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11 手錠と鎖ー4

「ふぁあ…」


 翌日、目を覚ますのと同時に違和感を覚える。あからさまな重力の変化を。


「お目覚めかしら、お兄様」


「……何やってんの、そんな所で」


 視線を自身の体に移動。そこにはお腹を跨ぐようにして座っている華恋がいた。


「もうお昼よ。いつまで寝てるつもり?」


「あれ? もうそんな時間か。熟睡してたのかな」


「あとさっきイビキかいてた。疲れが溜まってるんじゃないの?」


「げっ! それは良くないなぁ…」


 壁にかけられた時計で時間を確認する。既に正午過ぎ。休日とはいえ、いい加減目を覚まさないといけない時間帯だった。


「父さん達は?」


「買い物。ちなみに香織ちゃんもお出掛け」


「……という事はつまり現在この家にいるのは」


「そっ、私とアンタだけという事になるわね」


「しまった…」


 もう少し早くに起きる予定だったのに。これでは鬱陶しい手枷から逃げ出した意味がない。


「ほ~ら、起きて起きて」


「分かった分かった。起きるから動かないで」


 彼女がお腹の上でポンポンと飛び跳ねる。肺が圧迫されて苦しかった。


「勝手に抜け出してこんな所で寝てるなんて……まったく」


「あの手錠、簡単に外せたんだね。全然気付かなかったよ」


「あ~あ、本当なら今日もずっと繋がってる予定だったのに」


「も、もう勘弁してください」


 さすがにあの拷問を再現したくない。精神的にも肉体的にも。


「あれ? 誰だろ」


「宅配便かな。私、出てくるね」


「ん、お願い」


 毛布を畳んでいるとインターホンの音が鳴る。華恋が小走りで廊下へと駆けて行った。


「あぁあぁああぁーーっ!!?」


「ん?」


 直後に玄関で叫びだす。しかも1人ではなく誰かの声を付け加えて。


「何々、どしたのさ?」


 状況を確認する為に素早く移動。洗面所へ向けていた足を廊下へと方向転換した。


「ま、雅人…」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


「あぁ、なんだ。颯太か」


 華恋が口をパクパクさせながら指を伸ばしている。その先には私服姿の友人が立っていた。


「今日って遊ぶ約束してたっけ?」


「いや、してないけど……じゃなくて!」


「ん?」


「どうして華恋さんがいるの!?」


 会話を始めた早々に彼が動揺した様子を露呈する。妹と向かい合う形で。


「え~と、ちょい前にこっちに帰って来てね」


「し、知らんかった…」


「ごめん。そういえば報告するの忘れてた」


「えぇ、えぇ……えぇ」


 そのまま文句をつけるように睨み付けてきた。その肩には大きなショルダーバッグが存在。震えすぎて落としそうになっていた。


「お、お久しぶりです」


「……どうも」


 2人がどぎまぎした様子で挨拶する。微妙な緊張感も交えながら。


「ところで何しに来たの? 遊びに?」


「まぁな。さっきから何回も電話してるのに出てくれないから直接家に来ちゃった」


「あ、そうなんだ。実は今まで寝てたんだよ」


「華恋さんと添い寝か。羨ましい」


「いや、違う……と言えないのが悔しい」


「ん?」


 就寝中は音楽も振動も鳴らないように設定。今回はその行動が裏目に出てしまったらしい。玄関で立ち話をする訳にもいかないので中に上がってもらう事にした。


「今っておじさん達いないの?」


「いないよ。ついでに香織も」


「ならゲームやろうぜ。ソフト何本か持って来たからよ」


「おっけぇ。やろうやろう」


「爆乳な姉物と、女子校転入物と、監獄陵辱物と…」


「ごめん。やっぱり帰ってくれる?」


 リビングに戻って来ると出しっぱなしの毛布を片付ける。友人にソファへ座るよう促しながら。


「へぇ、もうこっちの学校に通ってるんだ」


「はい、そうです」


「何の話してるの?」


 ついでにトイレと洗顔を済ませ2人の元に帰還。盛り上がっていたので割り込ませてもらった。


「華恋さんについて。2人共、同じクラスなんだって?」


「うん。教科書の貸し借りが出来ないのが不便だけど」


「いつこっちに戻って来たの? まだ最近?」


「いつだっけ?」


 質問を受け流すように隣に視線を移す。やや萎縮している妹の方へと。


「えっと、春休みの時です」


「ならもう2ヶ月近く前じゃないか!」


「そ、そうだね」


「もっと早くに教えてくれたら良かったのに。どうして黙ってたんだよ、雅人?」


「いや…」


 固く口止めされていたなんて言えやしない。張本人がいるこの場では。


「あっ、何か飲む? 喉乾かない?」


「そうだな。じゃあサラダ油頼むわ」


「逆ダイエットでもしてるの?」


 意識を逸らそうとすかさず別の話題を提供。立ち上がってキッチンへと入った。


「ちょっと、なんでいきなりアイツが来てんのよ」


「知らないよ。僕だって事前に連絡もらってなかったんだから」


