16 未練と失恋ー3
「お疲れ様でした~」
バイトが終わると店を出る。いつも利用している駅から電車に乗り地元に帰還。移動中も頭の中は考え事で満たされていた。放課後に目撃した友人の動向に。
「こんな時間まで何してるの…」
「雅人…」
そして帰宅途中の公園で本人を見つけてしまう。ブランコに腰掛ける1つのシルエットを。
普通に帰るならこの場所は通らない。わざわざ足を運んだのは、もしかしたらいるのではという予感があったからだ。
「帰らなくて良いの?」
「……うん。まだ良い」
「おばさんが心配するよ?」
「ん…」
帰宅を促すが彼女が黙り込んでしまう。明らかに落胆した様子で。
「何かあったんでしょ。もし良かったら相談に乗るけど」
「……別に良い。何にもないし」
「何もないならここまで元気無くす訳ないじゃないか。話してみてよ」
「いいって言ってるじゃん。本当になんにも無いんだってば」
「じゃあこのまま置き去りにして帰っちゃうよ。それでも構わないの?」
「帰りたいなら先に帰りなさいよ。アタシは1人になりたくてここにいるんだから」
「あぁ、なるほど。そう言われればそうか」
励まそうかと思ったが余計なお世話だったらしい。投げたボールは勢いよく打ち返されてしまった。
「で、ではまた」
「……バイバイ」
「考え事もいいけど早く帰りなよ。夏とはいえ夜は冷えるから」
「はいはい…」
「あと変質者に気をつけて。制服着てうろついてるとお巡りさんにも声かけられるし」
「うっさいなぁ…」
別れの挨拶を告げてゆっくりと後退る。しかし友人は一度として目を合わせようとはしない。
「あ、あの……聞いてます?」
「……聞いてない。サッサとあっち行け」
「そんな言い方しなくても。わざわざ心配して立ち寄ってあげたのに」
「あんたはアタシのストーカーか。いちいち追いかけてくんな」
「失礼な奴め…」
全身の力が一気に放散。鞄を地面に置くと空いている方のブランコに腰掛けた。
「よっ、と」
「……どうして帰るって言っておきながら座ってんのよ」
「なんとなく夜風に当たりたい気分なんだ。家に帰りたくないというか」
「はぁ…」
友人が大袈裟に溜め息を吐く。呆れた様子で。
「智沙とこの公園でこうして遊ぶのって何度目?」
「……知らないわよ。いちいち数えてないし」
「香織と喧嘩した時と、華恋の事を相談した時。それから、え~と……3回ぐらい?」
「そうなんじゃないの。雅人がそう思うなら」
「そっか。なら今日で4回目だと思っておこう」
指折りしながら過去のやり取りを想起。そんな話なんかどうでもいいとばかりに対話相手はかかとで地面を削っていた。
「いつも相談がある度に呼び出してたよね。よく考えたら悪い気がする」
「んな事気にしてないわよ。暇だったから来ただけだし」
「心強い味方だった。智沙がいなかったら今頃あの2人とも仲直り出来てたか分からない」
「……オーバーね、アンタも」
「オーバーなもんか。僕の中で智沙は世界一頼りになる友達なんだから」
「ふんっ…」
顔から火が出そうなぐらいのこっぱずかしい台詞を吐く。こういう言葉を平気で口に出来てしまう空気というのは恐ろしい。
優しさの表れなのか彼女は笑わなかった。ついでにツッコミも入れてはくれなかった。
「だからいつも感謝してるんだよ、智沙には。助けてもらっちゃって悪いなぁって」
「そりゃどうも…」
「話したくないならそれでも良いけどさ、こうして側にいるのは構わないでしょ?」
「ダメって言ったら?」
「無理やり居座る。さすがにこんな暗い場所に女子高生を1人置き去りにするのは抵抗があるし」
打ち明けてくれないのならせめて近くにいてあげたい。頼りないボディーガードとして。
自分は友人が落ち込んでいる原因を把握している。だがそれを暴露するかどうかの選択権は本人にあった。
「アンタも物好きねぇ。わざわざ貴重な時間潰してまでアタシに付き合うなんて」
