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10 決断と決別ー7

「ん?」


「あ……先輩」


「どうしてここにいるの? ビックリした」


「こんにちは」


 バイトのない放課後に華恋を置き去りにして教室を出てくる。そして校門付近までやって来ると自転車と共に並ぶ後輩の姿を発見した。


「お兄ちゃん迎えに来たの?」


「違います」


「なら友達待ってるとか」


「……いえ」


「そっか」


 よく分からないが知り合いを捜しに来たわけではないらしい。ただ頭の中には1つの状況が浮かんでいた。


「授業終わってすぐ来たの?」


「はい。割と早く解散になったので自転車に乗って来ました」


「この学校って来るの初めて?」


「そうですね。この辺りを通った事はありますが、この学校に来るのが目的というのは今日が初めてです」


「へぇ」


 すぐ周りを多くの生徒達が行き交う。他校の人間が珍しいのか好奇の眼差しを向けてきた。


「あ、あの…」


「何?」


「実はまだ言ってなかったんですけど……私、昨日で最後だったんです。バイト」


「え?」


「だからもうあそこのお店で会う事はなくて、それだけ伝えておこうと思って…」


「……そうなんだ」


 意識を対話相手に戻すと衝撃的な発言を告げられてしまう。過去形の告白を。


「先輩には色々お世話になりましたね」


「いや、どっちかっていうとこっちがお世話になってたような」


「そうですよ。よく分かってるじゃないですか」


「うっ…」


 しんみりとした場にブラックジョークが炸裂。互いに声を出して笑い合った。


「あと急に人が減ると迷惑がかかると思ったので代わりの子を見つけてきました」


「代わりの子?」


「はい。同じ学校の子でバイトを探してる友達がいたので、あのお店を紹介してあげたんです」


「ほうほう」


「もう面接も終わってるんで明日から働き始めるそうですよ」


「いつの間に…」


 そんな情報まだ誰からも聞いていない。同僚の瑞穂さん達はおろか店長からも。


「おっちょこちょいな子ですけど宜しくお願いします」


「任せて……と胸を張っては言えないけど、任せといて」


「え~と…」


「お?」


「その……前に一緒にタワー行こうって約束してたのに結局行けなくてごめんなさい」


 拳で胸部を叩いていると彼女が急に口ごもり始める。自転車を支えたまま頭を下げてきた。


「あぁ...」


「はい。先輩、楽しみにしていたのに台無しにしちゃって」


「いや、あれは優奈ちゃんのせいじゃ…」


「私があんな馬鹿な事を考えてなかったらケンカになんかならなかったのに」


 励まそうとするも本人によってその言葉を遮られる。自虐的な雰囲気と共に。


「えっと……今日はバイトを辞めた報告の為に来てくれたの?」


「え?」


「もしこの後ヒマならさ、どこか遊びに行かない?」


 少しだけ期待していた。わざわざこんな場所まで顔を出しに来てくれた事を。


「あの……違います」


「へ?」


「私がここに来たのは、その…」


 だが目の前にいる人物からは予想を裏切る答えが返ってくる。否定を意味した台詞が。


「私が呼んだのよ」


「え?」


「……ふんっ!」


「か、華恋!」


「その女を呼び出したのは私。残念だけど雅人に会いに来た訳じゃないからね、そいつは」


「ど、どういう事? 突然、何言い出してるのさ」


 動揺していると背後から聞き覚えのある声が聞こえてきた。振り向いた先にいたのは教室で別れたハズの妹。不機嫌面の華恋だった。


「よく逃げずに来たじゃない。てっきりバックレるかと思ってたのに」


「こんにちは…」


「え、え…」


「驚いた? 雅人に内緒で連絡取り合ってたの」


「一体どうやって…」


 2人が言葉を交わす。他意を孕んだ口調で。


「呼び出すって言っても華恋は優奈ちゃんの連絡先知らないじゃん」


「さぁ、どういう魔法を使ったでしょうか」


「まさか僕のケータイから…」


 彼女ならそれぐらいやりかねない。人の物を勝手に持ち出していくぐらいなのだから。


「先輩、違います」


「え?」


「言っとくけどアンタからデータ盗んだりなんかしてないからね。ちゃんと正攻法で連絡とったわよ」


「正攻法って…」


「ネットって便利じゃん?」


「……あ」


 両サイドから不正解を言い渡された瞬間に思い出した。2人が同じサイトに登録していた事を。


「用件は分かってるわよね? どうしてこんな所まで呼び出されたか」


「はい。私が先輩を……アナタのお兄さんを傷つけてしまったからです」


「正解。ならこれから私がアンタに何するか分かる?」


「そ、それは…」


 戸惑っている間に華恋が前に踏み出す。指の関節を鳴らしながら距離を詰めた。


「ちょっ……何する気さ!?」


「うっさい、止めんな! 一発ブン殴ってやんないと気が収まらないのよ!」


「だ、だからってこんな場所で暴力沙汰はマズいって」


 すぐさま肩を掴んで進行を阻止する。騒ぎ始めた影響ですれ違う生徒達の視線を更に集めてしまう状態に。それにこのままでは校舎から出てくる鬼頭くんにいつ遭遇してもおかしくない。駅前広場での二の舞は御免だった。


「とりあえずここから離れよう。場所を変えて話し合いを…」


「その前にこの小娘に一発喰らわせたるっ!」


「退学になりたいの? 頼むから大人しく言うこと聞いてくれ」


「ぬがあああぁっ!!」


 興奮する華恋を後ろから羽交い締めにする。後輩にも目配せするとその場を離れた。


「んっ…」


 トラブルを回避するなら逃がしてあげるべきなのかもしれない。だがそんな事をしても再び呼び出しが行われるだけ。自分のいない場所で2人が口論するぐらいなら今日中にケジメを付けた方がマシだった。



