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10 決断と決別ー5

「雅人、帰ろ」


「え?」


 翌日、放課後に教室を出ようとしたタイミングで声をかけられる。満面の笑みを浮かべた華恋に。


「ごめん、今日は一緒に帰れないんだよ」


「何で? バイトないハズだよね?」


「ど、どうしてそれを…」


「ふっふっふっ、アンタの予定や情報は全て私の頭の中にインプットされてるのよ」


「ひえぇーーっ!?」


 恐るべきストーカー思考。かつてない恐怖に戦慄が走った。


「んで、用事って何?」


「そ、颯太と遊ぶ約束があって…」


「ふ~ん…」


 言い訳に対して疑いの眼差しを向けられる。明らかに信用していない反応を。


「華恋、ちょっと目つむって」


「え? 何で」


「いいから」


 仕方ないのですぐさま別の作戦を決行。彼女は戸惑いながらも指示に従ってくれた。


「少しの間だけその状態でお願い」


「え~、何々。気になるんだけど」


「とにかくそのままで。良いって言うまで開けたらダメだよ?」


「な、何か恥ずかしいな……へへへ」


 目を閉じながら薄ら笑いを浮かべている。一体どんな期待をしている事やら。気にはなったが尋ねるのが怖かった。


「あの、黙ってここに立っててくれないかな?」


「え? ここ?」


「うん。何もしなくて良いから」


「……分かった」


 ついでに近くにいた鬼頭くんを呼び出す。彼は腑に落ちない表情を浮かべたが一応は協力してくれる事に。


「ねぇ、まだ?」


「ダメ。絶対に良いって言うまで開けないでね?」


「むぅ…」


 状況を理解していない2人が向かい合う形で狼狽。最後に手刀のような形で謝罪をすると鞄を持って教室を飛び出した。


「ふうぅ…」


 帰ったら叱られるかもしれない。それでも約束を果たせないよりはマシというもの。それにああしておけば鬼頭くんも追いかけては来ないだろう。仲直りしたとはいえ彼はまだ脅威を感じる存在だった。




