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17 裏切りと涙ー6

「と、とにかく行っても良いって事だよね?」


「……ねぇ、やっぱり私はダメだった?」


「え?」


「女の子にはなれなかった? 雅人にとって私は妹のまま?」


「どうしたの、急に…」


「別れた時と同じ? この家を出て行った時と変わってない?」


「さっきから何が言いたいのさ」


 話が見えてこない。この流れが行き着く先の見当がつかない。ただ漠然とした不安だけが心を覆い尽くしてきた。


「私はダメだった。やっぱり忘れられなかった」


「それは見てれば分かるけど…」


「なんか悔しいなぁ。こんな事なら戻って来なかった方がマシだったかも」


「……悪かったよ、ゴメン」


 自然と口から謝罪の言葉が漏れる。誰の何に対して謝っているのかは分からない。1つだけハッキリとしているのは目の前にいる人物を傷つけてしまったという事。


「わざわざ報告に来てくれてありがとうね。内緒で出掛けてたら、そっちのがショックだったかも」


「うん。まぁ、最初は黙ってようかと思ってたんだけど。ただ事前に話しておけば余計なトラブルにならないかなぁって」


「私は負けちゃった訳だ。その後輩ちゃんに」


「負けたっていうか、勝ち負けとか関係なくない?」


「そうよね、雅人の言う通りだわ。私は勝負する事すら叶わなかったわけだ」


「お~い、人の話聞いてる?」


「はぁ~あ……所詮、現実はこんなもんか」


 呼び掛ける声に返事が返ってこない。会話の中に度々スルー行為が発生していた。


「無理やりキスしちゃった事あったよね。ゴメン」


「あれはビックリしたよ…」


「手錠かけて拘束したり、コスプレしてメイドごっこしたり……何やってたんだろ、私」


「悪ふざけにしては道具にお金かけてるよね。普通そこまでしないもん。それ相応の見返りでも貰えない限り」


「見返りくれなかったじゃん。誰かさんは」


「えぇ……こっちのせい?」


 理不尽極まりない。そのどれもが一方的なワガママに振り回されただけなので。


「笑えるわよね。アホ丸出しじゃん、私」


「あはは…」


「アハハハハハ」


 室内に乾いた声が響き渡る。深刻な空気を和ませてくれるような台詞が。けれど彼女と目が合った瞬間、抱いた安堵感もすぐに消えてしまった。


「……また泣いてるし」


「だって、だって…」


「最近、本当によく泣くよね。そんな泣き虫だったっけ?」


 彼女が体を震わせている。何度も目元を擦りながら。


「こっちが泣かせたみたいな状況だけど……やっぱり僕のせい?」


「どうだろ。惨めだから泣いてるのかも」


「別に誰も華恋の事を責めたり馬鹿にしたりなんかしてないし」


「うぅん、違うの。今までしてきた努力が全て水の泡になった気がして悔しいだけ」


「自分自身に八つ当たりしてるって事?」


「かな? よく分かんないや。これからどうしたいのか」


 側に寄ろうとしたが途中で思いとどまった。今だけは近付いていけない気がしたから。


「もう何にも考えられない。やっぱり私はここでもダメダメな人生だった」


「そ、そんな事言わなくても。幸せなんてこれからたくさん経験出来るさ」


「もし雅人が後ろからギュッて抱き締めてくれたとしても全く幸せになれないぐらいどうでもいい気分」


「いや、そんな真似はしないけども…」


「そうだよね、しないよね。する訳ないもん。そんな事してくれたって同情みたいで全然嬉しくない」


「やっぱり遊びに行かない方が良かった?」


「今更やめてどうするのよ。そんな真似されても余計辛くなるだけ」


「ゴメン…」


 遠慮と叱責の言葉が何度もぶつかる。その発言内容の大半はヤケクソに塗れていた。


「遊びに行くのは構わないわよ。私に止められる権利なんかないし」


「でも…」


「別に邪魔したりとかしないからさ。安心して楽しんできて」


「……む」


 彼女の言葉の真意は分からない。本音なのか、ただの強がりなのかは。ただ今の自分の心配はデートの妨害ではなく、自暴自棄な華恋自身の態度にあった。


「今までゴメンね。色々と迷惑かけちゃった」


「迷惑だなんて思った事は一度もないし。だから謝らないでくれよ」


「本当に? 実は何度もあるんでしょ?」


「ま、まぁ…」


「やっぱりね。普通はそうだよね。こんな奴のワガママに引っ張り回されたらさ」


「……自覚はあったのね。ワガママだって」


「当たり前じゃん。なかったら真性のお馬鹿ちゃんだよ、私」


「ん…」


 ならそのワガママを貫き通していたのは好きな相手を慕っていたからなのだろう。けれど今だけはその感情が彼女を苦しめる原因になっていた。


「私の分まで幸せになってね…」


「変な事言わないで。縁起でもない」


「私は……もう雅人の足手まといにならないようにするから」


「そこまで気負わなくても。今まで通りで良いんじゃないかな。普通に仲良くしていれば」


「うぅん、それはダメだよ。だって私はアンタの妹だもん」


「華恋…」


 淋しそうな顔がすぐそこにある。思わず名前を呟いてしまう程の悲痛な表情が。


「ねぇ、1つだけお願いがあるんだけど」


「何?」


「私が雅人を好きだったって気持ちを忘れないでほしいかな」


「……忘れる訳ないじゃん。こんなインパクト強いエピソード」


「そうじゃなくてさ、無かった事にしないでほしいって意味」


「あ…」


 互いに平静を取り戻した後は会話を再開。場の空気は信じれないぐらいの穏和な物になっていた。


「……分かった、約束する。けど華恋もちゃんと守ってよ」


「何を?」


「幸せになるって。人生投げ出すなんて絶対に許さないから」


「は~いはい、分かりましたよ。お兄ちゃんに怒られたら逆らえませんからね」


「まったく…」


 2人して頬を緩ませる。仲直りした友達同士のように。


 ずっと放置していた溝を埋められた事を実感。しかしそれは都合の良い思い込み。この時の自分は華恋の気持ちを全くもって理解していなかった。


 普通の兄妹に戻れただけ。それが今までの生活と何が変わるのか。想像と現実は違っていた。


 そしてその事に気付くのはこの日から数日後。知らない間に彼女はこの家から姿を消していた。

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