17 裏切りと涙ー3
「スマホ見せて」
「い、嫌だよ!」
「ほれ、早く」
「ちょっ…」
帰宅してから自室で謎の攻防戦を繰り広げる。猜疑心に塗れた華恋と。
「怪しい。いつもなら隠そうとしないのに」
「たまたまだよ。疑いすぎだって」
「絶対女の子と会話してるんでしょ。やましい事がないなら見せなさい」
「だから嫌だって言ってるじゃないか。どうしてそこまで人の私生活に介入してくるの? 嫁じゃあるまいし」
「……よ、嫁っ!」
追及に対して毅然とした態度で対応。何故か彼女の顔が真っ赤に変色してしまった。
「なら履歴だけ確認させて。そしたらすぐ出て行く」
「ゲームやってるから駄目なんだってば。接続切らないといけなくなるでしょ?」
「む~……本当に女の子と会話してないの?」
「してないってば。しつこいね」
咄嗟に嘘をつく。視線を逸らしながら。
「絶対の絶対?」
「……うん」
「信用しても良いの?」
「あ、当たり前じゃないか」
「ならもし嘘だったらどうする?」
「えぇ…」
要求がおかしい。まず自分が女の子と連絡を取り合っていたとしても何も問題は無い。前提が間違えていた。
「ねぇ、もし今の言葉が嘘だったらどうするの? 何かしてくれるの?」
「お、お風呂入って背中流してあげます」
「えっ、マジで!?」
「あ、ごめん。やっぱ嘘」
「よ~し、約束したからね。忘れないでよ」
「ひいぃ…」
口は災いの元を実行してしまう。場を繕おうとした発言が仇となってしまった。
「分かった。そこまで言うなら疑うのやめる」
「ふいぃ…」
「追及しすぎて嫌われたら元も子もないし」
「嫌いになんかならないよ。例え喧嘩したとしてもさ」
「私は……分かんないかな」
「え?」
「もしかしたら嫌いになっちゃうかもしれない。雅人の事とか、この家の事とか全部どうでも良くなっちゃって」
会話中に思いがけない言葉が耳に入ってくる。不意を突くような台詞が。
「時々思うんだ。歳を重ねて大人になって、その時に私は何をしているんだろうって」
「大人…」
「それを考えたらどうでもよくなっちゃう時があるの」
「変な事言わないでよ……縁起でもない」
「雅人はどう? ない? 自分の将来を想像したら投げやりになっちゃう時」
「そりゃあるけどさ…」
周りでは否応なしに受験やら就職やらの単語が氾濫。うんざりする事が度々あった。
「私は大人になる事が怖い。今のままがずっと続いてほしいって思ってる」
「無理だよ、時間は誰にも止められないんだから」
「雅人もいつか私の前からいなくなるのかなって。そう考えたらどうでもよくなっちゃう時があるの」
「この流れで脅すのやめよう。何も出来なくなっちゃう」
「違うって。別にそういうつもりじゃないから」
反論する意見に更に反論を重ねられる。声のトーンから察するに嘘偽りないであろう本心で。
「幸せになれるかな、私も」
「なれるさ。頑張れば」
「……ねぇ」
「ん?」
「絶対に私の事、裏切ったりしないでよね?」
「うん…」
いつの間に賑やかだった空気が穏和な物に。肯定の返事を聞いた華恋は安堵した表情を浮かべて部屋を出ていった。
「ふぅ…」
1人になると椅子に腰掛ける。頭上にある天井を見上げながら。
「兄妹か…」
今は同じ家で暮らすただの家族。けどいつかはその関係も変わってしまうのだろう。
どちらかが自立した時か。もしくは親しい異性を作った時か。それはいつになるか分からない。ただ不確定な妄想より遥かに近い現実だった。
「……バカだなぁ、本当」
華恋の言葉を否定しておきながら自身も過去に依存。現状維持を心の底から望んでいた。
強気な態度でいられたのは彼女の気持ちが他へ向いてしまう事なんか無いという思い込みのせい。本心なんかではない。
「ん…」
ずっとこのままでいたい。華恋と今の関係のままでいたい。恋人にはなれなくても破綻させるような真似だけはしたくない。
「仕方ないか…」
だとするならば裏切るような行為は避けるべき。進め始めた計画を撤回する決意を固めた。




