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5 歪みと不協和音ー2

「雅人」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 放課後になると声をかけられる。まだ鼻の穴にティッシュを詰めた颯太に。


「良かったらこの後、一緒に…」


「ごめん、今日は用事があるんだ」


「ちぇっ……せっかく居残りが無いから心霊スポットにでも行こうかと思ってたのに」


「……そろそろ本当にお祓いしてもらう事を考えた方がいいかもよ」


 彼から遊びに誘われたが断った。一刻も早く家に帰りたくて。駅までダッシュするといつもより早い電車に乗り込んだ。


「へっへへへ…」


 今日も華恋さんが出迎えてくれるだろうか。優しい笑顔に癒やされたい。思考を妄想にまみれさせながら地元の街を駆け抜けた。


「ただいまっす」


 自宅に到着すると勢い良く玄関の扉を開ける。施錠されていないドアを。


「……あれ?」


 しかし期待していた返事が返ってこない。家の中は不気味な程に静まり返っていた。テレビの音も聞こえてこないレベルで。


「いないか…」


 洗濯物を取り込んでいるかトイレにでも行っているのだろう。期待が外れたので少々ガッカリした。


「ん?」


 スニーカーを脱いでいる最中に妙な違和感に気付く。どこからか聞こえてくる不自然な声に。


「なんだろう…」


 耳を澄ますと発信源が客間である事を察知。華恋さんの私室となった部屋だった。


「……え、え」


 もしかしたら彼女の身に何かが起きたのかもしれない。気分が悪くなって苦しんでいるとか。


「ん…」


 胸騒ぎがしたので確かめる事に。襖の前までやって来ると小さく一呼吸。覚悟を決めて取っ手に指を引っかけた。


「グランドジャスティスビクトリーアターック!!」


「ほぁ?」


 襖を開けると口から間抜けな声か出る。言葉に表せないような台詞が。


「……あ、あぁーーっ!?」


「え、え……え」


 続けて部屋中に素っ頓狂な叫びが反響。目の前にいる女の子の咆吼だった。


「ど、どうしてアナタがここに!?」


「え? それはだって…」


 意味が分からない。状況が荒唐無稽すぎて。


 確かに部屋には華恋さんが存在。ただし何故か水色のヒラヒラした服を着て、手にはオモチャのステッキを持っていた。


「う、うぅ…」


「あの…」


「うわああぁあぁぁっ!!」


「何々?」


 声をかけると彼女が大声で喚き出す。持っていたステッキを天井に向かって掲げながら。


「とうっ!」


「いってぇっ!?」


「くたばれ、コイツっ!!」


「ちょ、ちょっと! やめっ…」


「黙って部屋に入ってくんなぁっ!!」


 そのままこちらに向かって突撃。咄嗟に伸ばした左手に命中した。


「いてっ、いっつ!」


「死ね死ね死ねっ!!」


「こんのっ…」


 衝撃が皮膚を通り越して骨まで到達。仕方ないので力ずくで取り押さえる事に。


「離せ、バカっ!」


「ごほっ!!?」


 両腕を掴むが反撃を喰らってしまう。ガラ空きのボディに強烈な膝蹴りを浴びてしまった。


「ゲホッ、ゲホッ…」


 思わずその場にうずくまる。額を床に擦り付けた体勢で。


「はぁ、はぁ…」


 同時に頭上からは荒い息遣いが聞こえてきた。大人しさを微塵も感じさせない低い声が。


「ちょ……な、何するんすか」


「どうして勝手に入ってくるのよ!」


「はぁ?」


 ダメージを回復させた後は再び対話を開始する。質問をぶつけたが質問で返されてしまった。


「ううぅ…」


「コスプレ…」


「……っ!?」


 俯いて唸っている彼女にある言葉を投げ掛ける。混沌とした場の中で気付いた点を。


「うわぁあぁぁーーっ!!」


「ちょっと待って、痛いってば!」


 だがその言動が火に油を注ぐ事に。激昂した華恋さんがまたも喚きながら突撃してきた。


「はぁっ、はぁっ…」


「……ってぇ」


