13 メイド服と機関銃ー5
「……あの、くっつきすぎ」
「ご主人様と離れるのは淋しいのでこのままでいさせてください」
「それより一緒にやろうよ。1人だと退屈」
「いいえ、私はご主人様がプレイしてる姿を見守っています。私の事は無視してどうぞ楽しんでください」
「そんな事言われてもなぁ…」
リビングに引き返した後はテレビゲームを起動させる。ただし片腕を拘束された状態で。
「ずっと見られてると恥ずかしいんですが」
「ただ眺めてるだけですから大丈夫ですよ」
「そんな事言っても気になるんだって。横目にチラチラ入ってくるし」
二の腕に当たっている胸だけではない。注がれる視線や、すぐ側で吐き出される吐息。その全てがゲームに対する集中力を削いできた。
「それは私が邪魔という事ですか?」
「そうじゃなくて、ジッと見られてるのが困る訳よ」
「ご主人様は……華恋の事がお嫌いなんですか?」
「どうしてそうなるのさ。こっちを見ないでテレビ画面の方を向いててくれれば良いんだってば」
「それは華恋の事が嫌いだから消えていなくなれという事なんですね……そうなんですね」
「変な解釈の仕方をしないでくれよぉ…」
イライラするけど強く引き離せない。泣き真似をされては毅然とした態度がとれなくなるから。
「大人しくしているんでこのまま隣にいる事をお許しくださいぃぃ!」
「もう良いよ、好きにしてくれ。今日はいつもよりしぶといね」
「ごめんなさい。でも決して悪気はないんです。ただ尽くしたいだけで…」
「召使いにしてはワガママすぎやしない? これだと立場が逆な気がするんだが」
命令をする側とされる側が正反対。いつも折れるのは自分の方だった。
「そう言われたらそうか。確かにメイド失格ですね」
「え?」
「ちょっと待っててください」
引っ付いていた彼女が唐突に離れる。そのまま立ち上がり廊下へと移動。そして1分もしないうちに引き返してきた。
「さっ、どうぞ」
「……何が?」
「耳掃除してあげます。今までやった事ないよ……ですよね?」
「耳掃除?」
「定番じゃないですか。そういう専用のお店まであるぐらいですし」
「えぇ…」
更に隣に腰掛けながら足を叩く。大きく露出した太ももを。
「ほら、早く」
「いえ、結構です。そんなに気持ち悪くないので」
「遠慮なんてなさらなくても良いのに。ささっ」
「本当に間に合ってますんで。大丈夫ですから」
「そんな……なら片方だけでもお願いします」
「いや、本当に結構。てか勘弁…」
新聞の勧誘のようなやり取りを展開。身の安全を守る為に必死に抵抗を試みた。
「こんのっ…」
「うわっ、やめてくれ!」
しかし言い訳も虚しく強引に引き寄せられてしまう。シャツの襟首を掴まれる形で。
「やだやだ、嫌だ!」
「ちょっと動かないで! 暴れないでくださいよ」
「自分でやるから良いってば! 離してくれよ」
「すぐに終わるから大丈夫。それに動いたら怪我しちゃいますよ?」
「だからそれが怖いんだってば!」
体勢を変えても意見は衝突。互いに妥協をしなかった。
「お願いします! 耳掃除やらせてください」
「そんな頼み方されても嫌なものは嫌だよ。大人しく諦めてくれ」
「ではどうしたらやらせてくれますか?」
「死んで屍になった後なら良いかな。あと80年ぐらい待ってて」
「そんな……悲しい事言わないでください」
「冗談だってば。はぁ…」
ただ攻防に終焉が見えないので観念する事に。溜め息と共に全身の力を抜いた。
「……頼むから痛くしないでね」
「あ、なんかそれエッチっぽいです」
「う、うるさいなぁ」
心臓をドキドキさせながら横になり続ける。不安な気持ちの表れか両手を強く握り締めていた。
「じゃあ始めるよ」
「うおぉ、やっぱ緊張する」
「大丈夫だってば……じゃなくて大丈夫ですってば」
「せ、せめて綿棒に変えない? 耳掻き怖いんだけど」
「ダメダメ。綿棒って耳垢を奥に押し込んじゃうらしいですよ」
「そうなの? 知らなかった」
「だからちゃんと耳掻き使った方が良いんです」
人に自慢出来るか微妙な無駄知識を得る。あまり芳しくない状況の中で。
「はい、終わり」
「え? もう?」
「じゃあ向き変えて。反対側やるから」
「いや、片方だけで良いです…」
「良いから、ホラッ」
「うわっ!?」
しばらくすると作業が完了。立ち上がろうとしたが強制的に体を転がされてしまった。
