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11 手錠と鎖ー3

「アンタ、お風呂は入らないの?」


「疲れてるからパス。このまま寝ようかと思ってる」


「ん~、やっぱり入った方が良いって。少し匂う」


「ちょっ……嗅がないでくれよ。1日中動き回ってたんだから当然じゃないか」


 彼女が胸元に接近してくる。犬のようにクンクンと鼻を動かしながら。


「ほら、着替え用意して。シャワー浴びるぐらいなら疲れてても出来るでしょ?」


「いや、その気力すら残って無い。お願いだからこのまま寝かせてください」


「パンツ、これで良い?」


「何を勝手に取り出してるのさ。ていうかどうして中身を把握してるの!?」


「だってたまに雅人の洗濯物ここまで仕舞いにきてるし」


「あざっす…」


 疲労を理由に欠席を希望。けれどその言い分は一蹴され、タンスを漁られてしまった。


「ほい、着替え」


「ねぇ、本当に入らなくちゃダメ? 明日休みなんだから1日ぐらい良いでしょ?」


「ダ~メ。そうやってサボるとすぐクセになっちゃう」


「でもなぁ…」


「私が背中流してあげるからさ。それなら良いでしょ?」


「言うと思った」


 結局、彼女の目的は別にあったらしい。口実をつけて自分が楽しみたいだけ。それでもこちらには拒否する権利があった。


「華恋はもう入ったんでしょ? 二度目になっちゃうじゃん」


「私は別に構わないわよ」


「それにまた着替えなくちゃいけなくなるじゃないか。洗濯物が2着あったら母さん達に何かあったのか聞かれるって」


「あ、そっか」


「はぁ…」


 そもそも同時に入浴するという意味を理解しているのだろうか。お互いに裸を見られるという状況なのに。


 様々な反論を試みたものの強制的に一階へと拉致。そこでようやく鬱陶しい手枷から解放された。


「あ、あの……そこにいると脱げないんですが」


「あぁ、私の事は気にしなくていいから。サッサと入ってらっしゃいよ」


「いやいやいや…」


 脱衣場へとやって来るが見張りが健在している。分離したとしても隣に本人がいたのでは意味がない。二階にいる香織に助けを乞おうとしたが断念した。きっとまた2人で遊んでると思われてお終いだろうから。


