9 仲裁と制裁ー3
「話って何? 私にとって嬉しい事?」
「どうだろ。微妙かな」
「ん?」
「用件ってのは昨日の続きなんだよね」
「……ちっ、それかよ」
開口一番に本題を切り出す。笑顔だった彼女の表情は即座に仏頂面に変化した。
「んで、昨日の続きが何だって?」
「え~と……優奈ちゃんと話し合った結果、1つの結論に辿り着きまして」
「どんなよ?」
「鬼頭くんは優奈ちゃんに彼氏がいないという情報を信じてくれない訳でしょ?」
「そうみたいね。で?」
「なら逆に仲良くしてる男の子がいると打ち明けてみてはどうかという話になったんだよ」
「ほう」
予め考えてきた説明を思い出しながら喋る。伝えていい事とバラしてしまってはいけない情報に気をつけながら。
「その男の子を鬼頭くんが認めれば万事解決、という訳さ」
「良いんじゃない? 上手くいくかどうかは知らないけど」
「ただ不安はあるんだよね。認めさせるのに失敗したら余計に2人の仲が険悪になる可能性があるし」
「その男が頑張るしかないわよ。殴られようが首を絞められようが耐え抜くぐらいの根性を見せないと」
「それはちょっとヤバいかな…」
「んで、どうしてその話を私にしてきたの? 私、する事なくない?」
「あぁ、えっと…」
口に手を当てて咳払い。心の中で決意を固めると華恋の顔を見た。
「その男の子役を僕がやる事になっちゃった」
「は?」
「優奈ちゃんに聞いたら仲良くしてる同世代の男子はいないって言うし。だから他に適任者がいなくて」
「適任者…」
これは本当の話だった。中学時代から今も連絡を取り合っている男子がいないんだとか。
「それで一応、華恋にも話をしておこうかと思ったんだけど」
「……アンタ、何言ってんの」
「え?」
「そんなのダメに決まってんでしょうがっ!」
「うわっ!?」
恐る恐る彼女の反応を窺う。椅子から立ち上がったかと思えば全力で飛びかかってきた。
「なんで雅人が彼氏役やらないといけないのよ、ふざけんなっ!」
「別にふざけては…」
「調子乗ってんじゃねぇぞ、この野郎っ!」
「え、えぇーーっ!?」
襟首を思い切り掴んでくる。カツアゲでもする不良のように。
「どうしてそんな提案引き受けちゃったの?」
「その場の流れで…」
「ダメったらダメ! 私は絶対に許さないからね!!」
「ぐえぇえぇぇ!? く、苦しい…」
更にそこから激しい攻撃が追加。首を前後に激しく揺さぶられてしまった。
「ちゃんと断ってきなさいよ! 雅人が言わないなら私から文句つけに行くからね、その後輩の子の所に!」
「で、でも断ったら優奈ちゃんが困っちゃうし」
「そんなの知らないっつの。余所様の家の問題じゃない」
「華恋にとっては他人かもしれないけど、僕にとっては大事な同僚なんだよ。見捨てるなんてとんでもない」
「だってフリとはいえデートするんでしょ? 手を繋いだり」
「そりゃあ時と場合によってはするかもね」
「私、その現場を目撃したらその後輩の子に襲いかかっちゃうかもよ? それでもやるの?」
「えぇ…」
彼女の言葉に嫌な光景を浮かべてしまう。女子が女子に馬乗りになっている姿を。もはや嫉妬を飛び越えた逆恨み。実際にそんな真似されては大事件だった。
「どうすんの。断るのか続けるのかどっちだ、あぁ!?」
「わ、分かった。分かったからとりあえず落ち着こう。ね?」
「がるるるる…」
襟首を掴む指を1本1本はがす。動物をあやす飼育員のように。
「まぁ、反対してくるとは思ってたよ。華恋が素直に頷く訳ないもんね」
「分かってんなら何でそんな話引き受けたのよ」
「実は頼みがあって…」
「あん?」
ここからが本題だった。上手く彼女を乗せて作戦通り行動してもらわなくてはいけない。それは至ってシンプルな物だった。
学校で鬼頭くんと2人きりになってもらう。相談があると言えば彼は喜んで付いて来るだろう。その内容が『最近、兄にストーカーまがいの事をされて困ってる』といったものだ。
彼女にそう相談された鬼頭くんは間違いなく自分と優奈ちゃんの関係について思い浮かべるハズ。兄に付きまとわれる妹の気持ちを華恋に代弁してもらおうという作戦だった。
「ど、どうかな」
「それを私にやれと?」
「嫌なら無理にとは言わないよ。その場合は僕が彼氏のフリをする作戦で…」
「それはダメ!」
彼女が口を塞ごうと手を伸ばしてくる。寸前でそれをかわした。
「ふぅ…」
この作戦の最大のメリットは誰も傷つかなくて済むという点だった。自分が彼氏役を演じなくてもよくなるし、華恋が必要以上に鬼頭くんにアプローチしなくて済むから。
「う~ん、う~ん…」
「どうする?」
「……私が雅人に付きまとわれてるって設定で話をすれば良いの?」
「そうそう」
「でもアンタはそんな事してくれないから何て言えば良いか分からないし…」
「いや、適当で良いって。こんな事されてるって妄想で構わないから」
「妄想…」
大人しくなった彼女が目を閉じて黙考を開始。それは吉兆を窺わせる仕草だった。
「どんな内容でも良いの?」
「あまり過剰なのはダメだよ。僕のイメージが悪くなる」
「じゃあ夜中に私の部屋に来た雅人が私を襲うっていうのは?」
「……は?」
しかしその期待は別の角度で消滅。淫乱全開の台詞が返ってきてしまった。
「ダ、ダメかな…」
「ちなみにその襲うってのは華恋がさっき言った意味と同じ?」
「うぅん、違うよ。エッチな方で」
「なら却下」
「あ、やっぱり?」
分かっていて聞いてきたらしい。開いた口が塞がらない。
「仕方ないなぁ、あんまり乗り気じゃないけどやってみようかな」
「お? 協力してくれる気になったの?」
「だってしょうがないじゃん。この提案飲まないと雅人があの後輩の子とデートしちゃうんだし」
「やった、サンキュー」
彼女が組んだ手を天井に向かって伸ばす。その動作に応えるように小さく手を叩いた。
「でも約束してよね。彼氏役は絶対やらないって」
「へいへい」
「それとこの貸しは高いから。後でしっかり払ってよ?」
「……お、覚えてたらね」
「忘れたらブッ飛ばす。全ての記憶がなくなるまでブッ飛ばす」
「ひえぇぇぇ…」
そんな真似をされたら思い出せる物も思い出せなくなってしまう。華恋の凍りつくような目を記憶の中に深く刻み込んだ。