17 裏切りと涙ー4
「はあぁ……動きたくない」
「もう昼だよ。いい加減起きなって」
「だって暑いもん。起きたくないもん。動きたくない」
「怠け者の見本みたいだ…」
バイトの無い暇な日。団地住まいの友人宅を再び訪問する。
相変わらず彼女は物ぐさな日々を過ごしているらしくパジャマ姿に寝ぼけ眼な状態。とても男を部屋に上げているとは思えない様相がそこにはあった。
「雅人、お茶」
「どうして客に頼むのさ。喉が乾いたなら自分で持ってきなって」
「あんたねぇ、アタシが水分不足で体調崩しちゃっても良いっていうの? えぇ!?」
「本当に最近ワガママ度が増えてる。まるで颯太みたいだ」
「ふざけんなっ! あんな遅刻サボり魔スケベ野郎と一緒にするな!」
「そこまで言わなくても…」
部屋主がダラダラと布団から起き上がる。大胆にもヘソを露出した格好で。
「あぁ~ん、眠い眠い。死ぬまで寝てたいよぉ」
「不規則な生活は体に毒。休み明けとか辛くなるし」
「あんた、アタシの代わりに学校行って来てぇ。ついでにトイレも行って来てぇ」
「暑さで頭がイカれてしまったか…」
仕方ないので伸ばした手で肩を固定。そのまま激しく前後に揺さぶった。
「うへぇ、あへぇ…」
「なんて声を出すんだか。もう目覚めたでしょ?」
「はあぁ……せっかくウトウトしてたのに。起こしやがって、バカバカバカ」
「どうせ暑さで目覚めてたクセに。ほら、早くトイレ行ってお茶飲んできなよ」
「ちっ…」
友人がようやく重い腰を上げる。ヨタヨタと部屋を出ていき、しばらくするとグラスを片手に帰還した。
「かーーっ、ガラガラの喉に流し込む麦茶は最高だ!」
「オッサンみたい。それで話なんだけどさ…」
「アタシ、遊園地かプール行きたい。動物園や水族館は見るだけになっちゃうからハシャげる場所で」
「な、なるほど…」
提案を無かった事にしようと考えていたのに。返ってきたのはかなり積極的な答えだった。
どうやら失恋の気持ちはある程度吹っ切れた様子。ダルいのは夏バテの影響だった。
「出かける日は雅人がバイト休みの日でしょ? 日程は任せるわ」
「な、なら決まったら電話する。最悪、前日に連絡でも大丈夫?」
「おっけぇ。どうせ大した用事もないし」
「ん、ならそうするね。水着買いに行くの面倒だから遊園地にしようかな」
「プールならアタシの水着姿が拝めるわよ。本当に遊園地で良いの?」
「あ、大丈夫です。間に合ってますんで」
面子が友人と妹2人。水着姿なんか見ても欲情しない自信がある。気まずくはなりそうだが。
「まぁ、いいか…」
流れで予定を組んでしまったが仕方ない。皆で遊びに行くのだから華恋だって怒ったりしないハズだ。
問題はもう1人の方。友人宅を出た後、電車に乗って後輩の家へとやって来た。
「わざわざ暑い中お疲れ様です」
「あの……お兄ちゃん、また出て行っちゃったんだけど」
「え? うちには兄なんていませんよ」
「いやいや…」
訪問直後に鬼頭くんに出迎えられる。用件を伝えると前回同様に中へと案内。しかし何故か入れ違いに外出してしまったのだ。
「また本屋かな。立ち読みしに行ったとか」
「本気でそう思ってます?」
「……理由はともかく時間を潰せる場所には行ってると思う」
恐らく気を遣って姿を消してくれたのだろう。2人きりの時間を設ける為という動機で。
「えっと、前に言った遊びに行く話の事なんだけど…」
「どこでも良いです。うちにあまりいたくないので外に出られるなら屋外でも屋内でも」
「あれ? でも前は家に引きこもってたいって言ってなかった?」
「あのバカ兄とずっと自宅で過ごしているうちに考えが変わりました。家にいたくないです。外に出たいです」
「それは良かった…」
「ですから遊びに行く場合は兄を誘わないでください。どうか宜しくお願いします」
「りょ、了解」
目の前にあった体が90度近くまで折れる。クッションをお腹に抱えながら頭を下げてきた。
「それでどこに行くんですか? 山とか涼しそうですよね。避暑地とか」
「山か……ちなみに無理やり誘っちゃったけど大丈夫? 本当は別に予定があるとか」
「大丈夫ですよ。かなり暇ですから」
「そっか…」
ここまでハッキリ言われたら今更無かった事になんて出来やしない。2人共あんなに乗り気じゃなかったのに。なぜ計画を中止させたくなったタイミングでやる気を出してくるのか。
「山に行くなら電車に乗って……軽く見積もっても2時間以上はかかっちゃうかな」
「山に行くのは良いんだけど何するの? ただ行くだけ?」
「そりゃあ美味しい物を食べたり、高い場所からの綺麗な景色を眺めたり。いろいろ出来ますよね」
「熊とか出ないかな。蜂とかブンブン飛び回ってそう」
「ならやっぱりやめときますか?」
「そうだね、そうしよう。移動に時間もかかるみたいだし」
悩んでいると彼女の口から思わぬ台詞が発信。意気込んでその提案に乗っかった。
「じゃあ先輩が前に行ってた遊園地みたいなレジャー施設とか」
「ゆ、遊園地系はちょっと…」
「……なら海かプールですか」
「どうして顔赤くしてるの?」
「いやぁ、それはだって…」
まだ水着になる事に抵抗があるのだろうか。そんな事をいちいち気にしていたら何も出来やしない。ただこの予定をキャンセルしたい人間にとっては好都合だった。
「やっぱり外出自体やめておこうか。どこに行っても人が多そうだし」
「え…」
「ダ、ダメですかね。アナタ様が乗り気でない気がしたのですが…」
「……分かりました。なら我慢して水着になります」
「いや、あの……え?」
話が通じていない。微妙な齟齬が発生していた。
「べ、別に無理しなくても良いんじゃないかな。肌を露出したくないならさ…」
「でも私がそんなワガママ言ってたら、せっかく誘ってくれた先輩に悪いし……それに出掛けられなくなるのはもっと嫌だし」
「そ、そうなんだ」
「だから平気です。先輩の行きたい場所を好きなように選んでください」
「……はい」
行き先の選択肢を一方的に与えられる。その素直さに呼応して思わず首を縦に振ってしまった。




