12 人見知りと核弾頭娘ー4
バイトが終わった後は1人淋しく帰路に就く。途中で立ち寄ったコンビニで購入したサンドイッチを食べながら。
「父さん」
「お?」
「今って暇?」
「何だ。久しぶりに相撲でもとりたいのか?」
「いや、違うよ。ていうか相撲なんかやった事ないじゃん」
そして帰宅後は家族のいるリビングに突撃。ニヤけ面でケータイを弄っている父親に声をかけた。
「相談あるんだけど良い?」
「珍しいな、雅人が話なんて。相撲の事についてか?」
「違うよ。どうして今日はそんなに相撲に執着してるのさ」
「久しぶりにテレビで取組を見て熱くなってな。並々ならぬ国技愛が父さんの心の中に溢れてきたんだ」
「あっそ…」
呆れながらも今日あった出来事を簡潔に話す。自分なりの解釈を付け加えながらも。
「う~ん……なかなか気難しいお客さんだったんだな」
「相手の態度が悪いってのはこの際置いておいて、そんな行動をとった女の子についてどう思う?」
「その現場を見た訳ではないからハッキリ言えないが、あまり良い対応ではないよな」
「でしょ? しかもそれを指摘した僕にまで八つ当たりしてきたんだよ」
「ふむ…」
直接文句を言われた訳ではないが最後の方は露骨に無視。険悪なムードのままで働き続けていた。
「どう注意したんだ?」
「例え自分が悪いとしても謝らなくちゃダメって。威圧したら喧嘩に発展しちゃうから」
「その通りだな。間違えた事は言ってない」
「あとどちらが悪いかを主張するのは小学生みたいだとも言った」
「そうか…」
誰かに教わった訳ではないが理解は出来る。今までの人生で培った経験則から。
「父さんって仕事中に腹の立つお客さんが来る時ってある?」
「ん? まぁ人の話を聞かない患者さんはいるけど、基本的にはこっちの指示に従ってくれる人ばかりだな」
「へぇ。いいね、それ」
「病院はお店じゃないからな。患者さんにサービスする為に働いてるわけじゃないし」
「なるほど」
医者に刃向かう愚か者がいるなら見てみたい。自身の生命に関わる事だから突っかかる人も多くはないのだろうけど。
「それで雅人はどうしたいんだ。その子を何とかしてあげたいのか?」
「いや、特には。ただ愚痴を聞いてほしかっただけ」
「なんだ。父さんはてっきり仲直りしたいから相談してきたと思ってたのに」
「それが出来たら良いんだけどね」
「可愛い子か?」
「ど、どうかな…」
性格が苦手なせいで容姿にすら興味を惹かれない。ただ主観を捨てれば整った人物であるという評価は出来た。
「多分だけど今月中に辞めちゃうと思う。長続きしそうにないんだよね」
「人には向き不向きがある。合わないなら無理に続ける必要もない」
「なんだよなぁ。ただ辞めたらシフト入らなくちゃいけない日が増えるのが悩みなんだよねぇ…」
「なら色々と教えてあげれば良い。先輩の雅人がな」
「先輩…」
耳に入ってきた単語に意識を奪われる。脳を強く揺さぶられたかのように。
海城高校に入学してからまともに部活動に参加した事がない。中学生時代も赤井くんという呼称オンリー。だから誰かに先輩と呼ばれる機会がほとんど無かった。
バイトを始めてから優奈ちゃんに呼ばれたが元々働き始めたのは彼女の方が先。だから紫緒さんを前に人生で初めて指導者という立場に立たされていた。
「最初は誰だって失敗するものさ。やった事のない物に挑戦するのは中々に難しい」
「僕も初めは怒られてばかりだったっけ。毎日注意されてたなぁ」
「その後輩の子が雅人から見て未熟だと思うなら成長させてあげれば良い。だろ?」
「うん…」
父親の語りかける言葉が身に染みてくる。心の奥底に眠っていた何かを呼び起こしてくれるかのように。
「話はこれで終わりか?」
「あぁ、うん。ありがとうね。スッキリしたよ」
「そうか」
相談相手が正しかったんだと実感。普段の言動は心許ないが、いざとなったら頼もしかった。
「ところでケータイで何やってたの?」
「ふふふ、何だと思う?」
「ニュースとかチェックしてるのかな。それか株とか」
「いや、恋愛シミュレーションゲーム」
「えぇ…」
しかしその認識は瞬時に崩壊する。僅か数秒で。
去り際に父親の端末の画面を覗き見。そこには水着姿の可愛らしい女の子キャラが映し出されていた。