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15 暴力と女子力ー4

「だから試着した服はちゃんと整頓しなさい! グチャグチャの状態で戻したら店員さんに迷惑がかかるでしょうが!」


「でも面倒くさいし…」


「面倒くさくても直す! そういう思いやりのある心掛けが大切なのよ、分かった?」


「……はい」


 混雑したファミレスで食事をとる。隣から垂れ流される不満の声を耳に入れながら。


「あと店員さんに対してのタメ口やめなさい。年上だろうと年下だろうと敬語を使うの」


「でもうち客ですよ? どうしてタメ口はダメなんですか?」


「ガラが悪く見えるからよ。アンタだって接客業やってんだからそれぐらい分かるでしょ?」


「確かに。馴れ馴れしくされるとムカつきますわ」


 2人で行動してる時に色々あったらしい。合流してからずっとこんな調子。華恋の一方的な説教の連続。数時間前の上品な態度なんかどこにも存在していなかった。


「アンタ、ちゃんと髪の毛洗ってる? パサパサじゃないの」


「シャンプーだけしてます。リンスはたまに」


「だからよ! キューティクルが崩壊してんじゃないの。ちゃんとトリートメントやコンディショナー使って洗いなさい」


「ドライヤーも使った方が良いですか?」


「当たり前よ、素乾きとか論外。若いからって油断してるとすぐにダメになるわよ」


「はいっ!」


 紫緒さんが注意された項目を必死にメモにとる。師匠からの指示で。


「あと見た目を気にする前にまず中身を直しなさい! 化粧やらコーデ云々はそれからよ」


「師匠、ちょっと怖いっす…」


「お嬢様らしく振る舞えとは言わないけど、人として最低限のマナーは守りなさい。そんなんじゃロクな男と付き合えないから」


「うひぃ…」


 陽気な後輩の怯えた姿を拝むのは初めて。店長に叱られた時ですら平然としていたので少し意外だった。


「それと歩きながらスマホ弄るのもダメ! 危ないし、みっともない」


「でもメールとか来たら気になるし…」


「後で確認しなさい後で。転んだら危ない、人にぶつかったら迷惑」


「今までぶつかった事ないから大丈夫っすよ」


「口答えするなっ! あとその変な語尾やめろ!」


「えぇ、そんな…」


「少し落ち着いて。声が大きすぎるよ」


 我慢出来ずに思わず割って入る。ボクシングのレフェリーのように。


「華恋の言いたい事も分かるけどさ。一応、ここ公共の場だし」


「あぁ、ゴメン。悪かったわね」


「あと食べないと料理冷めちゃうよ? 話はまた食べた後で良いんじゃないかな」


 テーブルの上に並べられたハンバーグやらパスタ。その姿を現してから既に10分以上の時間が経過していた。


「アンタ、鞄の中にいつも何入れてるの?」


「鏡とか制汗スプレーとか。あと今使ってるこの手帳とか」


「絆創膏を入れておくと良いわよ。もしデート中に相手が怪我した時にさり気なく取り出すと好感度アップだから」


「おぉ~、なるほど」


 食事を始めた華恋がしたり顔を浮かべる。身内と分かっていてもいやらしいと感じる表情を。


「それと食べる時はテーブルに肘つかない。カチャカチャ音たてない」


「す、すんません」


「いい? そういう何気ない仕草がね、自分の質を落としていくのよ」


「なるほど」


「常に誰かに見張られてると思って行動しなさい。自分自身を第三者目線から俯瞰出来るようになりなさいよ」


「了解っす」


 とはいえ彼女が口にする話題は男の自分からしても感心してしまうような内容ばかり。口には出さないが心の中で何度も頷いていた。


「雅人、ほっぺにご飯粒ついてる」


「え?」


「ほら、んっ」


「あぁ!?」


 伸ばした指で顔を指される。頬に触れようとしたが先に華恋の手が到達してしまった。


「見た? 今みたいなさり気ない仕草に男は惹かれるのよ」


「お~、なるほど」


「な、何するのさ。恥ずかしいじゃないか!」


「ふふふ」


 回収した異物を彼女がそのまま口に。反論したが笑って濁されてしまった。


「デート代を男に出してもらうような女にはなっちゃダメ。自分の分は自分で払いなさい」


「承知しました」


「周りが皆『男に払ってもらえば良い』という女だらけの中に1人だけ『自分の分は自分で出す』って子がいたら光り輝くでしょ?」


「おぉ~、確かに」


「鞄を男に持たせたりするのもアウト。身の周りの世話は自分でこなしなさい。ただし、たまになら頼っても良し」


「どうしてっすか?」


「普段はしっかりしてる人が、たまに弱い部分を見せると男はコロッといくのよ」


「ふむふむ」


 食事を済ませた後は駅前の広場へと移動する。ベンチに腰掛けながら勉強会の続きを展開。休日なので辺りはカップルが多い。微妙に疎外感を味わっていた。


「雅人、ちょっと立って」


「え? 何で?」


「いいから、ほら!」


 人間観察をしていると唐突に話を振られる。訳が分からないまま重い腰を上げて立った。


「腕を組む時はこう。あんまり引っ付きすぎちゃダメよ」


「ちょ……離れて」


「近付きすぎると歩きにくいし、周りの人から見たらバカップルに思われちゃうでしょ?」


「そうっすね。気をつけないと」


「話を聞いてくれってば…」


 不満の言葉を無視して華恋が腕を絡めてきた。必要以上に密着するように。


「2人っきりの時とかはベッタリくっ付いてもOK。カラオケとか映画館みたいな暗い場所とか」


「周りの目を気にしなくて良い時ですね」


