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12 人見知りと核弾頭娘ー6

「お疲れ様でしたぁ…」


 テンションだだ下がりの状態で店を出る。かつてない程の疲弊感に苛まれなから。


「あ~あ…」


 説教されている間、本気でバイトを辞めてやろうかと画策。ただ立て続けに従業員が減っては瑞穂さんやその他のパートの方々に迷惑がかかってしまうのでグッと堪えた。


「あ…」


「ど、どうも」


「……まだ帰ってなかったんだ」


 店を出て歩くと交差点で赤い制服を着た女子高生に遭遇する。一足先に退店したハズの後輩に。


「さっきはスイマセンでした。うちのミスなのに」


「いや、別に。怒られたのは自分のせいだし」


「でも…」


 騒動の発端は目の前にいる人物。けれどそれ以降の失敗は自身の行動が原因だった。


「手は大丈夫だった?」


「あぁ、はい。水膨れになってますけど平気っす」


「それ平気っていうのかな…」


「痛いけどまぁ何とか。怪我とか慣れてるんで」


 2人して掲げられた左手に注目する。バンドエイドが貼られた痛々しい指に。


「もしや今までずっと叱られてました?」


「そうだよ。お客様に対してババァとは何事だって怒鳴られてた」


「あはは、やっぱり聞かれてたんすね」


「笑い事じゃないよ。あぁあ……どうしてあんな事叫んじゃったんだろう」


 今までの人生で目上の人間に逆らった経験は無い。例えどんな理不尽な要求を突き付けられた時でも。それがまさか初対面の人に暴言を吐いてしまうなんて。悔やんでも悔やみきれない失態だった。


「先輩って地味そうに見えて案外大胆なんですね」


「そうでもないよ、今日がおかしかっただけ。いつもはもっと真面目だから」


「自分で真面目て……ププッ!」


「わ、笑う事ないじゃん」


 対話相手が口元を手で押さえて息を漏らす。その仕草にイライラが加速した。


「わざわざ謝る為に残ってたの?」


「違いますよ。そこで立ち読みしてたんです」


「そ、そうなんだ…」


 質問に対して彼女が1軒の店を指差す。暗がりの住宅街を照らすコンビニを。


「あっ、もしかしてうちが先輩をここで待ってたと思いましたか? ププッ!」


「うるさいな! こんな状況なら誰だってそう思うじゃないか」


「先輩って純情少年ですね。すぐ詐欺とかに引っかかりそう」


「くっ…」


 恥ずかしいせいか顔が熱い。やり取りの全てが恥の上塗りになっていた。


「はい、コレ」


「ん? 何?」


「チョコバーです。美味いっすよ」


「は、はぁ……くれるの?」


 目の前に茶色い袋の菓子を差し出される。コンビニで買ったであろう商品を。せっかくなので受け取る事に。袋を開けて棒状の物体にかぶりついた。


「おいひぃでしょ?」


「まぁ…」


「今日のお礼です。助けてもらった」


「……お礼ねぇ。でも水道で冷やしただけだし」


「そっちじゃなくて、その前のですよ」


「ん?」


 往来の場でたむろする。乗用車の邪魔にならないように駐車場にズレながら。


「あのオバサンに叫んだ台詞。うるせえババァって」


「あぁ、アレか…」


「いやぁ、スカッとしましたわ。うちにはとても真似出来ないっす」


「やめてくれ……自分でもメチャクチャ後悔してるんだから」


 不快な記憶が鮮明に復活。せっかく忘れようとしていたのに上書きしてしまった。


「正直、昨日まで先輩に嫌われてると思ってたんですよね。だから庇ってくれた時は嬉しかったっす」


「別に嫌いではないよ。ただ苦手ではあったかな」


「うちがですか?」


「うん」


 問い掛けに対して首を縦に振って答える。口からポロポロと菓子の破片をこぼしながら。


「えぇ……友達からは親しみやすいって言われるんだけどな」


「男女の違いだよ。あとやかましい人が苦手っていうか」


「やかましくはないと思いますけど。先輩、なかなか失礼な事をズバズバ言いますね」


「いや、それこっちの台詞だから」


 漫才のような応酬を展開。お互いの言動にツッコミを入れ続けた。


「紫緒さんってどこに住んでるの?」


「うちの家に遊びに来る気ですか? 先輩、スケベですね」


「違うよ! そうじゃなくてもう帰るから君の帰宅ルートを聞いただけ」


「あぁ、なるほど。そこの駅から電車乗ります」


 食べ終えた後は再び帰路に就く。どうやら同じ電車通学らしいので駅まで同行する流れに。


「そういえば自転車は?」


「店に置かせてもらってます。駅から喫茶店に行って、チャリに乗って学校に」


「で、帰りは店に自転車置いて駅まで徒歩?」


「そうっす」


「そんな面倒くさい事しなくても駅から直接自転車を使ったら?」


「だって駅の駐輪場有料なんすもん。バイト先に停めさせてもらえばタダだし」


「ちゃっかりしてるなぁ…」


 会話を交わすが気まずい空気感は無い。昨日までの関係が嘘のような距離感だった。


「まだ食べますか?」


「いや、もういらない」


 先ほど食べたばかりの菓子を再び差し出される。本人は歩行中も常に口の中へと吸収していた。


「紫緒さんはどっち方面?」


「あっちです」


「うわぁ、一緒か」


「そこまで喜ばなくても。うち、照れますがな」


「……天然?」


 駅に着くと改札をくぐってホームへ。進行方向も同じだったので同じ車両へと乗り込んだ。


「チョコバーうめぇ」


「いくつ食べる気なんだ…」


「これ大好きなんで金と時間に余裕があったらひたすら食べ続けられますよ?」


「気持ち悪くならない?」


「あぁ。253本食べた時はさすがに吐きました」


「やべぇ、狂ってるタイプの人間だ…」


 席は空いていたがドア付近に立ち続ける。吊革を利用しながら。


 まさか降りる駅まで同じじゃなかろうか。そう心配していたが同乗者は途中で下車してしまった。


「んじゃ、先輩。また明日」


「あ、うん。気を付けて帰ってね」


「今度、連絡先交換しましょうね。絶対っすよ!」


「はいはい…」


 ホームに出ていく後ろ姿を車内から見送る。小さく手を振って。


「怪我の功名ってやつかな…」


 仲良くなってみたら意外に話しかけやすい子なのかもしれない。このやり取りが今日限定でなければ。


「ふぅ…」


 1人になった後は椅子へと着席。不思議と全身が清々しい気分に包まれていた。

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