16 未練と失恋ー2
「あぁあ、また崖から落ちてしまった。本日59回目…」
帰って来てからはレースゲームの続きに熱中する。目標はベストスコアの更新。全国大会を目指している真面目なスポーツ部員とは大層な差だった。
「ねぇねぇ、行き先どうするの? そろそろ大まかな予定作っておこうよ」
「ん~、適当に決めちゃっていいよ。電車で回れそうな場所ならどこでも構わないから」
「またそうやって人任せにする。一緒に考えようよ、ね?」
「そう言われてもねぇ。特に候補も思い浮かばないし」
ベッドに寝転がっていると隣にいる華恋から話しかけられる。ここ数日、毎晩のように繰り広げている打ち合わせ目的で。
提案者だが旅行に気乗りしていない。本音を言わせてもらえば2人きりでなく皆でバーベキューやプールに行きたかった。
「海か山ならどっち?」
「涼しい方で」
「東か西なら?」
「暑くない方で」
「都会と田舎ならどっちよ?」
「なるべく人が少なくて交通機関が潤ってる場所でお願いしゃす」
「あぁ、もう! それじゃ一生決まらないじゃないの!」
「いてっ、いてて!?」
彼女がスマホを持ちながら立ち上がる。続けて空いた方の手で下半身に張り手を連発。
「もう少し真面目に考えてよ。早く決めないと夏休みになっちゃうんだよ?」
「早いなぁ。ついこの間、春休みが終わったと思ってたのに」
「少しは案を出してよ。これじゃ私1人だけが楽しみにしてるみたいじゃん」
「華恋の行きたい場所を選べば良いよ。それに従うからさ」
「む~…」
不満をぶつけられたが態度は改めない。ゲーム画面に意識を集中させていた。
「旅館かホテルならどっちが良い?」
「ホテル。旅館ってどことなく堅苦しい雰囲気が」
「ならラブホテルで良い?」
「……淫乱女」
「淫乱って言うな、へたれ男」
「へたれって言うな、性欲の塊」
「もうっ、そういう事言わないでって前から言ってるじゃん! どうして女の子に対して平気で暴言を吐けるわけ?」
会議中に第2ラウンドが開始。怒りを露にした華恋がクッションを全力で振り下ろしてきた。
「そっちが意味不明な事言うからじゃないか。ラブホテルとか何考えてるんだよ!」
「雅人が真面目に考えてくんないのが悪いんじゃん、バカっ!」
「だって良いアイデアが思い浮かばないんだもん」
「このこのこのっ…」
「いててっ!? とりあえず叩くのやめてくれ!」
「言い出しっぺなんだからちゃんと考えろーーっ!!」
いつも話し合いになるとこんな感じ。うやむやのまま終了。日付以外、何も決まってはいなかった。
「赤井くんは夏休みの予定あんの?」
翌日、休み時間に鬼頭くんとベランダで黄昏れる。前日に丸山くんとした会話と同じ内容を繰り広げるように。
「バイトかな。あとは華恋と旅行に行くぐらい」
「ふ~ん、良いなぁ。うちなんか家族でどこかに出掛ける予定すらないぜ」
「優奈ちゃんとどこか行ったりしないの? 向こうの学校も夏休みなんでしょ?」
「アイツさ、休みの日はずっと家に引きこもってんだよね。部屋に行っても中に入れてくれないし」
「そうなんだ…」
「まぁ遊びほうけてるよりはマシなんだけどな。新しいバイトもまだ見つけてないみたいだし、夏バテかも」
「……うん」
彼女とはもう2ヶ月近く連絡を取り合っていない。ここで初めて近況を知る事になった。
「というわけで夏休み中は時間余りまくってんだよね。暇ならうちに来てよ」
「そ、そうだね。予定合うなら一緒に遊ぼっか」
「あ~あ、退屈だなぁ。学校来ても休みでもやる事ないわ」
「鬼頭くんは受験しないんだっけ?」
「俺は就職。家庭の事情でね」
「なるほど…」
クラスメートの中には夏休み中に免許を取得しようと試みる者もいる。周りが大人になる為の階段を登っているというのに自分は呑気に旅行に行って良いのかと不安に苛まれた。
「じゃあバイト頑張って」
「うん。行ってくる」
「私達の旅行代しっかり稼いできなさいよね」
「半分ぐらい負担しておくれよ…」
帰りのホームルーム後はすぐに教室を出る。笑顔の華恋に見送られながら。
下駄箱で靴に履き替えると校舎の外へ移動。人で賑わうグラウンド脇を歩いた。
「……あれ?」
ついでに野球部を観察する友人の様子を見に向かう。しかしいつもそこに佇んでいる淋しそうな背中がどこにも見当たらない。
「まだ来てないのかな…」
辺りを見回してみたが不在。特に異変という訳ではないので真っ直ぐ進んだ。