「あ、あの…」
「動かないで。刺しちゃう」
「いや、そうじゃなくて…」
視界いっぱいにヒラヒラのレースが広がっている。ついでに柔らかい太股も。さっきはそこまで意識していなかったがこの体勢は結構際どい。スカートの奥にあるソレにどうしても意識を奪われてしまった。
「はい、お終い」
「うおぉぉぉーーっ!!」
理性と葛藤しているとようやく待ち望んでいた時間が訪れる。聞こえた台詞に反応して素早く上半身を起こした。
「どう? スッキリしましたか?」
「ま、まぁ…」
「ふふふ、気持ち良かったでしょ。幸せな気分になれますよね」
「そうね。確かに幸せな気分を味わえたかも…」
もちろんそれは耳掃除のせいだけではない。なんて言葉は口が裂けても言えやしなかった。
「良かったらこれからもやってあげますけど」
「……気が向いたらね」
「あのぉ…」
「ん?」
「ご褒美くれませんか?」
「は?」
聴覚の確認をしているとメイドから要望が出される。労働に対する対価の申請が。
「せっかく頑張ったので何かしてもらえたら嬉しいかなぁと…」
「ご褒美…」
「ダメ……ですかね?」
「今度は僕が耳掃除すれば良いの?」
「いえ、そうじゃなくて。え~と…」
「また変な事? そうなんでしょ?」
質問に対して彼女が瞼をシャットダウン。両手を太ももに挟みながら。何を言うかと身構えていたら顔を真っ直ぐこちらに突き出してきた。
「えぇ…」
その仕草で思い出す。数日前、うちに颯太がやってきた日の事を。不意打ちを喰らって唇と唇を重ねてしまった出来事を。もちろんあのアクシデントを再現するなんて出来ない。だからソッと手を伸ばして頭を撫でた。
「あ…」
「久しぶりかな。こういう事するのも」
「そ、そうですね」
安堵したように彼女が微笑む。ゆっくりと目を開けながら。
「ねぇ」
「はい?」
「どうしてこんな事しようと思ったの? 恥ずかしい思いまでして」
「だから誕生日プレゼントの代わりで…」
「それは分かってるんだけど、こんな真似しなくても良くない? 我慢して敬語まで使ったり」
「え、えと…」
いつもの華恋ならコスプレを見せびらかしにきて、無反応の自分にヘッドロックかビンタ。無理やりごっこ遊びに付き合わせて自己満足して終了。
それが今日の彼女は一切暴力を振るってこない。相変わらずワガママし放題だが、決して上から目線で物を言ってこなかった。
「しかもこの前、口論になったじゃん? あの日からメチャクチャ機嫌悪くなかったっけ?」
「……悪かったです」
「でしょ? だから余計おかしいなぁと」
「も、もうその事は忘れて!」
「ん?」
核心に迫る質問をぶつける。その言葉を否定するように両手を大きく振ってきた。
「もう怒ってないから忘れて……じゃなくて、えっと」
「何々…」
「あ、あれは私が悪かったから。だからごめんなさい…」
「はぁ…」
更に口調がタメ口に戻る。態度もいつも通りに変化。
「雅人に言われた事が正しいかなぁって後から考えて気付いたの。やっぱり私が間違えてたんだって」
「それは良かった…」
「確かに女の子がすぐに手を出したらマズいよね。男に引かれて当然だよ」
「ま、まぁそういう性癖がある人以外は嫌だろうね。暴力振るってくる女なんて」
「色々な事を考えて忠告してくれたのに私ったら逆上して、八つ当たりして…」
「いや、あの時は自分も言い過ぎたなぁと後から後悔したよ……ゴメン」
同時に頭を下げ合った。漫画のギャグシーンみたいにぶつけそうになりながら。
「雅人は悪くないよ! 悪いのは全部、私」
「そんな事ないって。お互い様だよ」
「ううん、違う違う。そもそもはこの荒っぽい性格が原因なんだし」
「だからそれは…」
「もう二度と暴力を振るったりしない。暴れたりもしない。喋り方だって直すよ」
彼女が真剣な様子で語り始める。自身を必要以上に責め立てるように。
「これからはもっと尽くすし、優しくだってする。気に入らない部分があったらどんどん指摘してくれて良い」
「……華恋」
「だから、あの…」
「ん…」
「き、嫌いにならないでほしい」
「へ?」
「あ……じゃなくて嫌いにならないでください」
「いや、え……え?」
その独演会は意味不明な場所に不時着。告白を想起させる台詞を浴びせられた。
「うぅ…」
「嫌いってどういう事? 何の話?」
