16 未練と失恋ー5
「事故!?」
「うん。昨夜、怪我しちゃったって…」
「えぇ…」
翌日、休日だというのに珍しく隣の部屋の寝坊助が朝早くに部屋に乗り込んでくる。彼女の口から発せられた言葉にウトウトしていた意識が一瞬で吹き飛んだ。
「誰から連絡きたの? 智沙のおばさんから?」
「うぅん、ちーちゃんから」
「え? 本人?」
朝、起きたらメッセージが届いていたらしい。詳細を伏せた内容で。
「どうしよう。大丈夫かな…」
「何て言ってるの? 怪我ってどの程度の物なのさ?」
「詳しく聞いてないから分かんないよ。ただ歩けないって言ってた」
「それ結構ヤバくない?」
友人が怪我を負ったとの事。あまり良くないイメージが脳裏に思い浮かんだ。
「病院は行ったの? 手当ては?」
「知らないよ、私に聞かれても。事故に遭ったぐらいなんだから行ったんじゃないの?」
「もしかして入院してるのかな。病室からメールしてきたとか」
「直接本人に聞いてみれば?」
「そうだね…」
ダメ元でメッセージを送ってみる。現状を尋ねる内容の文章を。
「う~ん…」
「心配だよね~。今まで事故とか病気とか一切した事なかったのに」
「だね。しっかり者だもん、智沙は」
もしかしたら注意散漫で道路に飛び出してしまったのかもしれない。やはり自宅まで送っていくべきだと後悔の念が湧いてきた。
「あっ、返事来た」
「早っ! 起きてたんだね」
「へ?」
「どうしたの?」
「……何を考えてるのさ」
すぐさま端末を操作して画面を開く。そこに書かれていたのは『死にそう』という一言だけ。心配して送ったメッセージの返事にしては有り得ない程のシュールな内容だった。
「えぇ……ちーちゃん、大丈夫かな」
「分かんない。けどヤバそうだ」
「今はどこにいるんだろう?」
「待って待って」
激しく指を動かす。誤字脱字を繰り返しながら再びメッセージを送信。
「家にいるっぽい。部屋で寝てるってさ」
「なら大した事ないのかな」
「でも歩けないって言ってたんでしょ? それが本当だとしたらかなり重傷じゃないか」
「心配だなぁ。お見舞いに行こうかな」
メールだと相手の姿が見られないのが難点。電話をかけたが出てくれなかった。
「ちょっと様子見てくる」
「え? なら私も行くよ。支度するから待ってて」
「いや、自転車に乗っていくから1人でいいや。香織は華恋にこの事を話しておいてくれないかな」
「わ、分かった」
バイトのシフトが入っていたので店長に連絡してズラしてもらう事に。紫緒さんにも電話をして代理を依頼。嫌々ながらも彼女は要求に応えてくれた。
「行ってきます」
着替えを済ませると自転車に乗って友人の家を目指す。彼女の家に遊びに行った事はほとんどないが場所だけは把握していた。
「あら、いらっしゃい」
「え~と……こんにちは」
「智沙のお友達? 男の子が来るなんて珍しいわね」
「ども…」
そして団地に到着すると駐輪場に自転車を停める。駆け足で階段を上がって目的の階へ。インターホン越しに要求を伝えると小綺麗な女性が出てきた。
「上がって上がって。狭い所だけど」
「お、お邪魔します」
知り合いだと認識されたので中へと案内される。ヘコヘコと頭を下げながら進入。
「智沙っ!」
そのままおばさんに案内されて廊下の奥へ。1つの部屋の前までやって来た後は勢い良く扉を開けた。
「……な、何」
「あれ?」
しかしそこで意外な光景が視界に飛び込んでくる。パジャマ姿で布団に横たわりながら漫画を観賞中の友人が。
「ど、どうして雅人がうちに来てんの?」
「いや、怪我は?」
「ちょっと、まだ起きてから着替えてないんだから出てってよ!」
「事故、病院……え?」
「なに訳分かんない事呟いてんのよ。いいからさっさと出ていけってば!」
「うわっ!?」
彼女がクッション代わりに使っていた枕を手に装備。威嚇するように思い切り振り回してきた。
「事故に巻き込まれたんじゃないの? どうしてピンピンしてるわけ?」
「会話始めんな。出てけっつったでしょ」
「何ゆえ呑気に漫画読んでるのさ。怪我は?」
「膝を擦りむいただけ」
「は?」
友人が起き上がって布団の上にあぐらをかく。続けて自分も床に正座した。
「ちゃんと説明してくれよ。状況がサッパリだ」
「アタシはあんたがここに来てる方がサッパリよ。何しに来たわけさ」
