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16 未練と失恋ー4

「……雅人さぁ、アタシがいつも放課後にグラウンド見てたの何でだと思う?」


「さ、さぁ? 分からないや」


 ふと核心めいた話題を振られる。話し合いの原点を。


「実は好きな人がいたんだよね」


「野球部に?」


「うん…」


「そうなんだ…」


 そして彼女はそのまま放課後に起きた体験談を暴露し始めた。自虐的な口調で。その口から発せられたエピソードは事前に予想していた物となんら変わらぬ内容だった。


 野球部に意中の相手がいた事。1年生の時からその人物が気になっていた事。2年生になった時に別々のクラスになり、それからは放課後に様子を見に行くようになった事。そして今日、その相手に見事に振られてしまったという事を。


「……ずっと我慢してたんだよね。練習の邪魔になりたくなくて」


「2年間もずっと?」


「うん。変に動揺させちゃったら悪いし。だから今年の夏が終わるまで待ってたんだけど…」


「そっか。3年生は大会に負けた時点で引退だもんね」


「アタシも予選敗退だった…」


「誰が上手い事を言えと」


 やはり放課後に見たシルエットは彼女だったらしい。だとしたらあの時間から今までずっとこの公園で佇んでいたのだろう。


「ま、まぁそういう事もあるよ」


「はぁ……やっぱりアタシ、女としての魅力ないのかなぁ」


「人の好みなんてそれぞれだって。智沙みたいな人がタイプの男だってどこかにいるさ」


「ならアタシの良い所を10個ぐらい挙げてみてよ」


「え? う~ん、う~ん…」


「……お前に聞いたアタシがアホだったわ」


 頭を捻って考える。色々と思い浮かべたが期待しているような答えは出せなかった。


「その人ね、好きな人がいるらしいんだ」


「ほう?」


「B組にいる女子で、去年転校してきた子なんだって」


「うちのクラスか…」


 それはもしかしたら華恋の事かもしれない。クラスメートの女子の中で去年転校してきた生徒は他にいないハズ。自分の記憶違いでなければ。


「な、なんかゴメンナサイ…」


「……どうしてアンタが謝んのよ」


「ふへへ…」


 心の中が申し訳ない気持ちでいっぱいに。罪悪感で溢れ返ってしまった。


「もうダメだ。何もやる気が起きない」


「失恋ってそんなものだよ。しばらくしたら立ち直れるさ」


「あ~あ、明日からどうしよっかなぁ…」


「何が?」


「放課後。楽しみが無くなっちゃったし」


「あぁ。もう野球部を見学する意味が無くなっちゃったもんね」


 とはいえ自分自身か新たに部活に入る訳にもいかない。ほとんどの同級生は引退する時期なのだから。


「新しい恋を見つけるとか?」


「そんな事が簡単に出来たら苦労しないわよ」


「そうかな。女性はアッサリしてて、すぐ次に進むってよく聞くけど」


「はぁ……こういう時に格好いい男の子が優しく慰めてくれたらなぁ」


「悪かったね。イケメンじゃなくて」


「アタシって意外に脆かったんだな。まさかこんな簡単に崩れちゃうとはさ」


「誰でもそんなものだよ」


 バイト中に瑞穂さんから聞いた話が脳裏に浮かぶ。失恋した時に別の男性に優しくされて傾いてしまったというエピソードが。その気持ちは分からなくない。大抵の人間は傷付いている時に優しくされたら自然と惹かれてしまうハズだ。


「よっ、と」


「ん?」


「帰ろ。ご飯食べて寝れば少しはマシになるよ」


「……かなぁ。食欲湧かないんだけど」


「無理して何か口に入れないと元気出ないって。それに横になったら自然と眠れるさ」


「自信ないわぁ……ハァ」


 立ち上がると再び帰宅を促す。嫌な雰囲気を吹き飛ばすように。


「1人で帰れる? 送っていこうか?」


「いっそ過去に帰りたい。無邪気だったあの頃に…」


「しっかりしてくれよ。ちゃんと歩けるよね?」


「分かってるわよ。それなりに元気だから大丈夫だって」


「本当かな…」


 反発してくるかと思ったが意外にも彼女は指示通りに行動。ただし表情が完全に死んでいた。


「……んじゃあね、バイバイ」


「やっぱり送って行くよ。心配だから」


「はぁ? いらないって言ったじゃん」


「ん~、でも不安なんだよね」


「アンタ……まさかアタシの事、狙ってんじゃないでしょうね?」


「違うってば。変な風に解釈しないでくれよ」


 街灯が照らす空間で妙なやり取りを展開する。どちらも得していない心理戦を。


「途中まで付いて行く。それなら良いでしょ?」


「いらないからとっとと帰れ。1人で考え事したいんだから」


「で、でも…」


「おらぁっ!!」


「いてっ!?」


 友人が鞄を大きく振り回した。避けようとしたが間に合わず太ももに直撃。


「分かったよ…」


「ふんっ…」


「じゃ、じゃあね」


 なぜか自分が見送られる形で別れる事に。何度も後ろに振り返りながら公園を後にした。


「……大丈夫かな」


 住宅街とはいえ人通りはほとんどない。不審者に襲われたら誰も駆け付けてはくれないだろう。


 不安な気持ちと葛藤しながらも夜道を歩く。不思議と自宅がいつもより遠く感じられた。



「ただいま」


「あ、おかえり。遅かったじゃん」


「少し寄り道したからね」


 リビングにやって来るとテレビを見ている家族を見つける。入浴中で不在の華恋以外の3人を。


「珍しいね、まーくんがこんな時間まで。コンビニ?」


「うん。気になる雑誌があったから立ち読みしてきた」


「エッチな雑誌でしょ。本当にスケベなんだから」


「ど、とうしてそうなるのさ!」


 香織のボケに声を荒げて反論。本当は違うのに却って疑惑を深めてしまった。


「雅人、晩御飯は?」


「いるよ。お腹空いたから何か作って」


「はいはい。よっこいしょっと」


 母親が年寄りくさいセリフを吐きながら立ち上がる。すぐ横をすり抜けキッチンへと入っていった。


「ん? 何?」


「いや…」


 無意識に視線が交わる。ソファに寝転がっていた背の低い人物と。


「香織は全然変わらないよね。あの時と」


「急に何? どうしたのさ」


「ちょっと昔を思い出してさ。懐かしくなっちゃったんだよ」


「はぁ?」


 彼女もいつか誰かを好きになり告白する日が来るのだろうか。男の方から気持ちを打ち明けられる場合だってある。


 それは当たり前の現象なのに何故か受け入れられない。ずっと未来の出来事であってほしいと心の奥底で願っていた。

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