「え? この前、雅人が言ってたヤツだよ。暴力振るうから嫌いなんだってヤツ」
「あぁ…」
指摘されて思い出す。数日前に行った説教を。
確かに暴力に関しての否定はした。だがそれは性格を注意したのであって自分の華恋に対する感情はどうでも良い話だった。
「あの時はつい頭にきて部屋から出て行っちゃったけど……よくよく考えたら私バカすぎた」
「えっとさ、もしかして僕に嫌われたくないからこんな真似したの?」
「それは…」
問いかけに対して彼女が言葉を詰まらせる。図星を指されたかのごとく。
「やっぱりなぁ、ずっと変だとは思ってたんだよ。いつもなら力付くで制圧してくるのに今日は泣き脅しで頼み込んでくるから」
「泣き脅しって、アレは別に芝居じゃ…」
「正直に答えて。今日、何回心の中で僕に手を出そうと思った?」
「そ、そんな事考えないよ! 一度だって思わない」
「怒らないから教えてよ。何回?」
「えっと…」
真相を聞けたタイミングで更なる追及を開始。目の前にある手から2本の指が動いた。
「2回か…」
「……この衣装を変って言われた時と、勝手に出かけようとした時」
「なるほど。穏やかそうに見えて内心怒り爆発だった訳ね」
「だ、だってぇ…」
気付かないうちに2回もボスキャラの攻撃を回避していたらしい。その事実に尋常じゃない焦りが込み上げてきた。
「別に雅人の事が嫌いだとかそういう訳じゃないからね! ただ、その…」
「拗ねたって事?」
「ま、まぁ…」
「嫉妬の塊みたいな人はちょっと」
「えぇ、そんなぁ…」
「ひょっとして無理やり出掛けようとかしたら刺される訳? 包丁とかでズブーッと」
「そ、そんな危ない事しないよ! 絶対にしないから」
「けどなぁ…」
本心を聞いた現状で言葉を鵜呑みには出来ない。全力で猜疑心に苛まれていた。
「怒らないって言うから正直に答えたのに」
「怒りはしないけど距離を置きたくはなった」
「うぅ、酷い…」
「とりあえずこんな真似した事情は分かったからもうやめても良いよね?」
「あっ!」
話し合いを強制的に中断する。両膝に手を突くと立ち上がってソファを離れた。
「ま、待って」
「何?」
「私の事嫌い? まだ嫌い?」
「はぁ? なに言ってるの?」
「もし今のがムカついたなら殴ってくれて良いよ。だから嫌いにならないで」
「ちょっ…」
しかし彼女もすぐに急接近。腰回りに絡みついてきた。
「離れてくれ。重い!」
「どんな仕打ちにも耐えます。靴を舐めろと言われたら舐めますから!」
「どこの意地悪社長なのさ。舐めなくても良いからその体を離してくれ」
「嫌ぁぁぁぁぁっ、嫌わないでぇっ!」
「しつこいぃぃぃっ!」
頭を押さえて強制的に剥がす。そのせいでズルズルどズボンが下がってきた。
「だから別に嫌いではないんだってば」
「……ホント?」
「本当本当。華恋を殴りたいとも思ってないし、ムカつくとかそういう感情はないから」
取り乱したメイドをソファに座らせる。発生している勘違いを1つずつ軌道修正していく事に。
「だから泣きついたりするのやめてくれ」
「でもこの前は私の事が嫌いだって…」
「あ、あれはついカッとなって言ってしまったっていうか……ゴメン」
「ならさっき黙って出掛けようとしたのは?」
「恥ずかしかったんだよ。華恋とこういう遊びをするのが」
「私の事が嫌いだから逃げたかった訳じゃ…」
「違う違う。照れくさかっただけなんだってば」
緊張感が解きほぐされた影響なのだろう。彼女は両目にうっすらと涙を浮かべていた。
「もう戻って良いからさ。いつも通りになろ。ね?」
「……でも今までの私の性格は嫌なんだよね?」
「ま、まぁ。もう少しお淑やかなら良いなぁとは常々考えてるよ」
「ならやっぱりこのままでいる。頑張って克服してみせるから」
「すぐ手を出す短気な性格を?」
「うん…」
問い掛けに対して頭を上下させる。肯定の意志を示すように。
「華恋がそうしたいなら止めないけど疲れると思うよ。主に精神的に」
「別に平気だもん。雅人に嫌われる方が困るから」
「あのさ、前から聞こうと思ってたんだけど何でそこまで僕に付きまとうの?」
「だって好きだから…」
「兄貴として?」
今度は横に移動。勢いよくブンブンと振ってきた。
「……なら男として?」
「うん。雅人以外の男には興味がない」
「それちょっとおかしいよ。もう兄妹だと分かってから何ヶ月経ってるのさ」
