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12 人見知りと核弾頭娘ー5

「お、おはよう」


「……っす」


 翌日も放課後は真っ直ぐ喫茶店に向かう。フロアには既に紫緒さんがいたので軽く会釈をしながら挨拶した。


「今日は忙しい?」


「……まだ来たばっかだから分かんないです」


「あ、そっか。え~と……いつもサボらずにちゃんと来てるから偉いよね」


「サボるタイプに見えるんですか? うち」


「そ、そういう意味で言ったんじゃなくて…」


 誉めて伸ばそうと考えたのだが失敗に。言葉を違う角度で捉えられてしまった。


「紫緒さんっていっつも元気良いよね」


「は?」


「僕もその明るさを見習いたいなぁ」


「どうも。けど今日、貧血で体育欠席したんすけどね」


「そ、そうすか…」


 話題を変えたがまたしても不発に終わる。運の無さを痛感するのと同時に。


「槍山ってお嬢様学校なんだよね?」


「は?」


「そんな所に入れるなんて凄いなぁ。やっぱり賢いんだろうなぁ」


「去年、赤点を取りまくった挙げ句に夏休みは補習させられまくりましたけど何か?」


「ご、ごめんなさい…」


 事態は最低最悪。会話の全てが空回りしていた。


「……ありがとうございましたぁ」


 退店するお客さんに対してローテンションの挨拶を飛ばす。後輩ではなくやる気のない先輩が。


 あれから何度かスキンシップを試みたものの冷たくあしらわれる始末。あえなく自分の心が先に折れてしまった。


 昨夜はあれだけ年上らしい振る舞いをしようと息巻いていたのに。頭の中の妄想と現実はズレまくり。


 話が噛み合わないだけならまだ良い。精神的ダメージを負ったせいか何度もミスを連発。あまりにも失敗を繰り返すので店長に心配されてしまった程だ。


「あ~あ…」


 一刻も早く帰りたい。彼女と同じ空間にいたくない。もう立派な先輩になんかなれなくても良いから今日は姿を消したかった。


「先輩、ポケット出てますよ」


「え? え?」


 指摘に反応して上半身を捻る。ズボンの後ろから布地が飛び出していた。


「いけね、財布出した時かな」


「ププッ!」


「は?」


「……っと」


 紫緒さんが口に手を当てながら息を吐き出す。目が合うとバツが悪そうに奥へと逃走した。


「小娘が…」


 教えてくれたのは有り難いが笑う事は無いだろうに。どうも彼女には年上として意識されていないらしい。


 怒りと羞恥心を堪えながらポケットを直す。何故か中には輪ゴムが入っていた。


「あっつ!?」


「ん?」


 カウンターの中に入ろうとするとフロアから悲鳴が聞こえてくる。ついでに食器が割れる音も。


「げっ…」


 すぐに昨日と同じアクシデントが発生したと察知。後輩と中年女性が事件現場で向かい合っていた。


「危ないわね。ちゃんと運びなさいよ」


「す、すみません」


 2人の元に近付いて頭を下げる。床には散乱したコーヒーカップが存在。そのまま屈み込んで割れた破片を回収し始めた。相変わらず無愛想な後輩の足を肘で突っつきながら。


「……つぅ」


 けれど謝るよう促しても彼女は口を開こうとしない。ずっと無言の状態を維持。


「もう少しで火傷するところだったじゃない! どうしてくれるのよ」


「申し訳ありません」


「まったく、もう…」


 いかにもPTAといったタイプの女性が更に怒り出す。運悪く前日の男性と同じタイプの客と判明。


 ただ女性が怒るのも無理はない。詳しい経緯は不明だが衝突した店員が頭を下げようともしないのだから。


「ん?」


 イライラをぶつけるように視線を頭上に移行。その瞬間にある異変に気付いた。


「……もしかして火傷したの?」


「ぐぅっ…」


 紫緒さんが苦悶の表情を浮かべている。左手の人差し指を押さえながら。


「だ、大丈夫?」


「早く片付けてよ。危ないじゃない」


「すみません、後でやりますんで…」


「後じゃなくて今やって頂戴。他のお客さんにも迷惑でしょうが」


「……はい」


 様子を窺ったが横から妨害の台詞が炸裂。それは気遣いを排除した一方通行な意見だった。


「水道の水で冷やそう」


「でも片付け…」


「カップの事は良いから。早く奥に行って」


 紫緒さんにカウンターに戻るよう促す。なのに彼女は頑なに拒否。いっちょ前に後始末をしなくてはいけない使命感に駆られているらしい。


「大した事ないクセに大袈裟に痛がるんじゃないわよ」


「え?」


「最近の若い子ってこんな事ぐらいで弱音を吐くの? 情けない…」


「ちょっ…」


「だから学生のバイトは嫌なのよ。身勝手な振る舞いばかりでさ」


 説得を続けるすぐ横では中年女性が不満を次々に放出。何故か怒りの攻撃がこちらにまで飛び火していた。


「ほら、早く片付けなさい。自分の尻拭いは自分でするの」


「……うるさいなぁ」


「は?」


「こっちは怪我してんだよ。黙ってろ、クソババァ!!」


「なっ!?」


 堤防で塞き止めていた本音を露にする。溜まりに溜まっていた不満を発散するように。


「こっち」


「え? え?」


「冷やして、早く」


「あ……はい」


 紫緒さんの腕を掴むと奥の厨房へ。水道の蛇口を捻って赤く腫れ上がった指先を突っ込ませた。


「んっ!」


 彼女が苦しそうな声を出す。歯を食い縛る表情と共に。


 キッチンに入ってきた自分達とは入れ違いに店長がフロアへと移動。その直後に聞こえてきたのは女性の怒鳴り散らす声だった。


 冷静になると自分もすぐに外へ飛び出して平謝り。しかし当たり前だが許してはもらえず。その後、女性は言いたい事を散々ぶちまけて退店。店長の『お代は結構です』という言葉に対し『当たり前だ』と言い放ったのが印象的だった。


 紫緒さんが戻ってきた後は2人で割れたカップの後片付け。そしてバイト後は店長のありがたくない説教を受ける羽目になった。

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