11 手錠と鎖ー2
「そういえば明日はどこにお出掛けしよう?」
「家で寝てる。疲れてるから休んでる」
「そんな事言わずにどこか行こうよ。せっかくの休みなんだし」
「あのさ、旅行に行く費用を貯めなくちゃいけないって言ってるのにどうして使う事ばかり考えてるわけ? 頻繁に遊んでたら消費する一方じゃないか」
「その分、雅人がたくさん働いて稼げば良いだけじゃん。でしょ?」
「えぇ…」
春休み明けに決めた予定を理由に反論を開始する。けれど頭上から飛んできたのは無慈悲すぎる意見だった。
「それに私と遊ぶ以外にお金の使い道ないんだしケチケチするんじゃないわよ」
「か、悲しい事を言わないでくれ…」
「ストレス解消に協力してあげてんじゃん。だからどっか遊びに行こ。ね?」
「……前言撤回。やっぱいい奴じゃないや」
「あぁ!?」
「ギャァァーーッ!!?」
本音を漏らした瞬間に再び肩に激痛が走る。マッサージ師の暴挙ともとれる行動のせいで。
「いぢぢ…」
彼女がいなければもっと貯金を増やせていたのは事実。無理やり連れ出したり、欲しい物をねだってきたり。ただの金食い虫でしかなかった。
「文句言うな! アンタだって一緒に出かけられて喜んでたでしょうが」
「行きたくもない場所に連れて行かれて、買いたくもない物を買わされて何が楽しいっていうのさ」
「黙らっしゃい! この肩の骨を打ち砕くわよ」
「や、やめて…」
あまりにも理不尽すぎる展開。これでは何の為に辛い思いをして働いているのかが分からない。
「主張があんならハッキリしなさい。さっきも言ったけど私、ウジウジしてるのとか嫌いだから」
「こ、こんな状況で逆らえる訳ないし。脅迫しながら聞いてくるのやめてくれよ」
「あぁ、くそっ!」
華恋が不機嫌さを露わにした舌打ちをする。暴れ出すかと思ったがドアを開けて出て行ってしまった。
「……つぅ」
違和感の残る肩を擦る。ダメージを緩和するように。
マッサージがいつの間に拷問へと変貌。疲れを余計に蓄積してしまっていた。
「な、なんすか…」
「手、出して」
「え? どうして?」
「いいからっ!」
「ひえっ!?」
しばらくすると暴れん坊が再び部屋へと入って来る。威圧感なオーラを放ちながら。
「ん」
「ちょ、ちょっと! 何これ」
「手錠。見れば分かるでしょ」
「いや、聞きたいのはそういう事じゃなくてだね…」
戸惑っている間に手首に銀色の輪っかが装着。それはドラマ等で何度も目にしてきた拘束具だった。
「これオモチャ?」
「ん~ん、本物」
「うえぇ!?」
「なわけないでしょ。偽物よ、偽物」
「だ、だよね」
「コスプレ衣装扱ってるお店に売ってたから買っちゃった。ムチやロウソクと一緒に」
「……趣味がおかしな所に行ってない?」
作り物にしてはなかなかリアルな作品。警察官ならともかく一般人なら騙せてしまうレベルの贋作だった。
「ほい、完成」
「なにが?」
「何って見れば分かるでしょ? お互いの腕を繋いだのよ」
「は、はぁ…」
更に華恋が反対側の輪っかを左手首に付ける。手慣れた様子で。
もしかしたら決闘でもする気なのかもしれない。お互いに動きを制限して殴り合うとか。
ただそれだと利き手である右側が塞がれてしまった自分の方が不利。しかも男女の差があるとはいえ明らかにパンチ力は対戦相手の方が上だった。
「で、どうするのコレ?」
「別にどうも。このままで過ごすだけ」
「いや、意味が分からないよ」
「漫画とかでよくあるじゃん。うっかり手錠かけたら鍵を無くして外せなくなっちゃったって展開」
「それでその2人が1日中行動を共にするってヤツ?」
「そうそう。前から一度やってみたいと思ってたのよねぇ」
「えぇ…」
目的が酷すぎる。手段も動機も。
「でもこういうのって偶然発生するものでしょ。意図的にやったら意味なくない?」
「だって自力で起こさないとこういう風にならないじゃん」
