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9 仲裁と制裁ー1

「いつも悪いね」


「いえいえ、気にしないでください」


 昼休み。弁当を持参して華恋とベンチに腰掛ける。


 ただし彼女と2人きりではない。反対側には最近頻繁に行動を共にしている鬼頭くんが座っていた。


「白鷺さんって料理上手だね」


「ありがとうございます。そう言ってもらえると嬉しいです」


 俵型のオニギリを食べながら2人が言葉を交わす。やや遠慮がちな口調で。


「んむんむ…」


 彼がここにいるのは自分が誘ったから。女子生徒と2人きりで過ごすより男子がいてくれた方が気が休まるという理由で声をかけた。


 もちろんその事に対して華恋は不満を露に。本人不在の場所で文句を連発。更にはお弁当にかける手間まで増やしてしまった。その事が彼女の怒りの炎に油を注いでしまっていた。


「……ふぅ」


「どうしたの?」


「最近さ、優奈の様子が変なんだよね」


「優奈?」


「あぁ、えっと鬼頭くんの妹さんの名前だね。妹いるんだよ」


「へぇ」


 疑問符を浮かべた華恋に助言を出す。2人が兄妹だという情報を彼女はまだ知らなかったので。


「それで具体的にどう変なの?」


「なんていうか怪しい」


「怪しい?」


「隠れて男とコソコソ会ってる気がする」


「お、男?」


 口から裏返った声を放出。持っていた箸を落としそうになった。


「出掛ける時にどこ行くか聞いても教えてくれないしさぁ、バイト無い日にも頻繁に外出するし」


「へ、へぇ…」


「あとは部屋でケータイ見ながらニヤニヤしたりとか」


「ニヤニヤ…」


 まさかあの真面目な彼女がそんな顔をしているなんて。普段の様子からはまるでイメージ出来ない。


「でも何かあったのか聞いても教えてくんないんだよなぁ」


「……あはは」


「どうすりゃ良いと思う、俺?」


「さ、さぁ?」


「むぅ…」


 不満を垂らすように鬼頭くんが呟く。ベンチにもたれかかると視線を空に移した。


「んっ…」


 まだ彼の言っている男の陰が自分だと決まった訳ではない。他の仲の良い男友達の可能性もあるから。けれど彼女と2人っきりで遊んだ事があるというのもまた事実だった。


「う~ん…」


 左側で鬼頭くんが、右側で華恋が。そして自分自身も食事の手を止めて唸り続けていた。




「はい、そこ座る」


「うぃす…」


「仕事中にボーっとしちゃダメじゃないですか」


「すいません…」


「いくら妹さんの事が好きだからといっても妄想は自宅に帰ってからにしてください」


「いやいや…」


 放課後になるとバイト先の喫茶店へと向かう。後輩とパートさんの3人で回す珍しいシフト。


 しかし考え事をしていたせいかミスが目立った。トレイを床に落とす度に頭を下げるの繰り返し。


 幸運にも店長が出掛けていたので叱責だけは免れた。代わりに後輩に注意されて恥ずかしい思いをする羽目に。


「先輩って感情の切り替え下手ですよね。その日の気分がそのまま反映されてるっていうか」


「落ち込んでる時に元気を出すのって難しくない? 笑顔なんか作れないよ」


「それでもやらないといけないんですよ。私達がやってるのはそういう仕事なんですから」


「了解しました…」


 トースターで焼いたパンを持つと2人で席に腰掛ける。空いた時間を利用した腹拵え目的で。


「それ塗りすぎじゃないですか? ベットリしてますけど」


「両面をタップリ塗ったのが好きなんだよ」


「それだとパンの味がしないじゃないですか。マーガリンを食べてるのと変わらないですって」


「マーガリンだけだとちょっとね。パンとの絶妙なコラボレーションがたまらない訳さ」


「油分の過剰摂取は体に悪いですよ?」


「う~ん、そうとは分かっていてもやめられない…」


 基本的な食材は使ってもお金は取られない。ガムシロを混ぜた水をジュース代わりに飲んでいた。


「優奈ちゃんってさ」


「はい?」


「付き合ってる男の人とかいる?」


「……ど、どうしたんですか。いきなり」


 小言から逃れるように恋愛絡みの話題を振ってみる。昼休みのやり取りを思い出しながら。


「別に深い意味はないよ。ただどうなのかなぁと思っただけで」


「は、はぁ…」


「やっぱり聞いちゃマズかったかな?」