「お?」
校門をくぐると学校沿いの道を歩く。そこで気になる光景に遭遇した。
「智沙…」
ここからでは位置が遠いのでハッキリとは分からない。ただ緑色のネット越しに見える2人分のシルエットの片方がよく知る人物の形に似ていた。
「……呼び出し?」
有り得ないと思いたいが、この状況ではその可能性しか考えられない。そして恐らく誘ったのは彼女の方だろう。だとしたら相手は恐らく野球部の男子。その目的は隠していた気持ちを打ち明ける為だ。
「ダメだ…」
立ち止まって耳を傾けるが途中で断念。何も聞こえやしない。それにこのままだとバイトにだって遅刻してしまう。気にはなったが再び歩き始める事にした。
「智沙が告白ねぇ…」
彼女は生まれて初めて出来た女友達。性別は違うと分かってはいたが颯太と同じ立場の扱いをしていた。そしてそんな人物が一世一代の勝負に出ようとしている。
その事実が心の中に妙な違和感を生み出していた。まるで大切な仲間が少しだけ遠くにいってしまったような錯覚を。
「瑞穂さんは男の人に告白された事はありますか?」
「なに急に? 女の子にラブレターでも貰ったの?」
「いえ、そういう訳ではないんですけど…」
バイト先に出向いてからも不思議な気分が全身を支配。仕事に集中出来ないので同僚の先輩に相談してみた。
「どうです?」
「ん~、何度かはあるかな。本気のだったり、冗談半分のだったり」
「そういう時ってやっぱり嬉しかったですか?」
「嬉しいっていうか驚いたわよ。友達だと思ってた人にいきなり付き合おうぜって言われて」
「なら断ったんですか?」
「まぁね、こっちは何の心構えも出来てなかったし。それにもし別れちゃったりしたら後が気まずいから」
「やっぱりそんなもんですかねぇ…」
年上の女性と恋愛絡みの話題で盛り上がる。臆病な性格からの脱却を意識しながら。
けど見方を変えれば単にヤケクソになっているだけなのかもしれない。少しだけ大人に近付いた友人に嫉妬していた。
「あっ、でもOKした事もあるわよ。全部が全部はねのけてきた訳じゃないから」
「そうなんですか。やっぱり相手がタイプだったからとか?」
「うぅん。むしろ苦手な人だったかな」
「ならどうして承認したんですか?」
「う~ん……今、思うと自分でも不思議なんだよね。全然好きでもない人からの告白を何で受けたんだろう」
「無理やり脅されたとか。さすがにそれはないか」
「あはは、それはドラマの見過ぎ。とっても優しい人だったよ」
「へぇ」
会話が別の箇所に移行する。目の前にいる人物がかつて高校時代に経験した恋愛エピソードへと。
その時は受験で忙しく心身共に疲れ果てていたとの事。それと同時にある男性に恋をしていたらしい。隣のクラスの同級生に。
勉強のイライラと片思いのストレスが爆発してしまいその人に告白。片思いが成就すれば受験にも身が入るかもしれない。そう考えての告白だったが結果は玉砕。勉強を捗らせる為の行動が却って滞らせる事になってしまったというのだ。
落ち込んだ瑞穂さんは勉強を投げだし怠惰な時間を過ごす日々に。そんな彼女を見て声をかけてきたのがクラスメートの男子だった。
自然と仲良くなり、ついには相手から愛の告白。誰かにすがりつきたい気分だった瑞穂さんはあっさりと了承してしまったんだとか。
「それでその人と付き合う事にしたんですね」
「えへへ、それがまともに交際する事はなかったんだよね」
「どういう事です?」
「告白されてOKはしたんだけど、付き合うのは受験が終わってからにしようって約束したの。浮かれて進学に失敗したらシャレにならないからさ」
「でも瑞穂さんはちゃんと合格して大学に通ってますよね?」
「その彼は受験じゃなく就職組だったんだけどね、私の受験が終わるのを待ってる間に冷めちゃったんだってさ。それで自然消滅」
「勝手な人だなぁ。自分から告白しておいて」
「でもその人のおかげで私は勉強を頑張れたんだよ。だから今でも感謝してるんだ」
「なるほど…」
すぐ目の前に満足そうな表情がある。恨みや妬みを含まない笑顔が。
「じゃあ、それから誰とも付き合ってないんですか?」
「さぁどうでしょう?」
「今は彼氏いますよね?」
「こ~ら、人のプライベートにあんまり深入りしないの」
「いてっ!?」
問い掛けに対して攻撃が炸裂。軽くおでこを小突かれてしまった。