「おかしいとか言わないでよ……私が病気みたいじゃん」
「充分、病気って言えるレベルだって。普通は有り得ない」
立ち直りが遅い自分ですら数日で考え方を変えられたのに。目の前の人物は未だに昔の出来事をズルズルと引きずっていた。
そもそもこの家を出たのはその時の感情を忘れる為だったハズ。なのに消し去るどころかパワーアップしていた。
「いい加減気付こうよ。僕達は血を分けた双子なんだってば」
「そんなの分かってるよ。でも好きなんだからしょうがないじゃん」
「もしこういうのが父さん達にバレたらマズいから。それぐらい分かるでしょ?」
「で、でも兄妹で付き合ったり結婚したりする話はあるよ。近親相姦とか」
「それは漫画やゲームの世界の話じゃないか。リアルにそんな真似したら大騒ぎになっちゃう」
物語ならショックを受ければそれで済む。だが現実はその先に進む事は許されない。人生のエンディングは恋が成就した時ではなく命を落とした時だからだ。
「じゃあ私は一生、雅人とそういう関係になれないの? キスしたりエッチしたりとか」
「あ、当たり前じゃないか! 何を言い出してるのさ」
「そんなの嫌っ! おかしいよ!」
「おかしいのは華恋の方だって。ワガママばっかり」
「兄妹だって家族だって好きになっても良いじゃない。どうして勝手にダメって決めちゃうわけ?」
「そりゃ、いろいろ不都合があるからだよ。近い親等の組み合わせで産まれた子供は障害が発生しやすいとか何とか」
「それは確率的に通常の男女より少し上がるだけで、実際の所は大した影響は起きないって誰かが言ってたよ」
「そんな事知らないよ。国が作った法律がダメって言ってるんだからダメなんだってば!」
いつの間にかお互いに声を荒げた状態に。隣近所にまで響いていそうなレベルの口論が勃発。
「世間にバレなきゃ良いじゃん。2人でどこかに隠れてひっそりと暮らせば」
「どうして結婚する事が前提になってるのさ。そんな事したってごまかせる訳ないし」
「そもそも私達、名字が違うんだからバレないって。婚姻を役所が認めてくれなくても、雅人と2人で暮らせれば私は幸せだから」
「華恋1人だけだよ、それで幸せなのは…」
反論していたが彼女の意見を真っ向から否定は出来ない。関係性が家族ではなく他人だったらどんなに良かった事か。そう考えた回数は一度や二度ではなかった。
「もし私と無人島で2人っきりで取り残されたとしても、やっぱり妹だからって理由で拒絶するの?」
「その状況になってみないと分からないけどさ。まず無人島に2人だけで取り残されるまでの過程が想像出来ない」
「なら確率はゼロじゃないんだよね? もしかしたらまた私の事を女の子として見てくれるかもって事だよね?」
「それは…」
「少しでも可能性があるなら諦めないよ。絶対に振り向かせてやるんだから」
半ベソかきながら彼女が力強い宣言を掲げる。ひょっとして周りにいる女性全てを抹殺でもする気なのだろうか。そう考えてしまう程、見つめてくる眼差しが怖かった。
「もう暴力振るったりしない。女の子らしくない喋り方もしない。雅人の言う事なら何でも聞く」
「それプラス、僕が他の女の子と仲良くしてても食いかかってこない事」
「え、えぇ……それはちょっと」
「出来ないの? なら華恋に振り向く事は一生ないね」
「わーーっ、わーーっ! 分かりました。謝るから許してください」
「ふふふ、どうしよっかなぁ」
慌てふためく彼女に悪戯な笑みを浮かべ返す。今までと立場が逆転していた状況に喜びながら。
この関係を利用すれば悩みを解決出来るかもしれない。卑怯だが妹を普通の女性へと導くにはこの方法しかないと悟っていた。
「もし僕に彼女が出来て、その子に喧嘩を売るような真似したら一生口利いてあげないからね」
「その場合は首を吊るか校舎から飛び降りるから、どのみち口は利けなくなっちゃうよ」
「や、やめてくれよ。そういう脅しをかけるの」
「嫌われたくないから色々な事を我慢するけど、私にだって耐えられない事はあるんだからね?」
「……はい。肝に銘じておきます」
だが制約の言葉は自身に跳ね返ってきてしまう。深く踏み込みすぎた事が原因で。
駆け引きの難しさだけを強烈に痛感。作戦は開始早々に座礁してしまった。
「はぁ…」
2人で迎えた初めての誕生日。その記憶はメイド服と禁断の兄妹愛で埋め尽くされていった。