「そう、思いっきり甘えてやんなさい。普段とのギャップに男は萌えるから」


「暑苦しいよ…」


 肩に乗せられる頭を引き剥がす。今は6月で暦の上では夏。ベタベタくっ付いていては不快に感じる季節だった。


「アンタ、今までに彼氏いた事はある?」


「はい、一応。中学の時に」


「キスとかはしたの?」


「いやぁ、それが相手がへたれで一度もしてなくて」


「そう。まぁ健全な付き合いをしてたって事ね」


 紫緒さんの返事を聞いた華恋が勝ち誇ったような顔を浮かべる。威厳を保てた事が嬉しかったのだろう。


「良い? キスする時は相手の顔を見ないように目を閉じて…」


「うわあぁっ! な、何するのさ!?」


「雅人もほら、早く」


「やだよ! さすがにそれはやり過ぎだって」


「フリよ、フリ。本当にする訳ないじゃない」


「絶対だね?」


 そして会話の流れで顔を接近させてきた。言い訳をしてきたが怪しいので諦めてもらう事に。前科もある事だし。


「アンタ、胸いくつぐらいあんの?」


「86のDっす」


「ふ~ん……結構大きいじゃん」


「いやいや、師匠に比べたら全然」


「ふふふ。しかも私のは形も弾力も良いって周りから言われてるのよ」


「うぉーーっ、羨ましい!」


「ね~、雅人?」


「どうしてこっちに振ってくるのさ!」


 それからデート時の服装やメールの返信のタイミング等の話題で大盛り上がり。初めは乗り気でなかった師匠だが、しっかりとその役割を全うしていた。


「ま、今日はこんなもんかな。続きはまた今度ね」


「あざっす。いろいろ為になりました」


「終わった?」


「とりあえずわね。あ~、疲れた」


「……後半ノリノリだったね」


 しばらくすると華恋がベンチから立ち上がる。背筋を伸ばしながら。


「どうするの。もう帰る?」


「そうね。晩御飯の買い出しもしなきゃだし」


「あの、ちょっと良いっすか?」


「ん? まだ何かあるの?」


「はい。師匠じゃなく先輩の方ですけど」


 妹とこれからの行動について打ち合わせを開始。その間に紫緒さんが割って入ってきた。


「今日はいろいろ付き合ってもらってありがとうございました」


「いや、黙って座ってただけで僕は何もしてないんだけど」


「師匠のおかげでダメな所にいろいろ気付けました。今なら自分にも自信が持てます」


「それは……良かったね」


「という訳でうちと付き合ってください。お願いします」


「……はぁ? え、えぇーーっ!?」


 彼女はそのまま頭を下げてくる。意味不明な台詞と共に。


「何でいきなりそうなるのさ! 唐突すぎるよ」


「無理は承知の上です。でもうちは割と本気なんです」


「割とって、君ね…」


 ゴングが鳴って油断した所にパンチを喰らったような気分。紫緒さんの突然の告白は臨戦態勢を解いた選手を後ろから殴るような行為だった。


「ちょ、ちょっとどういう事よ!?」


「え?」


「貴様……正気か!?」


 隣で黙って見ていた華恋も慌てて介入してくる。凄まじい剣幕で。


「もちろんですとも」


「ダメダメダメダメぇーーっ、そんなの絶対に許さないからね!」


「何でですか? どうして師匠が反対するんですか?」


「そ、それは…」


 しかし彼女の反論の言葉はすぐに停止。いくら当事者とはいえ、この状況で意見するのは流れとしておかしいから。


「と、とにかくダメ。私がダメって言ってんだからダメなの!」


「そんなの変じゃないですか。重要なのは先輩の意思なのに」


「私は雅人の保護者なんだから用事は全て私を通しなさい」


「いつからそういう設定になったの?」


「うるさいっ! アンタは黙ってろ!」


 何故か自分が叱られてしまった。ただのとばっちりで。


「ひょっとして師匠はブラコンなんですか?」


「そ、そうよ。文句ある?」


「意外です。全然そんな風に見えないのに」


「とにかく雅人の事は諦めて頂戴。コイツだけは絶対にダメだから」


「何でですか。せめて先輩の返事ぐらい聞かせてもらっても良いじゃないですか」


 2人のやり取りが睨み合いに発展。困惑しながら見守っていると弟子の方と目が合った。


「先輩はどうなんですか。うちと付き合うの嫌ですか?」


「嫌っていうか…」


「どっちなんですか!?」


「突然そんな事言われても…」


 もしかして彼女が今日頑張っていたのはこの為だったのだろうか。本人を前に身だしなみの教示を受けるとかマヌケでしかない。


「とりあえずゴメン。やっぱり無理」


「そ、そんなぁ…」


「不意打ちだから覚悟してなかったってのもあるけど、そこまで紫緒さんが真剣な気がしないし」


「先輩なら女の子にモテそうにないし、イケるかなぁと思ったんだけど…」


「そうやってハッキリ物事を言っちゃう所が苦手なんだよ!」


「はぁ…」


 返事を聞いた後輩が肩を落として落胆。自分で振っておいて何だが、まるで罪悪感を感じなかった。


「あ、そうだ」


「はい?」


「アンタ、今日限りで破門ね」


「えぇーーっ!? な、何でですか?」


「アンタの目的が雅人だと分かったからよ。そんな奴に教える事なんて何1つない!」


「たった1日でクビとか、そんな…」


 更に華恋からも無慈悲な言葉を突き付けられる。関係性を思い切り否定するような台詞を。


 好きな相手に振られ、尊敬する相手に突き放され。陽気な後輩にとって全く意味を成さない1日となった。

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