「ていうかその質問って私への当て付けですよね?」


「え? 何で?」


「うち、女子校なんですけど」


「あっ!」


 指摘されて思い出した。彼女が通っていたのは生徒がもれなく女子のお嬢様学校だという点を。


「で、でも中学の時は男子もいたんでしょ?」


「まぁ普通の公立ですし」


「その時から仲良くしてる男の子がいるという可能性も…」


「ゼロですね」


「そ、そうすか…」


 こちらの質問を遮るような台詞が返ってくる。空気が微妙に悪くなってしまった。


「もしかしてお兄ちゃんに調べてこいって頼まれましたか?」


「いや、そういう訳ではないんだけどね」


「……そうですか。最近、あのバカ兄もそんなような事を聞いてくるから、もしかしたらって思ったんですけど」


「ほう」


「ウザいから無視してるんですけどね。でもスルーすればする程しつこく聞いてきて」


「た、大変だね」


 むしろ鬼頭くんには知られないように情報を聞き出したい。とはいえいきなりこんな質問をしたら誰だって警戒するだろう。


「無視しないでハッキリいないって言い切っちゃえば?」


「言いましたよ。けど信じてくれないんです」


「うわぁ、質が悪い」


「やっぱり妹が男の人と仲良くしてたら気になるものなんですかね?」


「どうだろ。気にならないと言ったら嘘になるけど、恋人が出来たらどうこうってのは無いと思う」


「大人しく認めるって事ですか?」


「そうなる……かな」


 口では毅然とした態度を示したが実際にその立場に立たされたら分からない。ショックを受けるのか、それとも無関心を貫き通すのかは。


 そもそもうちの家族は初めから家族ではなかった。繋ぎ合わせたパズルのように最初はバラバラ。なので妹に対しての感情が一般的な兄弟姉妹とは違う気がしていた。


「先輩、うちのお兄ちゃんと入れ替わりせんか?」


「え? 僕が優奈ちゃんの兄貴になるって事?」


「はい、そうです」


「ほうほう」


 イメージを膨らませていると願ってもない提案を持ちかけられる。頬の筋肉を緩ませてしまうような意見を。


「けどさ、お兄ちゃんだって悪気があって疑ってる訳じゃないよね?」


「それは分かってますよ。でもしつこい人間は嫌いです」


「どうやったら彼氏がいない事を認めさせられるのか…」


「え?」


「う~ん…」


 逆なら可能だった。本人に会わせればそれで済む話だから。しかしいない事を立証するのは難しい。悪魔の証明だった。


「先輩。その考え方、間違えてますよ」


「な、なんで? おかしな事言ったかな」


「恋人がいない事を知ってもらいたいんじゃないんです。私に干渉するのをやめてほしいんですよ」


「だからそうする為には彼氏なんかいないとハッキリ理解してもらって…」


「じゃあ、もし私に恋人が出来たらどうするんですか?」


「……あ」


 そのシチュエーションは想定していなかった。仮に交際相手がいないと立証出来ても本当に作った時に文句をつけられては意味が無い。好きな男性を作っただけで兄妹喧嘩。いくらなんでもそれは可哀想だった。


「だからあのバカ兄が考えを改めない限り何も解決にはなっていないんです」


「ごもっともです…」


「先輩からも言ってやってくださいよ。ビシッと」


「う~ん、でも優奈ちゃんが言っても聞かないのに周りの人間が説得出来るとは思えないなぁ」


「はぁ……やっぱり無理なのかなぁ」


 彼女が俯きながら溜め息をつく。抱え込んでいるストレスを吐き出すように。


「お兄ちゃんって学校で仲良くしてる女の子とかいないんですか?」


「え? な、何で?」


「向こうに好きな人が出来れば私への関心も薄くなるだろうし、男の人と付き合ってても文句は言われないかなぁと」


「仲良くしてる女子かぁ…」


 まだ新しいクラスになって日が浅いから断言は出来ない。ただ鬼頭くんが仲良くしている女子がいる事は知っていた。しかも仲良くではなく、ほぼ間違いなく好意を寄せているレベル。自分の勘違いでなければ。


「学校だと硬派気取りですか?」


「いや、そうでもないけどね」


「え?」


「女子かぁ……う~ん」


 頭の中に1つの作戦を浮かべた。成功率の低い打開策を。


 やりたくはないが他に良い案が捻り出せない。仕方ないので実行する意思を固めた。

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