「え~と…」


 学校を出た後は普段は利用する事のない道路を進む。地元よりも栄えている住宅街を。


「あ、あれ……どこだろ」


 そして息を切らしながらも槍山女学園に到着。だがその入口である校門には待ち合わせ相手の姿がなかった。


「あ…」


 女子生徒達から不審な目を向けられながら辺りを散策する。電話でもかけてみようかと考えていると反対側の歩道で大きく手を振っている後輩の姿を発見した。


「ひぃっ、ひぃっ…」


「お疲れ様です」


「まさかもう道路を渡り終えていたとは」


「お店の前で待ち合わせって言いませんでしたっけ? 校門前って言いましたっけ、私?」


「どうだったかな。どっちでも良いや」


 歩道橋を使って彼女の元へ。学校を出てから動きっぱなしなので息切れが酷かった。


「タバコ吸う?」


「……吸いませんよ」


「なら禁煙席で」


 呼吸を整えながらもファミレスへと入る。店員さんに案内された4人がけのテーブルに向かい合わせで座った。


「えっと、何か食べる?」


「そうですね。デザートぐらいならいけます」


「お腹空いてないならドリンクバーだけにしておけば?」


「それはお店に悪いですよ。たまにいますよね、用もないのにドリンクバーだけで長時間粘る人」


「ご、ごめんなさい…」


「はい?」


 その行為をつい先日したばかり。あの時は後から料理を注文したからセーフだろうか。


 彼女がチーズケーキを頼むと言うので自分もアイスを注文する。通路を挟んだ隣の席では目の前の後輩と同じ制服を来た女子生徒が3人で座っていた。


「わざわざスイマセン。こんな遠い所まで足を運んでもらって」


「いや、平気だよ。自分からここに来るって提案したんだし」


「やっぱり自転車持ってる私がそっちに行くべきでしたね」


「だから平気だって。そういえば自転車はどうしたの?」


「そこに停めてありますよ」


「あぁ、あれか」


 窓の外の駐輪場に視線を移す。彼女が一足先にファミレスの前まで来ていた理由に納得。


「そっちの学校って勉強難しい?」


「どうでしょう。あんまり変わらないんじゃないですかね」


「やっぱり教科書に落書きとかする人っていないのかな」


「先輩は大事な教科書に落書きするような人なんですか?」


「え……た、たまに」


 質問に対して凍りつくような冷たい視線を向けられてしまった。軽蔑全開の眼差しを。


「ダメじゃないですか。大切な教材にイタズラしたら」


「面目ないです…」


「まぁ私もよくしてますけどね」


「あっ、やっぱり? 絵を描くの好きなの?」


「そうですね。文字を書いてるよりは楽しいですよ」


 他愛ない話題で盛り上がる。そうこうしているうちに注文品を持った店員さんが登場した。


「ところで話って何だったの?」


「え~と、先輩に謝らなくちゃいけない事がありまして」


「謝る? 何を?」


「今までずっと騙していた事をです」


「騙す…」


 彼女の言葉が理解出来ない。まるで心当たりが無かったので。


「先輩は私に付き合ってよく遊んでくれましたよね?」


「え? か、かな?」


「漫画を貸してくれたり、夜に電話をかけてお話してくれたり。小さな女の子が好きという趣味も暴露してくれました」


「だからアレは違うんだって…」


「いっつもニコニコした顔で返事してくれて、なんて優しい人なんだろうって思ってました」


「……そりゃどうも」


 誉められた事が照れくさい。その全てが過大評価だった。


「あぁ、この人が同じクラスの人間だったら良いのにって何度か考えましたよ」


「さすがに女子校に通うのはちょっと…」


「学校の友達でもここまで気が合う人はいません。先輩はレアでした」


「そ、そうなんだ」


 戸惑う心境を無視して対話相手が言葉を紡いでいく。1つだけ気になったのは口調が何かを訴えかけるような物だという事。


「あの、昨日……というか結構前にお兄ちゃんとのトラブルを相談しましたよね?」


「うん」


「ずっと考えてたんです。あのシスコン馬鹿を懲らしめるにはどうすれば良いのかって」


「馬鹿って…」


 彼女がテーブルに置かれたグラスを手に取った。氷とジュースが入った透明な容器を。


「一番嫌がっていたのは私が男の人と関わる事でした」


「あはは…」


「だから考えたんです」


「何を?」


「ワザと男の人と親しくしてやろうって。そうすれば最高の仕返しになるじゃないですか」


「あぁ、前に言ってたみたいに反抗してみるって事か」


「はい。そしてそれを思い付いたのが2ヶ月ぐらい前の事でした」


「え?」


 アイスに突き刺したスプーンの動きが途中で止まる。意識的にではなく無意識に。


「ど、どういう事…」


「……今、言った通りです」


「え、え…」


 彼女が今打ち明けた作戦は昨日今日考えた物だと思っていた。だからその為にこうして男子と仲良くしてるフリを鬼頭くんに見せつけるのだとばかり。


 妄想と現実にズレが生じてくる。抱いていた期待が全て困惑へと変わってしまった。


「でもうちの学校はご存知の通り女子しかいないし、仲の良い男子もいないから頼める人がいなくて」


「じゃ、じゃあ…」


「先輩しかいなかったんです。私の周りにいる同世代の男の子が」


「あ…」


 ここ数日に起きた出来事を振り返ってみる。目の前にいる人物と2人きりで遊んだ時の思い出を。何も不自然な点は無い。自分の目が節穴でなければ。


「けどお兄ちゃんと先輩が同じクラスになったのは誤算でした。まさか知り合いになってしまうなんて」


「……僕も驚いたよ。同じ名字の人を見つけた時はまだ半信半疑だったし」


「2人が仲の良い友達にならなければいいなぁと思いながら遊んだりしていました」


「ん…」


「ごめんなさい。今まで先輩と仲良くしてたのは、くだらない兄妹喧嘩の仕返しの為だったんです」


 混乱していると彼女が口から謝罪の言葉を投下。同時に額をテーブルにくっ付けてしまいそうな勢いで体を折り曲げた。


「えぇ…」


 意味が分からない。これまで仲良くしていたのは鬼頭くんに見せつける為で、自分はただその作戦に利用されただけ。暴露してくれた話を整理するとこういう事だ。


 理屈では理解出来る。だが心の中の感情がその事実を受け入れる事に猛反発していた。


「やっぱりビックリしますよね。いきなりそんな話を聞かされたら」


「……そうだね」


「悪かったとは思っています。本当にごめんなさい」


「はぁ…」


 変だとは思っていた。いつも簡単に誘いに乗っかってきてくれるから。言われてみたら納得する動機でしかない。元々彼女はこんな男になんか興味を持っていなかったのだから。


「ちなみにどうして急にその話を打ち明けようと思ったの?」


「この前、お兄ちゃんが先輩に掴みかかってるのを見てこれじゃダメだって考えたんです」


「駅での喧嘩の事だね…」


「はい。自分の仕返しの為に先輩とお兄ちゃんの仲を悪くするのは間違えているので」


「……もう少し早くそれに気付いてほしかったかな」


 追及の言葉に対して再び目の前の体が前傾姿勢になる。反省を表した台詞と共に。同時に持っていたスプーンが手元から落下。皿に当たって鳴り響く金属音に反応して隣にいた女子高生達が振り向いた。


「あの、やっぱり怒ってますか?」


「どうだろう…」


 もしこの作戦を事前に打ち明けられていたら喜んで協力していたかもしれない。例えフリだとしても女の子と親密になれるのだから。


 打診が先か告白が後かで答えが変化。自分が何に対して不満を抱いているのかが分からなくなっていた。


「1つだけ教えてほしいんだけど…」


「はい?」


「今まで僕といる時は嫌々だったの?」


「そ、それは違います。先輩と一緒にいて不快だと感じた事なんて一度だってありません」


「そっか…」


 質問に対して彼女が慌てたように両手を振る。その仕草に一安心。もし肯定で返されていたら二重にショックを受けていただろう。ただ今の答えも嘘なんじゃないかという疑いも抱いていた。


「あの、実はもう1つ伝えなくちゃいけない事があって」


「……何?」


「私、バイトを辞めようかと考えてるんです」


「え!?」


 頭を押さえて悩んでいると追撃の言葉が飛んでくる。あまりにもショッキングすぎる内容の台詞が。


「先輩にもいろいろ迷惑かけちゃったし、これ以上顔を合わせるのも悪いかなぁと…」


「迷惑…」


「バイトを辞めて学業に専念するのも良いかなって思いました」


「ん…」


 彼女がグラスに口を付けながら笑い出した。どこか淋しさを纏った表情で。


 話し合いが終わると気まずい空気を吸いたくないので別れる事に。駅まで送って行くという優しい提案を断り、1人淋しく帰路に就いた。


「はぁ…」


 どこをどういうルートで帰ったのかは覚えていない。気が付けば海城高校近くの駅へと到着。


 このまま電車に乗ってどこか遠くへ行きたい気分だった。海が見える浜辺か、深夜でも明るい繁華街か。そう考えてはみたものの実践する勇気もないので真っ直ぐ家へと帰った。

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