10 決断と決別ー6
「ちょっとどういう事よ、コラッ!」
「……え?」
「訳分かんない事してくれちゃって!」
「な、何…」
「とぼけんなあぁぁっ!!」
部屋に引きこもっていると華恋が乗り込んでくる。激しい罵声と共に。
「あの後の気まずかった雰囲気どうしてくれる!」
「……あ」
「顔を真っ赤にして逃げ出して来たんだからね。このクソバカ雅人!」
彼女のお叱りの言葉で記憶が甦ってきた。放課後の教室に置き去りにしていた出来事が。
どうやら鬼頭くん相手に甘ったるい声を出し続けていたらしい。想像したら異様な光景だった。
「わ、悪い。もうしないから…」
「当たり前だああぁぁっ!!」
伸ばしてきた手に思い切り胸倉を掴まれる。女子とは思えない握力で。
「アンタ……何か元気なくない?」
「そ、そうでもないけど」
「怒鳴りすぎちゃったかな。ゴメン」
「いや、華恋のせいじゃないから……気にしなくていいよ」
「ほらやっぱり何かあったんだ。嘘つき」
「うっ…」
そして距離を詰めてきた瞬間に彼女が態度の不自然さを指摘。安心させようと優しい言葉をかけたが裏目に出てしまった。
「どうしたっていうのよ。誰かとケンカでもしたの?」
「本当に何でもないから……本当に」
「今のアンタに黙秘権があると思ってんのか!」
「ないです…」
脅迫紛いの尋問に即効で降参する。誰かに愚痴を聞いてもらいたい気分も混ざってか不思議なくらいスラスラ暴露してしまった。
「……何、その女。ムカつく」
「でも悪気があった訳ではなさそうなんだよね」
「あるでしょうが、雅人を利用してたんだよ!? 最低じゃん」
「まぁ…」
利用されていたといえばそうなる。だけど彼女の目的はあくまでも兄である鬼頭くんを欺く事。
「ケータイ貸して」
「え? 何で?」
「そのバカ女に電話かける。直接文句言ってやらないと気が済まない」
「えぇ!?」
落ち込んでいると興奮した華恋が真っ直ぐ手を差し出してきた。威圧感満載の態度で。
「で、電話はかけられない…」
「何でよ?」
「さっき連絡先を削除しちゃったから」
「はぁ?」
咄嗟に嘘をつく。経緯や経過はどうあれ争いだけは避けなくてはならなかった。
「くそっ、一発ブン殴ってやりたいな」
「やめてくれ。警察沙汰になる」
「そいつの学校どこよ?」
「聞いてどうするつもりさ。教える訳がないし」
他校に殴り込みとかどこの番長なのか。しかも女子が女子校を襲撃とか前代未聞でしかない。
「はぁ…」
華恋がいなくなった後は部屋で1人物思いにふける。今回の件で思考の浅はかさを思い知らされた。世の中はそんなに上手くはいかないという事を。
「……ん」
本来なら怒るべき事態なのかもしれない。だけど不思議と嫌悪感は湧き出してこなかった。それは相手が悪人ではないと理解していたから。
「おはよう…」
「おはようございます」
そして翌日もその翌日も何事もなかったような後輩と顔を合わせる事に。向こうが今まで通りのコミュニケーションを望んでいるようなので普通に対応。
とりあえず彼女が騙そうとしていた人物は兄である鬼頭くんで自分自身は嫌われてはいない。それだけ分かれば充分だった。