「……ったく、面倒くさ」


 後を付いてきた華恋が耳元で愚痴を囁く。客人には聞こえない大きさの声で。表面には出さないがやはり不満を爆発させていたらしい。眉間に凄まじいシワを寄せていた。


「サンキュー」


「お茶で良いよね。ゲームやる?」


「おう。とりあえず団地人妻異世界ファンタジー触手物にしようかと思ってるんだが」


「ごめん。やっぱり帰ってくれる?」


 リビングに引き返して来ると颯太がバッグからゲーム機と数本のソフトを取り出す。その場の流れで3人で人生ゲームをプレイする事になった。


「やったぜ。また子供が産まれたぞ」


「これで13人目だよ。一体何人作る気なのさ」


「……あぁ。ただ離婚も7回、リストラも15回経験しちゃってるんだけどな」


「波乱万丈すぎるよ」


 予想外の人物がいた事に友人のテンションは最高潮。普段以上に饒舌になっていた。


「お腹空いたぁ…」


 しばらくすると空腹感に襲われ始める。昨夜からほとんど食事をしていないので。


「そういえば飯まだなんだっけ?」


「うん。颯太は?」


「俺は来る前に家でトンカツとカツサンドとカツカレー食べて来たけど」


「メニュー被りすぎじゃない?」


 彼を連れてどこかで外食もアリかと考えたが既に食事を済ませてきたとの事。昼過ぎという時間帯を考えたら当然だった。


「華恋は?」


「私も空いちゃったかな。まだお昼ご飯食べてないし」


「だよねぇ。どうしよう…」


 後ろに座っている人物にも意見を伺ってみる。クッションを抱きかかえながらコントローラーを握っている妹にも。


「どっか食べに行く? 駅前とか」


「え? でも颯太はもう昼飯済ませたんじゃ…」


「別に良いって。2人がお腹空いてるならカツ丼屋とか行こうぜ」


「味覚どうなってるの?」


 その提案はありがたいが無駄にお金を使わせては申し訳ない。どうするか考えていると華恋がゆっくりと立ち上がった。


「私がコンビニ行って何か買って来ようか?」


「え? 良いの?」


「うん。何食べる? パスタ系?」


「麺類ならどれでも良いや。あとジュース買ってきて」


「はいはい」


 思わぬ提案に意気込んで乗っかる。恐らく彼女自身もこの場を離れたいだろうから。


「颯太さんも欲しい物ありますか?」


「え!? い、いや……特に無いです」


「そうですか。なら行ってきますね」


 そのまま出掛けると思っていたが去り際に友人にも意見を傾聴。返事を聞き終わると貴重品を持ってリビングを後にした。


「俺……今、下の名前で呼ばれたんだけど」


「あぁ、そういえば」


「何で?」


「さ、さぁ…」


 2人揃って軽くパニックに陥る。すごろくが回転しているテレビ画面を見つめながら。


「もしかしてフラグ立った?」


「どう……かな」


「よ~し、頑張って好感度上げるぞぉ!」


「エロゲみたいな展開は期待しない方が良いかもよ…」


 肯定は出来ないが否定も出来ない。状況が不透明すぎて。


「……あ」


「どうした?」


「ごめん、ちょっと迎えに行ってくる。しばらく1人でやってて」


 届いていたメッセージを確認するとリビングを離脱。貴重品を持つのと同時に。どうやら財布を忘れたので迎えに来てほしいらしい。相変わらずオッチョコチョイだった。


「あ、あれ?」


「ん?」


「財布忘れたんじゃないの?」


「んな訳ないでしょ。私、そこまで間抜けじゃないし」


「ならどうして呼んだのさ…」


 しかし目的地に着く前に本人と出くわしてしまう。白い袋を携えた妹と。


「アイツのいない所で話したかったからに決まってんでしょうが。サッサと追い返しなさいよね!」


「別に良いじゃん。チョッカイ出してきてる訳じゃないんだし」


「良くない! アイツいるだけで迷惑。伸び伸び出来ない」


「そこまで言わなくても…」


 メッセージ内容が嘘だったと判明。まんまと計略に引っ掛かってしまった。


「そういえばさっきどうして下の名前で呼んだの?」


「あ、えっと……アイツ、名字なんだったっけ?」


「は?」


「ど忘れしちゃったのよね。何となくなら覚えてるんだけどなぁ」


「えぇ…」


 続けて衝撃的な言葉を告げられる。呆れずにはいられない内容の台詞を。


「木下だよ。忘れてあげないで」


「あぁ、それそれ。思い出したわ」


「でもこれからはもう名字を使うのやめた方が良いよ」


「はぁ? 何でさ?」


「今から呼び方戻したら不自然じゃないか。どうせまた忘れるんだから颯太って呼んであげなよ」


「ちっ……面倒な奴」


 本人はすっかりその呼称に大喜び。例え勘違いだとしても落胆させたくはなかった。


「昼飯サンキューね。お金はどうしよう?」


「これぐらいで金取ったりなんかしないわよ。奢りにしといてあげる」


「やっほい。なら帰って食べよっか」


 話もうやむやにしたまま2人で帰路に就く。来た道を並んで引き返した。

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