「誰が好き好んで2人っきりで体育倉庫に閉じ込められるような真似するのさ。離してくれよ」
「やだ」
「あっ!?」
持っていた鍵を奪おうと拘束されていない手を彼女の方に移動。だが掴むより先にシャツの中へと落下してしまった。
「何やってるのさ。早く出しなって!」
「ひっひぃ~、これで取り出せなくなったでしょ」
「ふざけてる場合じゃないし。いい加減にしないと怒るよ?」
「そんなに欲しいなら力尽くで奪ってみなさい」
「分かった。ならそうする」
「え?」
怪盗のような姑息な手段に呆れる。本来なら手出し出来ない状況だが家族なので遠慮はしない。
「ちょっと、何すんのよスケベ!」
「そっちがやれって言ったんじゃないか。今さら文句言うなし」
指先を彼女の腰元へ。そのまま捲り上げる勢いでシャツを持ち上げた。
「お兄ちゃん、乱暴はやめて!」
「うっ…」
「やるなら優しくして……無理やりは嫌だよ」
「でもここで本当に引っ込んだら?」
「もっとグイグイ来なさいよ、へたれ」
「はい」
甘えた声で反論してくる。しかしすぐに芝居だと判明した。
「嫌ぁあぁぁっ!! ケダモノに襲われるぅ!!」
「ちょっ……変なこと叫ばないでくれよ!」
夜間なのに大暴れ。近所迷惑を考えずに騒いでいると扉をノックする音が聞こえてきた。
「……やば、ハシャぎ過ぎたか」
「ねぇ、さっきからうるさいよ。何を暴れてるの?」
「悪い。つい調子に乗っちゃった」
ドアを開けた香織が中の様子を窺ってくる。手錠の存在がバレないように腕を背後に回して隠蔽した。
「2人して何やってたの? またプロレスごっこ?」
「そんなところ。次から気をつけるから」
「ん~、私は別に良いんだけどさ。あんまり騒ぎすぎるとお母さん達が起きてきちゃう」
「あぁ、確かに」
「ごめんね」
華恋と2人して頭を下げて謝る。その行動で納得してくれたのか乱入者は大人しく隣の部屋へと戻っていった。
「ほら、怒られちゃったじゃないか。まったく…」
「私だけのせいにすんな。アンタも共犯でしょうか」
「早く鍵出してくれよ。見つかったらマズいから、コレ」
動きが制限されている右手を上げる。解放を訴え出ながら。
「ダメ~、雅人が生意気だからお仕置き」
「どこが生意気なのさ。お仕置きってのも意味が分からない」
「私のありがたみを分かってないみたいだから、こうして教えてあげてんでしょうが」
「相変わらず行動の理由が謎だらけ」
腕を動かす度に彼女の腕も移動。お互いに不自由でしかない状況だった。
「いつまで続けるの? まさか寝るまでとか言わないよね?」
「そうね。24時間ぐらいやろうかしら」
「はぁ? トイレとかお風呂とかどうするのさ?」
「その時だけ外す。雅人が一緒に入りたいって言うならそれでも構わないけど」
「ますます何がしたいのか分からないよ…」
いつでも取り外せるなら繋ぐ意味がない。ただ不便なだけ。可愛い女の子とならこういうシチュエーションも悪くないだろう。何よりも相手が不服だった。
「四六時中ずっと隣にいれば私の良さも分かるってもんでしょ」
「……恐怖しか湧いてこない」
「どうしても解放してほしかったら胸に手を突っ込んで鍵を奪ってみなさい」
「は?」
「ま、アンタにそんな事する度胸があればの話だけど」
「その前に隠すような谷間なんかあるの?」
上から目線の言葉に対して悪態で反論。その瞬間に目にも止まらぬ速さの右手が顔面に飛んできた。
「んんんむむっ!?」
「失礼な事言うなし! 90センチのFカップ、ナメんなああぁっ!」
「んーーっ、んんーーっ!」
唇を力強く引っ張られる。千切れるんじゃないかと思えるぐらいの勢いで。
「うおぉおぉぉっ、痛いぃいぃぃっ!」
「信用出来ないっていうなら見せるけど」
「いえ、結構です」
「もしまた次に同じような事を言ったらお仕置きするからね」
「え? い、今のこれは!?」
恐る恐る顔のパーツを確認。しっかりと無事な位置に配置されていた。