「雅人が出てくるまでここで待っててあげる。ちゃんと体中に染み着いた汗、洗い落としてきなさいよ」


「だから見られてると服が脱げないんだってば」


「あっち向いててあげる。それなら良いでしょ?」


「そうやって油断させておきながら途中で振り向く気じゃん。頼むから出てって」


「ちっ…」


 彼女の背中を押すと無理やり追い出す。他に誰もいないリビングへと。


「……生き返る」


 服を脱いだ後は逃げ出すようにバスルームへと突入。シャワーで汗を洗い流すだけのつもりが浴槽へと浸かっていた。


「ちょっとまだぁ?」


「うん。今、とても幸せな気分なんだ」


「もう20分近く経ってるわよ。すぐに出てくるって言ったじゃない」


「気が変わった。先に部屋に戻って寝てていいよ」


 リラックスしている途中でドアの向こう側から声が聞こえてくる。幸せを妨害する者の台詞が。


「な~に自分だけの世界に浸ってんのよ」


「う、うわぁ!?」


「溺れてるわけじゃなかったのね。良かった良かった」


「ちゃんと返事したじゃないか!」


 その直後に本人が中へと侵入。躊躇いもせず思い切りドアを開けてきた。


「ほうほう」


「な、何さ…」


「髪の毛濡れてるといつもと違う感じに見えるね。そういうのも良いじゃん」


「アホな事言ってないで、ほら早く! そこにいたら上がれない」


「ひゃ~」


 目が合った彼女がいやらしい笑みを浮かべる。お湯をかけるモーションで追い払った。


「ふいぃ…」


 油断も隙もない。覗き魔がいない事を確認すると慎重に外へと出た。


「あぁ、サッパリした」


「おかえり~。だから言ったでしょ、汚れ洗い落とした方が気持ちいいって」


「だね。入って正解でしたわ」


 濡れた頭をタオルで擦りながらリビングへとやって来る。テレビも点いていない無音の空間へと。


「あぁ。私、やったげるよ。貸して」


「へ?」


「ほら、正面向く」


 ドライヤーを手に鏡台に着席。同時にソファから立ち上がった華恋が背後に近付いて来た。


「気持ちいい~」


「でしょ。自分でやるより効率は悪くなっちゃうけどね」


「いやいや、たまにはこういうのも良いかも」


 頭上から冷風と温風を交互に送ってくれる。眠気を誘う繊細な手つきも付け加えて。


「はい、終わり」


「サンキュー。助かっちゃった」


「お代は5000円になりま~す」


「髪の毛乾かしただけなのにぼったくりじゃないか」


 指先で毛先の濡れ具合を確認。作業が丁寧だったおかげか綺麗に乾燥していた。


「ま、またやるのコレ?」


「当たり前じゃん。24時間って約束でしょ」


「もしかしてこのまま一緒に寝る流れ?」


「当然。さっ、雅人の部屋行こ」


「えぇ…」


 冷蔵庫から取り出したジュースを飲んでいると彼女がポケットから銀色の輪っかを取り出す。どうやらまた拘束されるらしい。


 戸締まりを確認した後は並んで階段に移動。本物の犯罪者のように連行されてしまった。


「あぁ、2人っきりで寝るの久しぶり。こっちに帰って来てからは初めてだよね?」


「か、かな?」


「ドキドキする。緊張してきちゃった」


「はぁ…」


 もしこの現場を家族に見られたら何と言われるか。面倒な説教が待っているかもしれない。


「あっ、パジャマに着替えてない」


「別にそのままで良いじゃん」


「そのままで良いって、そんな……やだ、恥ずかしい」


「……ポジティブだね」


 相方が妙な勘違いをしながら頬を赤らめる。芝居なのか本気なのか分からない仕草で肩を叩いてきた。


「気になるなら部屋に行って着替えてきなよ。待っててあげるからさ」


「やだ。アンタ、先に寝ちゃうかもしれないし」


「大丈夫だってば。てか自分の部屋に戻るならそのまま寝たら?」


「それもそうか。なら今日は我慢しようっと」


「うわっ!?」


 油断していると腕を強く引っ張っぱられてしまう。その影響で2人してベッドに倒れ込んだ。


「フカフカのベッドたん、モフモフ~」


「ねぇ、やっぱりコレ外さない? 窮屈なだけだよ」


「明日まで外さないって言ってるじゃん。1日で終わる遊びなんだから我慢しなさいよね」


「でもなぁ…」


 無理やり鍵を奪いたい所だが時間が遅いので先程のように暴れる訳にはいかない。それにバイトの疲れが蓄積されているせいもあってか少しでも早く眠りにつきたかった。


「電気消すよ」


「うぃ~」


 華恋が髪に付けていたヘアゴムを外す。ついでにリモコンを使って照明をオフに。


「何?」


「いや、別に」


「私の顔に何か付いてた?」


「目と鼻と口が付いてた」


「何言ってんのよ。当たり前じゃん」


 2人して1枚の布団を被った。枕も1人前しか無い為、半分ずつ使う羽目に。首を動かすと有り得ないぐらいの至近距離に華恋の顔があった。


「眠れないから面白い話して。それか子守歌か」


「歌は苦手だしなぁ。身の毛もよだつ怪談話ならしてあげても良いけど」


「やめてよっ! 私がそういうの苦手だって知ってて言ってるでしょうが」


「当然」


「くっ…」


「いててててっ!? 肉が千切れる!」


