10 決断と決別ー2
「く、苦しい…」
お腹を押さえてベッドに寝転がる。激しい嘔吐感と格闘しながら。
明日の夜まで何も口に入れずに過ごせるかもしれない。それぐらい胃の中に食べ物が溜まっていた。
「……連絡なし」
スマホを確認するが未だメッセージも着信もゼロ。さすがにこんな長時間に渡って見ないなんて事は有り得ないだろう。
ついでにSNSサイトにアクセス。もちろん彼女の動向をチェックする為。しかし案の定、何かを更新した形跡は見られなかった。
「う~ん…」
このまま音信不通が続いたらどうすればいいのか。明日はバイトで顔を合わせるというのに。
せめて一言ぐらい返事がほしい。今の状態では気まずいだけだった。
「おはようございます…」
そして予想通り連絡が来ないまま翌日を迎える事に。電車に乗ると重たい足取りで喫茶店に向かった。
「あっ、おはよう赤井くん。やっと来てくれた」
「あれ? 瑞穂さんって今日シフト入ってましたっけ?」
「優奈ちゃんが休んじゃったから私が臨時で呼ばれたのよ。お客さんたくさん来てるから早く入って」
「あ、はいはい」
上着を脱ぎながら更衣室へ。エプロンを身に付けた後は慌ててフロアに移動した。
「……休み?」
まさかとは思ったが欠勤とは。顔を合わせたらどんな対応をしようか散々シミュレーションしてきたのに。気まずい空気を味わわずに済んだのは幸運だが、避けられてしまったショックの方が大きかった。
「ねぇ。私、夕方から用事あるんだけど帰っても良いかな?」
「えぇ……僕1人でフロア回すんですか?」
「ダメかな? やっぱりキツい?」
「ま、まぁ…」
忙しいランチタイムを切り抜けたタイミングで瑞穂さんに話しかけられる。どうやら一足先に上がりたいらしい。
「う~ん…」
渋ってみせたが彼女は元々今日のシフトに入っていなかったハズの人物。せっかくの休日を潰してまで足を運んでくれていた。ここで帰ってしまったとしても誰も文句は言えないだろう。
「あの、やっぱり1人で頑張るんで帰っても大丈夫ですよ」
「え? でも大変じゃないかな?」
「平気です。何とかなると思いますんで」
「……そっか」
不安要素はあるが提案を受諾する。やる気を示すように笑ってみせた。
「よし。じゃあ私も最後まで頑張ろっかな」
「え? けど用事があるんじゃ…」
「あぁ、平気平気。別にどうしても今日やらなくちゃいけないって訳でもないから」
「そ、そうですか…」
ホッと胸を撫で下ろす。強がってはみたものの日曜日に1人だけで取り残される状況は不安だったから。
「可愛い後輩が気合い見せてんのに先に帰るのも気が引けるしね」
「可愛い…」
「優奈ちゃんが休んで私までいなくなったら泣いちゃうかもしれないし」
「な、泣きませんって」
「しっしっしっ」
嬉しさと恥ずかしさで呂律が上手く回らない。からかわれる行為には何歳になっても慣れなかった。
「そういえばいつから下の名前で呼んでたんですか? 優奈ちゃんの事」
「ん? 赤井くんがそう呼んでたから私も真似してみただけ」
「なるほど…」
「それよか私は君達がいつから急接近したのか気になるんだけど」
「え~と…」
興味津々の顔を向けられてしまう。特に暴露という程の出来事ではないので正直に打ち明けた。
「名字があまり好きじゃないんで下の名前で呼ぶ事になりました」
「ふ~ん……なら私も赤井くんの事、下の名前で呼んであげよっか?」
「す、好きにしてください…」
「雅人く~ん」
「ひぃいぃぃっ!」
伸ばしてきた手に頭を撫でられる。クシャクシャにする勢いで。
彼女は女性にしては背が高い。165センチしかない自分より僅かに大きかった。
「ダメか…」
帰宅後、一縷の期待を込めて電話をかけてみる。しかし相変わらずコール音が鳴り続けるだけ。
さすがに体調不良という理由は有り得なかった。真面目な性格を考えたら多少気分が悪くても連絡をよこしてくれるハズだから。
「まさか…」
ある考えが脳裏をよぎる。鬼頭くんにケータイを没収されて部屋に監禁されている後輩の姿が。
「うわああぁあぁぁぁっ!!」
一度イメージしてしまうと妄想は止まらない。ベッドの上で頭を抱えて転がった。
「そ、そうだ。電話して確認しないと…」
慌てて番号を呼び出す。震える指で画面を激しく操作した。
「……いやいや、連絡が取れないから困ってるんじゃないか」
けれど直後に気付く。その行動の無意味さに。
「う~ん…」
こんな時間から自宅にお邪魔する訳にも行かない。そもそも住所を知らないし。
SNSの更新も停滞状態を維持。結局この日も音信不通のまま1日が終わってしまった。