「じゃあ早速さっきの続き始めるわよ」


 そして15分ほど歩くと住宅街にある川沿いの公園へと辿り着く。到着した瞬間に妹の鞄が宙を舞ってベンチに落下した。


「待って待って、暴力は無し。華恋がしに来たのは喧嘩じゃなく話し合いでしょ?」


「喧嘩よ。私は喧嘩しに来たの、コイツと」


「えぇ…」


 もはや彼女の思考は正常ではない。コントロールを失った乗用車のように暴走していた。


「暴れたくなる気持ちも分かるけどこの件についてはもう解決したんだよ。だから大人しく身を引いてくれないかな?」


「何でよ。アンタ悔しくないの? 良いように利用されてたんだよ? 私ならブチ切れるわ」


「そりゃあ何とも思ってないって言ったら嘘になるけどさ。今さら責め立てようなんて考えてないし、それに…」


「それに?」


「楽しかったのは事実なんだから別に良いよ」


 過去の全てを否定したくない。そんな真似をしても虚しくなるだけだから。


「この女が好きだって事?」


「いや、違う…」


「相変わらず嘘付くの下手すぎ。バカ正直なんだから」


「ど、どういう意味さ」


 華恋に鼻で笑われる。体を押さえていた手はアッサリと振り払われてしまった。


「あの、本当にごめんなさい!」


「え?」


 兄妹間で揉めていると傍観していた後輩が頭を下げる。大きな謝罪の言葉と共に。


「妹さんの仰る通りです。悪いのは私で、先輩を傷つけてしまったのも事実です。だからその罰を受けるのは当然だと思います」


「ほ~ら、本人もこう言ってる」


「いやいや、だからもう気にしてないんだってば。僕が許したんだから蒸し返す必要ないじゃん」


「いえ、先輩が我慢出来たとしても妹さんが納得出来ないのであれば解決になってません。だから気の済むまで殴ってくれて結構です」


「本当に何しても文句言わないわね?」


「はい…」


「よ~し…」


 意見を合致させた女性陣が再び正面から対立。場の空気は最悪だった。


「や、やめてくれって!」


「本人が覚悟してんだから良いじゃん」


「さっきからダメだって言ってるじゃないか。もし手を出したら一生口利いてやらないからね?」


「ど、どうしてそうなるのよ!」


「いいから離れよう。殴ったら華恋だって痛い思いするんだし」


「ぐっ…」


 すぐさま2人の間に割って入り込む。経緯はどうあれ暴力だけは看過出来ないので。


「分かった、殴るのは我慢してあげる。でもこのまま大人しく引き下がるのだけは死んでも嫌」


「え?」


「アンタさ、雅人の事どう思ってる訳?」


「どうって…」


「ただのバイト仲間だと思ってんの? それとも遊びに誘えばホイホイ付いて来る都合のいい男とか考えてる?」


「そ、それは…」


 脅迫の言葉が効いたのか華恋の動作が停止。代わりに詰問の台詞を敵と認識した相手に吐き出した。


「ハッキリ答えなさいよ。言っとくけど適当な嘘ついて逃れようとか考えても無駄だからね」


「……私は」


「ふんっ!」


「私にとって先輩は…」


 緊張した場に暖かい空気が流れ込む。周りにある大きな木々を揺らすように。


「……ただの都合の良い男性です」


「えっ!?」


「ん…」


「ど、どうしてそんな嘘をつくのさ…」


「嘘なんかじゃ、嘘では…」


「だってこの前…」


 無言で立ち尽くしていると有り得ない回答が意識の中に進入。それは以前に聞いた物と真逆の内容だった。


「ふ~ん、つまり異性としての好意は持ってないって事?」


「そうです…」


「あぁ、良かった。もし好きですとか言い出してたら髪の毛掴んで引きずり回してやるとこだったわ」


 俯いた後輩を華恋が上から睨み付けている。腰に手を当てた姿勢で。


「これで安心したわ。雅人も聞いたでしょ? この女、そういう風にアンタの事を見てたのよ」


「違うよ」


「はぁ? 何が違うってのよ」


「今の嘘だよね? だって前に言ってたじゃん。僕と一緒にいて不快だと感じた事なんか無いって。一緒に遊んでて楽しかったって」


 そんな状況を受け入れる訳にはいかない。すぐさま反論を開始した。


「アンタ、まだボケてんの? 全部芝居に決まってんでしょうが。いい加減、気付きなさいよ」


「今までの思い出が全部偽りだったなんて思えない。だってそうでしょ? もし本当に都合の良い男として見てるなら、僕が鬼頭くんに殴られそうになった時に止めるハズないじゃん」


「それは…」


「僕の事を心配してくれたからだよね? だからずっと隠してた事も打ち明けてくれたんでしょ?」


 思い付く気持ちを次々とぶつける。遠慮を付加させずに。


「さ、さっきから違うって言ってるじゃないですか。それは先輩の勘違いで…」


「違わないよ。この意見が正しい」


「……間違えてます。見当違いも甚だしいです」


「ならどうして泣いてるのさ」


 場に上擦った声が反響。それは目の前にいる人物から聞こえていた。


「べ、別に泣いてなんか…」


「だったらその手をどけてみてよ。泣いてないなら見せられるよね?」


「んっ…」


 意地悪な駆け引きを展開する。結果の決まっている勝負を。

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