 隣の部屋へと後退してどうにか危機を回避する。暴力を振るわれる状況を。


「ど、どうしてこんな事するのさ!?」


「アンタが勝手に入ってくるからでしょ!」


「それは…」


「男に見られたの……初めて」


「は?」


「……くそっ」


 やや強めの口調で同じ疑問を発信。ただし問い掛けに対して返ってきたのは更に強気な反抗的態度だった。


「もしかしてコスプレ見られた事に腹を立ててるの?」


「い、言うなっ! またぶたれたいのか!」


「えぇっ!?」


 どうやら思い描いた憶測は正解らしい。ムキになった台詞でそう確信した。


「別に良いじゃないですか。隠さなくても」


「良くないっ!」


「どうして?」


「それは…」


 事情を把握した所で説得を試みる。問題を起こした生徒を叱りつける教師の気分で。


「隠さなくっても堂々としていれば良いんじゃないですかね」


「ん…」


「別に人に迷惑をかけるような悪い事をしてるわけじゃないんだから…」


「……アンタだってエロ本隠してるじゃない」


「え?」


 言葉を並べていると会話の流れに無関係なキーワードが飛び出した。心臓の鼓動を高鳴らせるような単語が。


「な、な……なに言ってるの、君!」


「さっきアンタの部屋を掃除してる時に見つけた」


「勝手に物色したの!?」


「……ふん!」


 動揺が止まらない。追い詰める側と追い詰められる側が交代していた。


「ひ、人のテリトリーに無断で入らないでよ!」


「うるさい。アンタだってここに黙って入ってきたじゃない!」


「それは…」


 ここは自分の家なのだから別に構わないハズ。だがその台詞は口に出す寸前で留めた。その理屈がまかり通るなら華恋さんの行動を咎める理由が無くなってしまう。彼女も今やこの家の住人なのだから。


「このスケベ」


「なっ!?」


「初めて会った時のこと覚えてるからね。トイレのドアを開けて中に入ってきた事」


「だからあれは…」


「しかもその後、いやらしく胸を触ってきやがって……変態男っ!」


「う、うわああぁあぁっ!!」


 思わず両手を耳に移動。突き付けられた言葉を受け入れないように塞いだ。


「着替えるから出てってよ」


「は?」


「着替えるって言ってんの。アンタがいたらコレ脱げないじゃない!」


「いやいや、待ってよ。まだ話が終わってないじゃないか」


 パニックに陥っていると部屋からの退出命令が出される。相手の感情を無視した一方通行な意見が。


「とりあえず謝ってくれないかな」


「はぁ? なんで私が」


「殴ったじゃん。それで」


 すぐに反論しながら指差した。手にダメージを作ってきた凶器を。


「……やだ」


「え?」


「い、いいから出てってよ! 早くしないとアンタの妹が帰って来ちゃう」


「それがどうかしたの?」


「どうかしたって…」


 恐らく彼女は今の姿を家族に見られる事に抵抗があるのだろう。かといって指示に従おうという気持ちは微塵も湧いてこない。一刻も早く理不尽な暴力について謝罪をしてほしかった。


「黙って部屋に入った事は謝るよ。でもだからって殴る事はないんじゃないかな?」


「うぐっ…」


「別に良いじゃないですか。そういう格好見られたって」


「……嫌だ」


「えぇ…」


 タイムリミットが迫っているのに抵抗は続く。意外に頑固な性格らしい。


「早く出てってよ。じゃないとアンタのエロ本の隠し場所、妹にバラすわよ」


「な、何でそういう話になるのさ」


「それからトイレを覗いてきた件と、体を触ってきた件と…」


「わーーっ、すいませんすいません!」


「早く出てけぇーーっ!!」


 不可抗力とはいえ同居人に破廉恥行為を働いてしまった事実を知られるのはマズい。冤罪だと示す証拠を持っていないから。


「分かったよ…」


「ふんっ…」


 込み上げてくる悔しさをグッと我慢。襖を閉めるとゆっくりとその場を立ち去った。

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