9 仲裁と制裁ー5
「じゃあ出かけてくる」
「気をつけてね、行ってらっしゃい」
「父さんへのお土産を忘れるんじゃないぞ。いいな?」
「え~と、エロ本で良い?」
「あぁ、もちろんだ」
そして出掛ける日はあっという間に訪れる事に。母親にビンタされる父親を尻目に自宅を出発。
話し合いの結果、行き先は繁華街にあるタワーに決まった。県内を代表するシンボルなのにお互いに今まで一度も行った事がなかったので。
「今日は天気悪いですね」
「だねぇ…」
海城高校近くの駅までやって来ると頭上を見上げる。先に来ていた待ち合わせ相手と共に。
「天気予報見てきました?」
「いや、まったく」
「雨降るみたいですよ。降水確率60パーセントとか」
「げっ!」
視界いっぱいにはどんよりとした曇り空が存在。外出には不向きな状況だった。
「ダメじゃないですか。ちゃんと確認してこないと」
「……面目ないです」
「だから手ブラだったんですね」
「うひぃ…」
あまりにも幸先が悪すぎる。天候も叱られる状況も。
「どうしよう。雨降るならタワーに行ってもなぁ」
「あの辺りにあるお店だけでも見る価値ありますよ。だから行きましょう」
「そだね。他に候補も考えてないし」
「もし雨降ってきたら私の傘が使えますからね。相合い傘です」
「そ、そりゃどうも…」
戸惑っている間も隣にいる相方は飄々とした発言を連発。情けない年上をしっかりとリードしてくれていた。
「え…」
「……お兄ちゃん」
しかし駅に入ろうとしたタイミングで中から1人の人物が出てくる。いつも教室で顔を合わせているクラスメートが。
「な、何で…」
その光景を目の当たりにした瞬間に全身の動作は停止。向こうもこちらの様子に気付いていた。
「どういう事だよ、これ」
「へ?」
「何でお前が優奈と一緒にいるの? 遊びに行く相手ってお前だったのかよ」
「いや、あの…」
どう行動するべきか迷っていると鬼頭くんの方から近付いてくる。威圧的な表情を浮かべながら。
「メールや電話も頻繁にやってるよな。ずっと俺を騙してたのか?」
「そ、それは…」
「ちょっと、どうしてそんな事知ってるのよ」
脅迫ともとれる言動に思わず後退り。怯んでいると間に優奈ちゃんが割り込んできた。
「俺は今こいつと話してんだよ。お前、邪魔」
「私のケータイ勝手に見たの? そうなんでしょ」
「見てねーし。ただ家での様子見てそう思っただけだっての」
「適当男…」
2人が対峙する形になってしまう。人が行き交うロータリーで。
「いつからだよ。こんな事してたの」
「お兄ちゃんには関係ないじゃん。私がどこで誰と会ってようが自由なんだし」
「いいから答えろって」
「……ふんっ!」
場の空気は最悪。最も恐れていた事態に突入していた。
「行こ」
「え? え?」
仲裁に入ろうとしたが逆に後輩に手首を掴まれる。強く引っ張られたせいで転倒しそうになった。
「おい、待てよ」
「いでっ!?」
ければその動きはすぐに止められてしまう。反対側の腕を掴む鬼頭くんによって。
「どこ行くんだよ。まだ話は終わってないだろ」
「アンタとする話なんかない、消えろ」
「何ぃ!?」
行動を制限され八方塞がりの状態に。2人が言葉を発するにつれて腕を掴む力もどんどんと増していった。
「いつからそんな生意気な口利くようになったんだよ、お前は」
「私は昔からずっとこうだよ。変わったのはお兄ちゃんの方じゃん」
「ふざけんな。少し前なら俺の言う事なら何でも聞いてたじゃんか!」
「いつまで私を子供だと思ってるの? もう小学生の時みたいに後ろを付いて回ってる歳じゃないんだからね!」
「まだまだガキんちょのクセに何言ってんだ」
やがて睨み合いは口論へと発展する。公共の場で繰り広げる兄妹喧嘩へと。
「2人とも、少し落ち着いて。周りの人達に見られてる…」
「……っと」
戸惑いながらも仲立ちを開始。抑制の言葉に過敏に反応したのは意外にも鬼頭くんの方だった。
「あっ、おい」
「いてっ!?」
その隙を見て優奈ちゃんが再び逃走を試みる。彼女を止める力は結果的に自分の腕に伝達する事に。
「お前が何も話さないってんならコイツに聞いてやる」
「……え?」
「殴られたくないなら正直に言え。こうやって2人っきりで会うのは何回目だ?」
「ぐわっ!」
「初めてじゃないよな? 前から会ってたんだろ?」
「は、離し…」
「ちょっとやめてよ!」
腕を拘束していた手が首元に移動。喉を圧迫するように襟首を締め付けられた。
「お前の事、信用してたのに……だから相談したのに」
「く、苦し…」
「そうならそうと正直に言ってくれたら良かったのに。どうして黙ってたんだよ」
「いたっ!?」
苦しみから逃れようと必死に抗う。けれど先に鬼頭くんによる力が全身に付加。
「いちち…」
どうやら突き飛ばされたらしい。咄嗟に手を突いたおかげで頭を打たずに済んだが腰にダメージを負ってしまった。
「俺を欺くような真似しやがって…」
「……え?」
「2人でグルになってからかってたのかよ」
「ち、違うよ。それは違う」
「ならどうして黙ってたんだ!」
「……別に君を騙そうとか、そういうつもりは無かったんだ」
激しい罵声に怯んでしまう。思わず顔を背けてしまうレベルで。
信じてくれなんて安易な台詞を吐いても聞く耳を持ってはくれないだろう。それぐらい目の前にいる人物は理性を失っていた。
「あ…」
ふと彼の体の一部に視線を奪われる。小刻みに震えている拳に。
「ぐっ…」
それは怒りと悔しさの表れ。負の感情が高まった時に出てしまう現象なんだと理解出来た。




