから結構ストレス溜まってんのよねぇ」


「……そいつは悪かったね」


「だから私、出掛けたい。来週じゃなく今日出掛けたい」


「は?」


「という訳でアンタ、この辺を案内してよ」


「え、えぇ!?」


 そのまま思いも寄らない意見を持ちかけてきた。たった今、中止にしたばかりの提案を。


「何でさ!」


「だから今言ったじゃない。ストレス発散の為だってば」


「嫌だよ、そんなの。君と出掛けるとか勘弁」


 2日前の嫌な出来事が脳裏に蘇ってくる。容赦なく殴りかかってきた華恋さんの姿が。


「だって私、この辺の事とかよく分からないし…」


「僕は君の事がサッパリ分からない」


「それに居候の身分なのに勝手に遊びに行くのも気が引けるしさ」


「なら大人しく家にいようよ」


「本当ならアンタと一緒に行動するのは嫌だけど、2人揃って家にいるぐらいなら外に出たい」


「……えぇ」


 せっかく部屋で寛げると思っていたのに。この平穏だけは崩したくなかった。


「という訳で行こ」


「や、やだ」


「なんでよ?」


「だって君、さっき自分で言ってたじゃないか。僕と2人で出掛ける事に抵抗あるって」


「そ、それは…」


「こっちも同じなんだよ。2人きりになったら何されるか分からないもん」


 今だってこの乱暴な口調。街中に出たら容赦なくコキ使われるのは確定だった。


「……そんなに嫌なの? 私と外出するのが」


「うん」


「こいつ、ハッキリ言いやがった…」


「嘘ついても仕方ないし」


 ここで見栄を張っても得なんかしない。むしろ損しかなかった。


「……う、うぅっ」


「え?」


「酷い。私はただ純粋にアナタと出掛けたいと思っただけなのに…」


「ちょっ…」


「なのに……それなのにこんな仕打ち」


 毅然とした態度を貫いていると彼女が両手で顔を覆ってしまう。弱々しい声を出しながら。


「ど、どうしていきなりそうなるのさ!」


「そんなに私の事が嫌いなんですね」


「いや、だって君が…」


「トイレに入ってきたり、体を触ってきたクセに。あの時の事が怖くでずっと怯えてたんだよ…」


「だからあれは事故っ!」


「初めてだったんだから……男の人に触られるの」


 消し去りたい記憶が意識の中に蘇ってきた。一歩間違えれば犯罪者になりかねない過去の失態が。


「もうやだ。こうなったらその時の事をおじさん達にバラしてやる」


「そ、それだけはやめてーーっ!」


 慌てて彼女の方に近付く。膝を曲げるのと同時に両手と頭を床に擦り付けた。


「すいませんでした、一緒に出掛けます!」


「え?」


「どこにでも連れて行きます。駅前でも商店街でもアナタ様の好きな場所を案内しますから!」


「……本当に?」


「はいっ、はいっ! 本当でございます。だから何卒、セクハラ容疑の件についてはお父上達に内密でお願いしますぅ!」


 全力の土下座を披露する。半泣き状態での懇願を。男のプライドなんかどこにも存在していなかった。


「よし、なら許す」


「へ?」


「最初からそう言えば良かったのよ、まったく」


「あ、あの……ショックで泣いてたんじゃ」


「はぁ? どうして私が泣かなくちゃいけないのよ」


「いや、だって今…」


「芝居に決まってんでしょ。なに真に受けてんだか」


「芝居…」


 彼女が両手を元の位置に戻す。下から顔を見上げるが涙は一滴たりとも存在していない。


「単純男」


「くっ…」


「どんだけ間抜けなのよ。本当に同い年なのかしら」


「コイツっ…」


「言っとくけど痴漢の件で傷ついたのは本当なんだからねっ! その事をおじさん達にバラされたくなかったら大人しく言うこと聞きなさいよ!」


「はい、すみませんでした! すぐに出掛ける準備をしてまいります!」


 反撃しようと勢い良く起立。だが行動に移る前に脅しの言葉で封殺されてしまった。


「あぁあ、やだなぁ…」


 部屋にやって来ると外出用の服に着替える。ブツブツと文句を垂らしながら。


「……はぁ」


 貴重品をポケットに突っ込んで一階へと帰還。彼女の姿が見えなかったのでソファに腰を下ろした。


「この前のフリフリ衣装で出てきたらどうしよう…」


 魔法少女みたいな服を着てる人間と一緒に歩きたくはない。あんな格好をしていたら嫌でも人目を引いてしまうので。


「お待たせ」


「お?」


 テレビを見て時間を潰していると本人が登場。上は肩出しルックに下は赤色のスカート。派手だが割と普通の格好だった。


「なによ?」


「いや、別に」


「あんまりジロジロ見ないでくれる? 気持ち悪いから」


「ぐっ…」


 そして安堵している最中に向けられたのは容赦ない罵声。良心のかけらも感じられない一言だった。


「で、どこ連れてってくれるの?」


「ねぇ、やっぱり一緒に行かなくちゃダメ?」


「はぁ? 今更なに言い出してんのよ」


「だって君、僕のこと嫌ってるみたいだし。2人っきりで行動するのに抵抗あるって言うか…」


「男のクセに情けないわね。ちょっと強めの口調で責められたからって弱音吐いちゃって。アンタ、下にアレ付いてんの?」


「ちょっ…」


 最後の言い訳を開始する。消極的な性格から僅かな勇気を振り絞って。直後に返ってきたのは思わず怯んでしまう下ネタだった。


「ごちゃごちゃ言ってないでさっさと出掛けるわよ。アンタだってもう支度しちゃったんでしょうが」


「そうだけどさぁ…」


「……あぁ、イライラするわねぇ」


 彼女が不機嫌面で手を頭に移動する。そのまま乱暴に髪を掻きむしった。


「ほらっ、サッサと立つ」


「えぇ!? ちょっと!」


「新しい服とカバン見に行くの。アンタが知ってるオシャレなお店に連れて行って」


「オシャレなお店…」


「中に入った事はなくても、それっぽい商品がありそうな場所に連れて行ってくれれば良いのよ」


「う~ん…」


 伸ばしてきた手に腕を掴まれる。女子とは思えないようなパワーで。


「電車に乗って行けばある……かな」


「ならとりあえず駅に行けば良いわけね。出発するわよ」


「……イエッサ」


 既に拒否権は無いらしい。数分前はあれだけ2人っきりで出掛ける事に反発していたのに。玄関でボロボロのスニーカーを履くと理不尽なワガママ女と共に家を出た。

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