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11 手錠と鎖ー1

「……疲れたぁ」


 自室の机にうつ伏せで倒れ込む。重力に押し潰されるかのように。


「お疲れ様。そんなに忙しかったんだ、今日のバイト」


「うん……週末は平日よりお客さん多いから」


「客商売の辛いところよね~。世間が休んでる時に大変な思いをしなくちゃいけないなんて」


「本当だよ…」


 帰宅してから何度溜め息をついたか分からない。ただでさえ忙しかったのに、新しく入って来た子の世話で普段の倍は疲労。


 食欲も湧かなかったので夜ご飯はお茶漬けだけ。水分補給で胃を満たしていた。


「はあぁ…」


 体全体が蓄熱した状態に。頬に当たるひんやりとした感触が気持ち良かった。


「新しく入った子って女の子だっけ?」


「そうだよ。基本、女性ばかりの職場だから」


「可愛い?」


「う~ん……普通かな。ちょい派手な感じ」


「私とならどっちが上?」


「……たぶん華恋」


「よし、なら許す」


「どうも…」


 背後に立つ妹が満足そうな表情を浮かべる。勝ち誇った笑顔を。


「うへぇ…」


 新人の子は自分と同じであまり要領が良くなかった。言われた事を頭と体で同時には理解出来ないタイプ。だから何か1つの動作を覚えさせるのに結構な時間を費やした。


 その反面、優奈ちゃんは1聞いて10理解するタイプの優等生。いなくなってしまった今、彼女がどれだけ貴重で優秀な人材だったのかを思い知らされた。


「あぁ、もうバイト辞めちゃおっかな…」


「急にどしたのよ。嫌な事でもあったの?」


「行くの面倒くさいというか、働きたくないというか」


 呼吸をするように愚痴を垂れ流す。常日頃から感じている仕事に対する不満を。


 毎日叱られ、お客さんに頭を下げるの繰り返し。カバーしてくれる優しい後輩のおかげでどうにか耐えていたが、その彼女も退職。唯一の希望が失われてしまった今となってはバイト先に出向く気力など皆無に等しくなっていた。


「辞めるのは良いけど新婚旅行代はどうするのよ」


「新婚旅行って……自分の分だけならもう確保出来てるから」


「私の分の費用は?」


「なんで僕が2人分を捻出しなくちゃならないのさ。自分の分ぐらい自分で働いて稼ぎなよ」


「あっそ。ならもうこれからは雅人の分の食事とか洗濯はやらなくても良いって事ね」


「あ、いや…」


「誰が身の回りの世話をやってあげてると思ってるの?」


「……すいません」


 強気な態度で発せられた台詞に怯む。言われてみたら家事全般を彼女1人に任せがちに。いつの間にかやってもらって当たり前の感覚で過ごしてしまっていた。


「そういや、この部屋片付けてたら私のアルバム見つけたから回収しといたわ」


「あぁ、そういえばまだ返してなかったね。忘れてた」


「ん……まぁ雅人にあげるつもりで置いてったから別に構わないんだけどさ」


「僕のアルバムも見たいとか言ってなかったっけ? 結局見ないでいなくなっちゃったけど」


「本当よ、まったく。せっかくだから今見せて」


「いや、それが…」


 自分でもどこにしまったのか不明に。部屋の本棚に並べておいたつもりでいたが、どこにも見あたらなかったのだ。


「何それ。無くしたの?」


「この家のどこかにはあると思うんだけど。間違えて捨ててしまうには大きすぎる代物だし」


「とか言って、実は私に見せたくないから隠してるだけなんでしょ?」


「ち、違うって。本当に行方不明なんだよ」


 確かに過去の自分を見られる事に抵抗はある。それでも家族を騙してまで隠蔽しようとはこれっぽっちも考えていなかった。


「まぁ、いいわ。そのうちどっかからひょっこり出てくるでしょうし」


「もし見つけたら教えてくれ。大切な物だから」


「大切な物なら無くさないようにしっかり管理しときなさいよ!」


「……仰る通りでございます」


 ぐうの音も出ない。いつの間にか物が消えてしまうのは何故なのか。神隠しの存在を疑わずにはいられなかった。


「とりあえず今日もお疲れ様。1日頑張ったね」


「あぁ、気持ち良い~。生き返る」


「明日はバイト無いんだっけ?」


「そうだよ。ゆっくり休めるわぁ」


 相変わらず机の上に突っ伏していると華恋が肩を揉んでくる。こっている意識はなかったがマッサージしてもらうと気持ちが良かった。気付かないうちに歳をとってしまったのかもしれない。


「……ねぇ」


「ん?」


「アンタってさ、あの子の事……好きだったの?」


「へ!?」


 悦に入っていると上から声が飛んでくる。脳の意識を覚醒してしまうような内容の台詞が。


「あの子…」


「どうなの?」


 聞き返すまでもなく誰の事を示しているかは理解出来た。公園で口論を繰り広げた喧嘩相手なのだと。


「ん~、分からないや」


「あんだけ仲良くしてたのに?」


「友達として見てたのかもしれないし、女の子として意識してたのかもしれないし」


「ハッキリしなさいよね」


「そう脅されてもなぁ…」


 心の中で自問自答を繰り返す。言い訳を模索するように。


「今まで誰かと付き合った経験とかないから分からないのかも」


「なら好きじゃなかったって結論で良いのね?」


「もし好きだったって言ったらどうするの?」


「このまま首絞めて息の根を止める」


「た、助けて。お巡りさん!」


 肩に置かれていた手がうなじに移動。恐ろしい圧力をかけられた。


「しかしよくあの場面であんな事言えたよね」


「何が?」


「この子はアンタの事が好きなのよ~ってヤツ」


「あぁ、アレか」


 あの代わりの告白は華恋にしてみればメリットが皆無。むしろお互いを結び付けてしまう可能性を考慮すれば損だけしかない。


「私さ、ああいう風にハッキリしない展開って嫌いなのよね」


「どういう事?」


「お互いに遠慮しあってていつまでも告白しないでウジウジしてるヤツ」


「は、はぁ…」


「あんまりにも見ててイライラしちゃったから、ついバラしちゃった」


「なるほど…」


 気の短い人間らしい考え方。理屈より感情が上回ってしまったのだろう。とはいえまさか自身にとって不利になる発言が出来るなんて。そういう部分は素直に凄いと思えた。


「華恋って結構いい奴だったんだね」


「ふふふ、もっと誉めてくれてもいいわよ」


「これで性格が大人しかったらなぁ。あと自力で宿題やってくれたら完璧なのに」


「うるさいっ!」


「いてっ!?」


 素直な感想を口にする。直後に肩に強烈な痛みが発生した。

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