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18 失踪と疾走ー1

「いっつぅ…」


 寝起き早々、違和感を覚える場所を手で押さえる。痛みのある首元を。


 どうやら寝違えてしまったらしい。更に体にかけていたハズの布団まで床に落としていた。


「……やっぱり起こしに来なかったか」


 時計で時間を確認。続けてドアの方に視線を移した。


 夏休みに入ってからバイトがある日は、ほぼ必ず華恋が起こしに部屋へ登場。原因は自分の夜更かし。学校に行く時よりも起床時間が遅れる為、前日の深夜になかなか寝ようとしていなかったのだ。


 けれどもそれは昨日までの話。もう妹に甘える生活とは決別したのだから。


「んっ…」


 寝ている間に不思議な夢を見ていた気がする。知らない街で生活している内容の話を。


 観光地なのか宿泊施設の先に海が存在。反対側には稜線がなだらかな山も。


 それはまるで生前の意識を彷彿とさせる世界。記憶に無い場所なのにどこか懐かしかった。


「う、うわあぁあぁぁっ!?」


 簡単な着替えを済ませるとバイトに行く為に部屋を出る。しかし途中の階段で足を滑らせ激しく転落。


「……いちちちち」


 夏休みの緩い空気のせいなのか油断していた。久しぶりに痛い思いを経験する羽目に。


 とはいえその激しい音を聞いても誰も駆けつけてくれないのが一番辛い。出勤してしまっている両親はもちろん、二階で寝ている香織も。更には客間にいるであろう華恋さえも心配しに来てはくれなかった。


「いただきます」


 リビングにやって来ると朝食をとる。牛乳をかけたシリアスとヨーグルトをおかずに。


「行ってきま~す…」


 そして食べ終えた後は歯磨きをして玄関へ。見送り無しの状態で自宅を出発した。




「先輩先輩、聞いてくださいよ!」


「え、何?」


「うちがカバは世界一可愛いって言ったら姉さんがサイの方がキュートとか言い出すんすよ。どう思いますか?」


「凄くどうでもいい…」


 バイト中の暇な時間、紫緒さんが声をかけてくる。激しく下らない内容で。


「先輩も絶対カバの方が良いっすよね?」


「どっちもどっちかなぁ…」


「何でですか! バカなんですか!?」


「ダジャレ?」


 今日は珍しく学生バイト組の3人が集結。夏休みに入ってパートの人達が忙しくなったのでシフトが大幅に変わっていた。


「サイの方が可愛いよねぇ~、雅人くん?」


「はい、そうですね」


「うわっ、先輩が姉さんに日和りやがった!」


「ふふふ。雅人くんは私の下僕だから何でも言う事を聞いてくれるのよ」


「酷いっ! 先輩はそんないい加減な男じゃないって信じてたのにぃぃ!」


「暇なら帰っても良いですか?」


 店長が外出中なのを良い事に大ハシャぎ。紫緒さんだけではなく普段は真面目な瑞穂さんさえも。


「はぁ…」


 仕事はさほど忙しくないがテンションが上がらない。自宅にいる泣き虫の存在が気掛かりだった。


「あ、ところで先輩。香織ちゃんの連絡先って分かりますか?」


「え? そりゃ家族だから知ってるけど」


「連絡先聞こうと思ったら連絡先を知らなかったんですよ。だから先輩から連絡先を聞いてから連絡先を聞こうと思って」


「……君、何を言ってるの」


 楽しく談笑をしながら労働に勤しむ。前日の出来事を忘れるように。


 バイトを終えた後は真っ直ぐ帰宅。夕方の涼しい空気の中を歩いて帰った。




「ただいまぁ」


「おかえり。外暑かったでしょ?」


「そだね。1日中クーラーの効いてる場所にいるから外に出た瞬間にムワッとしたよ」


 リビングにやって来ると調理中の母親に出迎えられる。ソファに座っている父親と香織にも。


「こら、雅人! アンタまだ手洗ってきてないでしょ」


「後で洗うって。お腹空いてるから先に食べる」


「ダ~メ。先に洗ってらっしゃい。ほら、早く」


「ちぇっ…」


 そのままテーブルに並べられた食料に有りつこうとしたが失敗。キッチンからお叱りの声が飛んできてしまった。


「あ、あれ……華恋は?」


 仕方ないので洗面所で汗が染み付いた手と顔を洗浄する。ついでに二階で着替えて戻って来たのだが約1名の姿がどこにも見当たらなかった。


「華恋さんなら知り合いの家に泊まりに行くって言ってたよ。だから今日は帰らないって」


「泊まり…」


「友達とパジャマパーティーかな? 楽しそうだね」


 自分以外の3人は既に椅子に着席。すぐにでも食事を始めそうな雰囲気だった。


「ねぇ、本当に友達の家だと思う?」


「ん? どういう事?」


「ひょっとして彼氏の家とか…」


「はぁ?」


「分かんないよぉ。夏ってのは人を大胆に変えちゃうからねぇ」


「有り得ない、有り得ない」


 昨日、あれだけ涙を流していた人間が翌日に男の家にお泊まりとか。もしそれが出来るならよっぽどふてぶてしい心を持った悪女だろう。誰か仲の良い友達の家に泊まり、失恋の愚痴でも聞いてもらっているに違いない。女同士でしか語り合えない話もあるハズだから。


「……カオス」


 食事後に華恋の部屋へと立ち寄ってみた。壁にアニメやゲームのポスターが存在している空間へと。


「今日はいないのか…」


 いつも聞いている騒がしい声が聞こえないのは淋しい。1日会わないだけなのに物足りなさを感じた。

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