12 人見知りと核弾頭娘ー3
「ヒマ、ヒマ、ヒマ…」
ふてくされている紫緒さんが何度も独り言を呟いている。両手でトレイを持ち、貧乏揺すりを繰り返しながら。
「先輩、やる事ないんで帰って良いですか?」
「ダ、ダメだよ。もう少ししたら忙しくなるんだから我慢我慢」
「でもどっちかっていうと忙しくなる前に帰りたいんですけど。大変なの嫌いなんで」
「……僕だって嫌いだよ」
怱怱たる時間帯だからこそ人手が必要なのに。働く意欲がまるで感じられない発言に呆れてしまった。
「前から思ってたけど先輩って人見知りするタイプですよね」
「へ?」
「だっていつもキョドってるし。目を合わせてもすぐ逸らされるし」
「ぐっ…」
「消極的な性格でどうして客商売なんかやろうと考えたんすか?」
「う、うるさいな。人の勝手じゃないか!」
突然の指摘に焦りが発生する。内容が見事に的を射ていたので。
苦手なのにこの仕事を続けているのは弱点克服の為。対人恐怖症を治そうと目論んだ上での荒療治だった。
「いらっしゃいませ~」
雑談していると女性2人が入店して来る。その出来事がキッカケで休憩モードから仕事モードへと移行。忙しい時間帯へ突入した。
「ありがとうございましたぁ!」
精算を済ませたお客さんに紫緒さんがエネルギッシュな挨拶を飛ばす。相手を怯ませるかの如く。
暇な時はタラタラ動き、忙しい時は機敏に行動。もしかしたら臨機応変タイプなのかもしれない。言動はやや生意気だったが人見知りや失敗を気にせずガンガン突撃。そんなアクティブな性格は素直に尊敬出来た。
「あっ!」
仕事に没頭しているとガシャンという音が店中に鳴り響く。悲鳴にも近い声と共に。
「こら、危ないじゃないか」
「くっそ…」
すぐに食器が割れたんだと察知。振り向いた先には後輩と恰幅のいい中年男性が向かい合う形で立っていた。
「おいおい、ぶつかっておいて一言も無しか。もう少しで服にかかるとこだったんだぞ」
「はぁ? アンタが急に通路に飛び出して来るからこうなったんじゃん。ちゃんと周り見てよね」
「何ぃ!?」
紫緒さんが屈んで破片を拾い始める。そんな彼女を男性が上から威圧していた。
「すみません。申し訳ないです」
「お?」
「紫緒さん、ここやっとくからお客さんに謝って」
「何でですか。悪いのはこのオジサンですよ」
「ちょっ…」
咄嗟に間に割り込んで仲裁に入る。しかし要求に対して返ってきたのは反発的な意見だった。
「おぉい、ここの店員は客に頭も下げないのか。どうなっとるんだ」
「ほ、ほら」
「オッサン。アンタ、ぶつかっておいてゴメンナサイも言えないのか。歳いくつだ」
「あぁ!?」
「紫緒さん!」
続けて腰を上げた後輩が暴言とも取れる発言を放つ。店員にあるまじき態度で。
「アンタのせいでこっちはグラス割っちゃってんの。片付けてんのに邪魔するな」
「ふざけるな! こっちは客だぞ、金を払ってる側の人間だ。だったらその動きを予測して避けるのがプロの店員だろうが」
「うち、プロじゃねーし。ただのバイトだし」
「生意気言うなクソ餓鬼が。さっさと謝らんかっ!」
2人が激しい口論を開始。トラブル発生から僅か数秒で修羅場を迎えていた。
しばらくすると騒ぎを聞きつけた店長が奥から登場。男性に平謝りをし、その場はなんとか収まった。
「……どうしてうちが怒られなくちゃならないんすか。悪いのはあのオッサンなのに」
「そりゃ怒られるよ。お客さんにあんな態度とったら」
「だって向こうが悪いんですよ。歩いてたらいきなり飛び出してきて」
「それでもとりあえず謝らないと。しかもオッサン呼ばわりはマズすぎ」
「つい頭にきちゃって。それに片付けするのが先決かなぁと」
「まぁね…」
男性がいなくなった後は割れた破片を回収する。目の前で垂れ流される不満を耳に入れながら。
「優奈ちゃんはね、ちゃんと謝ってたよ」
「え?」
「例え相手が悪くても自分から頭下げてた」
「むぅ…」
「小学生じゃないんだからさ、どっちが悪いとか主張するのやめようよ」
優秀だった共通の人物を引き合いに出して比較。説教の言葉に紫緒さんが黙り込んでしまった。
言った後に少しキツすぎたかと後悔。けれどその気持ちはすぐに消え失せた。
「……こんなバイトやるんじゃなかった」
「え?」
当てつけのような発言をぶつけられる。知り合ってから初めて見る暗いトーンで。その台詞が心理に深く踏み込みすぎていたので何も言い返す事が出来なかった。