「帰ってもどうせテレビ見ながらゴロゴロするだけだからね。ゲームや漫画に夢中になってるより誰かとこうしてお喋りしてた方が有意義だよ」
「なら家族と過ごしなさいよ。かおちゃんだって華恋だっているじゃない」
「香織は最近ずっと部屋に籠もって趣味に没頭してるんだよね。華恋は旅行の日程決めようってうるさいし」
「平和な家庭だわね。アタシも混ざりたいわ」
「うちに来る? なんなら家族を入れ替えてみるかい?」
「はあぁ…」
顔に当たる風が心地良い。むしろ寒いと感じてしまうレベル。
「……雅人ってさ、どうしてアタシの事を下の名前で呼び始めたんだっけ」
「へ?」
「最初は違ったでしょ?」
「まぁね…」
夜空を見上げていると唐突に質問を投げかけられる。無関係とも思える話題を。その答えを探す為に意識が中学時代へとタイムスリップ。今とは違う制服を着ている頃を思い出した。
「ん…」
彼女と初めて知り合ったのは中2の時。同じクラスになったが接点はなく、その時点ではただのクラスメート。自分達に共通点が出来たキッカケが香織だった。
智沙の入っていたバレー部に妹が入部。部活の後輩のお兄さんという理由で彼女が声をかけてきたのが始まりだった。
「あぁ。そういやそうだったわね」
「いきなり話しかけてくるからビックリしたよ。誰にも教えてなかった情報まで知ってるし」
「あはは。だってかおちゃんの話を聞いたら興味湧いちゃって」
「その気持ちも分からなくはないけどさ…」
彼女が興味を持ったのは自分達が共に暮らしている家族という事以上に血が繋がっていないという点。これ以上ないぐらいの少女漫画的シチュエーションに大興奮して接近してきた。
「馴れ馴れしいクラスメートだとは思ったよ。いきなりタメ口だったし」
「同級生に敬語って変じゃない。タメ口が普通でしょ?」
「だとしても呼び捨てはないって。いきなり赤井って呼んできてさ」
「だってアタシ、その当時かおちゃんの事も赤井って呼び捨てにしてたもん。だから兄貴のアンタも同じにしたった」
「香織と僕は別人じゃないか。混同しないでくれよ」
「ははは」
「……ったく」
彼女は昔からこう。誰に対しても分け隔てなく接する事が出来る性格。言い方を変えれば遠慮が無い人間ともとれた。
「でも名字が同じだからどっちがどっちか分からなくなっちゃったのよね~」
「そりゃ親が再婚した訳だからね。それで智沙が下の名前で呼ぼうって提案したんでしょ?」
「そっか。思い出した、思い出した」
「懐かしいなぁ」
指摘しつつ自分自身も数分前までその記憶が気薄に。忘れていたというより今の状況に慣れすぎていたのかもしれない。
「アンタ達がくっ付くのを密かに期待してたんだけどなぁ。結局、何にも起きなかった」
「当たり前だよ。あと智沙がしょっちゅうその話題を口に出してたから密かでも何でもない」
「雅人がへたれだったのが計算外だったわ。強引に攻めれば良かったのに」
「そんな事したら家庭内崩壊しちゃう。あと香織はあんまりタイプじゃないんだよね」
「おい! 今のかおちゃんにチクるぞ、コラ」
「別に良いよ。本人もそれ知ってるから」
夜の公園で大盛り上がり。先程までの暗い空気はどこかへと吹き飛んでいた。
「けどまさか本物の妹が現れるとはねぇ…」
「初めはそれをお互いに知らなかったってのが凄いよね」
「アタシの見立てだとあと2~3人はいそうなのよね。姉とか弟とか」
「……やめようよ、そういう事言うの。これ以上混乱させられるのは勘弁だ」
その時の光景を想像してみる。両親達の関係性が複雑すぎて受け入れたくない。
「アタシ達も歳とったわねぇ」
「何言ってるのさ。まだまだお互いに子供じゃないか」
「はぁ……人生ってどうしてこんなに上手くいかないんだろ」
会話の中に深い溜め息が発生。その仕草がキッカケで再び重苦しい雰囲気が漂い始めた。




