18 失踪と疾走ー3
「はぁ?」
翌日、彼女から届いていた返事に釘付けになる。開かれた画面には一言だけ『ヤダ』と書かれていた。
「子供じゃないんだから…」
スネているのだろう。泣かせてしまった事に対する仕返しという理由で。
辛い心情も分かるから怒りは湧いてこない。再び帰宅を促すメッセージを送るとバイト先に向かう為に外へと出た。
「……え」
そして電車に乗り込んだタイミングで返事を確認する。そこに記されていたのはまたしても意識を奪われるような文面。絵文字も顔文字もなく『バイバイ』とだけ綴られていた。
「ん、ん?」
こちらから送ったメッセージと繋がっていない。履歴を遡ってみたが誤送信や打ち間違いとも思えなかった。
「何なんだ、一体…」
まさか家出でもしたのだろうか。あまりにも失恋がショックすぎて。
香織の言っていた通り誰か友達の家に世話になってるならまだ良い。頭の中には出会い系やら援交やらの不謹慎なキーワードが多数浮かんできた。
「……いやいやいや、そんな馬鹿な」
彼女に限って有り得ない。3日後には一緒に旅行に行く約束をしているのだから。
「ん~」
考えられる可能性は2つ。からかっているか、本当に家を出たかだ。
もしからかっているとするなら取るべき対応はさほど難しくはない。冗談で返してお終い。
けれどもし本気で家出したとしたならどうすれば良いのか。散々突き放しておきながら今さら必要な人間だなんて言える訳がなかった。
「どしたんすか? 頭痛ですか?」
「う~ん…」
「眉間にシワ寄せて。顔怖いっすよ、先輩」
「う~~ん…」
「なんか考え事ですか? 良かったらうちが聞いてあげますけど」
「う~~~ん……」
「分かった! やっぱりカバ派に寝返りたいんだな!」
「違うってば…」
店に着いてからも頭を捻り続ける。話しかけてくる後輩の言動を無視して。
「カバはトロそうに扱われてますが実は獰猛な動物でして…」
「その話どうでもいいから…」
疎ましく感じるが強く突き放せない。悪い子ではないと理解していたから。
「実は妹が家出したかもしれない…」
「妹? 香織ちゃんですか?」
「いや、同い年の方」
「あぁ、師匠か。でもまた何で家出?」
「2日前から帰って来ないんだよ」
仕方ないので事情を暴露。深く触れないように気を付けつつ現状を打ち明けた。
「それってまさか誘拐じゃ! な、ならお巡りさんに連絡しないと」
「いや、本人にメールしたら返ってきたからそれは無いと思う」
「なんて返ってきたんですか? 家出しますって?」
「帰って来いって催促したら嫌だって。その後バイバイって送られてきた」
「どうしてまたそんな展開に。先輩が師匠を泣かせたんですか?」
「泣かせた……う~ん、泣かせたのかな」
お互いに割り切れたと思っていたのに。それはとんだ勘違い。双子のクセに妹の気持ちなんか全くもって理解していなかった。
「泣かしちゃった原因は? まさか暴力振るったとか」
「それはむしろこっちがやられてる」
「はい?」
それから集中力を欠いたままバイトを継続。終わった後はダッシュで帰宅。しかし予想通り華恋は不在だった。
「私物はここにある…」
いてもたってもいられず客間へと突撃する。そこには制服や趣味の小道具、数多くの私物が存在。つまり遠くへ引っ越してしまったという訳ではない。大事にしていたコレクションを手放して消えてしまうなんて有り得ないから。
「むぅ…」
けどその有り得ないは絶対ではない。もしかしたら彼女は全てを投げ出して姿を消した可能性があるからだ。