 ワガママに対して嫌味で反論する。その報いか太ももをつねられてしまった。


「もう子守歌とか良いから楽しい話しましょ。昔やらかした失敗談とか」


「失敗談て……パジャマのまま登校しちゃったとか?」


「そうそう、そんな感じの。つかパジャマで学校行った事あんの?」


「僕はないけどクラスメートがあるよ。その姿を皆に見られて笑われてたっけ」


「ふ~ん…」


 ふと懐かしい記憶が甦ってきた。声変わりする前の思い出が。


「遠足って楽しかった?」


「もちろん。授業潰れるし遊びに行けるし」


「私も。お母さんの作ってくれたお弁当美味しかったな」


「羨ましい。一度で良いから食べたかったよ」


「へっへっへ」


 その時の状況を想像する。もう二度と経験する事は無いであろうやり取りを。


「でも高学年になる頃には入院しちゃってさ。それどころじゃなくなっちゃって」


「親戚の人は作ってくれなかったの?」


「作ってはくれたんだけど仕事で運動会とか見に来られなくて。だからいつも1人で過ごしてた」


「……そうなんだ」


「気を遣って先生が教室で一緒に食べてくれてたんだけどね。やっぱり窮屈だったなぁ」


「ん…」


 どうやら似たような生活を送っていたらしい。離れ離れで暮らしていたハズなのに妙な連帯感が芽生えてきてしまった。


「それで智沙がさ…」


「……すぅ」


「ありゃ、寝ちゃったか」


 思い出話で盛り上がっている途中で異変に気付く。隣の相方がいつの間にか瞼を閉じている事に。ハシャぎすぎて疲れてしまったのだろう。自然と会話はそこで打ち止めとなった。


「いてっ!?」


 自分も眠りにつこうと寝返りを打つ。その瞬間に右手首に小さな衝撃が発生した。


「はぁ…」


 ずっと同じ姿勢を保っていた為にすっかり忘れていた。邪魔なアイテムの存在を。


「……ん」


 同時にある事に気付く。鍵の持ち主が寝ている状況に。


「寝た?」


 小さな声で話しかけてみるが返事は無し。彼女は完全に夢の世界へとダイブしていた。


「よっしゃ」


 布団の中で拘束されていない方の手を動かす。先程は失敗した鍵強奪作戦を実行しようと。


「いやいやいや…」


 けれど途中で断念。1人ツッコミを入れながら。


 いくら妹とはいえ仮にも生物学上は女な訳だし、今でこそ普通に接しているが一時期は憧れだった相手。いくら鍵を奪うという大義名分があるとはいえセクハラ紛いの事をするのはどうなのか。


「う~ん…」


 とはいえこのままでは寝辛いのも事実。ミッションを実行する意思を固めた。


「……ん」


「おぉっと!」


 再びシャツに触れようとすると微かな息漏れが聞こえてくる。小さな寝返りと共に。


「お、起きた?」


 再度問い掛けるが無反応。ただの寝言だった。


「ふぅ…」


 こんな姿を見られたら何を言われるか分かったものじゃない。本人はおろか家族にも。


「よ、ようし…」


 緊張感を押し殺すように固唾を呑む。手を伸ばして腰元からシャツと体の隙間に突っ込んだ。


「少しの間、大人しくしててくれよぉ」


「んんっ…」


 指先が肌に触れる度に呼吸が聞こえてくる。普段と違う色っぽい声色が。理性と葛藤しながらも捜索を続行。しかし目的のブツはなかなか見つけられなかった。


「どこにあるんだろう…」


 もしかしたら違う場所に移したのかもしれない。入浴している間は彼女から目を離していたので。だとしたら今やってる行為は全くの無駄になってしまう。傍から見たらただの変態だった。


「お?」


 暗闇で泥棒ごっこを繰り広げていると中指の爪先が何かにぶつかる。プリンのような弾力のある物体に。


「こ、これは…」


 その正体は瞬時に理解。女性にだけ備わっているアレだろう。いけないとは分かりつつも欲望に負けてもう一度だけ突っついてみた。


「……ぁんっ」


「ひいいぃっ!?」


 ブラに触れた瞬間に小さな喘ぎ声が発生する。罪悪感に駆られて進撃していた手を素早く引っ込めた。


「大きい…」


 普段はあまり意識していないが自分には無い2つの膨らみがそこにはある。襟元から覗かせる柔らかそうな谷間が。


「女の子なんだなぁ…」


 しみじみと性別の差を実感。本来の目的を見失い始めていた。


「あ~あ…」


 まだ全てを探し終えた訳ではないけれどここには無い気がする。ずっと服の中に入れていたらスルリと抜け落ちてしまうハズだから。


「あ、あれ?」


 諦め気分で手錠に触れると形状が変化。輪っかの部分が広がってアッサリと腕が抜けてしまった。


「……嘘だ」


 あんなに苦労して堪え忍んでいたというのに。どうやら鍵なんか無くても取り外しが可能だったらしい。


 考えてみたら当然。本物の拘束具ではないのだから仕組みまでリアルに作る必要は無かった。


「よっと」


 起き上がってベッドから出る。やや痛みの残る右手首を押さえて。


「おやすみ」


 ついでに安らかな寝顔を浮かべている妹に向かって就寝の挨拶をした。一階の押し入れから毛布を取り出した後はソファの上で眠りについた。

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