「智沙が事故に巻き込まれたって言うからすっ飛んで来たんじゃないか。死にそうとか書いてたし」
「あぁ、アレか」
お互い冷静になって歩み寄る。不透明な情報を共有する為に。
「あそこの道さ、狭いのに車がガンガン飛ばすでしょ。昨夜もシャコタンが飛ばしまくっててさ」
「そ、それでその車にはねられたの!?」
「うんにゃ、ちゃんと避けたわよ」
「そ、そっか…」
彼女が状況説明を開始。昨夜、公園で別れてからこれまでの経緯を語ってくれた。
「そしたら次にスクーターが凄いスピードで近付いて来たの。アホみたいにエンジンふかしながら」
「そ、そのスクーターに引ったくりにでも遭ったの!?」
「うんにゃ、おばちゃんスクーターだったから何事もなく通り過ぎていったわよ」
「そ、そっか…」
動揺が止まらない。精神はかつてない程に狼狽全開。
「でね、空を見上げたら星が綺麗だった訳よ。アタシ、思わず見とれちゃってさ」
「は、はぁ…」
「流れ星流れないかなぁ~って上向いて歩いてたの。そしたら側溝の蓋に足挟んでバターンて転んじゃった」
「えぇ…」
だがその不安は全て杞憂に。エピソードは全く予想もしていなかった箇所に辿り着いてしまった。
「アレは痛かったわ。手を地面に突く前に倒れちゃったから」
「あ、あの……事故っていうのは」
「あん? 今、喋ったじゃないのよ。溝に足をとられて転んだってば」
「そんな…」
開いた口が塞がらない。比喩表現ではなく事実として。
「ビックリしたじゃないか。いきなり事故に巻き込まれたとか言うから」
「あはは、ゴメンゴメン。少し大袈裟過ぎたかな」
「……ったく、心配して損したよ」
「悪い悪い。失恋者の自虐ネタだと思ってスルーしといて」
一晩寝てスッキリしたのかもしれない。瞼は赤く腫れ上がっていたが表情は晴れ晴れとしていた。
「そういや雅人ってアタシの部屋に上がるの初めてじゃない?」
「ん? そういえばそうだね。玄関までなら来た事あるけど」
「かーーっ、よりにもよって初めて部屋に招いた男子が雅人かよ。やってらんないな、これは」
「それはこっちの台詞だよ。こんな事ならご飯も食べずに家を飛び出して来るんじゃなかった」
「あ、アタシも朝食まだだわ。お腹空いてきた」
「……人の話聞いてる?」
嫌味を込めた皮肉さえ空振り。彼女なりの冗談なのか、それとも照れくささを隠そうとする行為なのかは不明だが。
しばらくすると華恋と香織も到着。徒歩でここまで来た2人は先程までの自分と同じように焦燥感タップリの様相だった。
元気な智沙の様子を見て目を点に。彼女達にも事情を説明し、そこでようやく平和な談笑が出来るようになった。
「も~、ビックリしたじゃん。何事かと思ったよ」
「ゴメンってば。まさかアタシのメール1通でここまで心配させちゃうとはね」
「事故に巻き込まれたって聞いたら誰だって不安になるよ。ねぇ、華恋さん?」
「え? あ、あぁそうね。やっぱり驚いたかな」
「ほんっとゴメン! これも全て雅人のせいだから」
「どうしてさ!」
人数が増えた事で賑やかになる。人口密度も圧迫感も倍に。
「じゃあ無事も確認出来た事だし。そろそろ退散しますかな」
「あれ、もう帰っちゃうの?」
「本当はバイトあったのに紫緒さんに代わってもらってるんだよ」
「……そっか。わざわざ悪かったわね」
「もう今朝みたいなイタズラはやめてくれよ。心臓がドキッとさせられる」
「あはは……ゴメンゴメン」
全員で部屋を出て廊下へ。リビングのソファに座っていたおばさんに挨拶をしなから玄関へと移った。
「また来るね。バイバ~イ」
「バイバイ、またいつでも遊びに来てね」
「怪我してる所はちゃんと消毒しないとダメだよ。バイ菌入っちゃうから」
「はいはい、了解」
1人ずつ順番にスニーカーへ足を通す。狭い空間を占拠して。
「雅人」
「ん?」
そして女性陣を先に出した後は自分も外に移動。その直前に友人が声をかけてきた。
「サンキューね、黙っててくれて」
「……別に気にしなくても。んじゃまた」
「うん、またね」
互いに小さく手を振る。周りに聞かれない声量での会話と共に。
「ん…」
もしかしたら今朝のメールはただの悪戯ではなかったのかもしれない。不器用な彼女なりのSOS信号だったのだろうか。そう思わずにはいられないほど別れ際の表情は儚さを纏っていた。




