8 オマケとマヌケー4
「お?」
どうやって逃げ出そうか考えているとタイミングよく電話がかかってくる。会う予定を組んでいた待ち合わせ相手から。
「もしもし」
『先輩ですか? 今、バイト終わりました』
「お疲れ様。すぐこっちに来る?」
『そうですね。今から駅に向かうので30分ぐらいで着くと思います』
「分かった。なら30分後に駅で」
通話を切って時計を確認するとほぼ予想していた通りの時間。渡りに船な情報だった。
「あのね、お兄ちゃん、用事出来ちゃったからもう行かないといけないんだよ」
「彼女とデートですか?」
「ち、違う違う! ただの友達だから」
「駅に行くんですよね? なら私も一緒に行きます」
「……そういえばお姉ちゃんと待ち合わせしてるって言ってたね」
ようやく別れられると安堵。そう考えたが結局駅まで同行する流れに。
「お待たせぇ」
それから30分以上の時間を費やして目的地にやって来る。ロータリーに佇んでいた後輩に向けて大きく手を振った。
「ふ~」
「大丈夫ですか?」
「ごめん。コンビニに寄ってたら少し遅れちゃった」
「いえ、そこまで待たされてないので大丈夫ですけど」
「ひいっ、ひいっ…」
膝に手をついて呼吸を整える。酸素不足の肺に空気を送り込もうと。
「先輩、この子誰ですか?」
「えっと……何て説明すれば良いかな」
「あ……は、初めまして」
女性陣2人が互いの存在を認識。丁寧に頭を下げあった。
「はい、初めまして」
「お兄さんの彼女さんですか?」
「いいえ、違いますよ」
「ならまだ付き合う前という事ですか?」
「それは分かりません。ところでアナタは誰なのでしょう」
彼女達が聞いていて恥ずかしくなるような話題を交わす。毅然とした態度で。
「全然知らない子なんだよ。公園を歩いてたらたまたま出くわしちゃって」
「え? どういう事ですか?」
「いや、僕にもよく分からない…」
「とりあえず先輩の知り合いの子ではないんですよね?」
「うん。名前も年齢も全く知らない子」
事実をありのままに述べた。嘘偽りなく。
「な、何かな…」
「……先輩。いくら友達が欲しいからってこんな小さな子に手を出さなくても」
「違うから! そんな気なんか全く無いから!」
「おっちょこちょいだけど根は良い人だって信じてたのに。まさか重度のロリコンだったなんて」
「どうしてそうなるのさ! 自分から声かけたわけじゃないし。本当だから信じておくれよ」
「軽蔑しました。もうこれからはこうして会いに来るのやめますね」
「ギャアアァァアァァッ!」
けれど対話相手から疑いの眼差しを向けられてしまう。何も悪事を働いていないのに変態の烙印を押されてしまった。
「あっ、お姉ちゃん」
「ん?」
喚き散らしていると女の子が突然駆け出す。日差しの隠れた駅構内に向かって。
「あの人かな…」
その先に自分と同年代ぐらいの女の子が立っている姿を発見。穏やかな雰囲気を纏った人物がいた。
「じゃあ、お兄さん。またね」
「あ……うん」
「付き合ってくれてありがとう。今度写真見せてね、約束だよ」
「へ~い」
元気に手を振る女の子に同じ仕草を返す。お姉さんとも軽く会釈をしながら。
「また、か…」
名前も連絡先も分からないのだから願いを叶えてあげるのは難しい。ただあの子とは再びどこかで会いそうな予感がした。
「バイトどうだった?」
「大変でしたよ。いつもより忙しかったです」
「そうなんだ。お疲れ様」
「私より先に誰かに連絡したのに断られたって店長がボヤいてました」
「だ、誰の事だろうね…」
ようやく予定通りに戻れた事に胸を撫で下ろす。しかし同時に別の不安要素が発生した。
「動き回ってたのでお腹が空きました。何かご馳走してください」
「……えぇ」
「ん~と、誰だったかな。本当は行けたハズなのに店長からの頼み事を断った無慈悲な人の名前は…」
「はい、分かりました。奢ります! 何か奢らせてください」
彼女が唸りながら人差し指をオデコに当てる。その仕草を見て背筋をピンと伸ばした。
「え、良いんですか? 自宅で先輩が手料理を振る舞ってくれるのを期待してたんですけど」
「うちはちょっと。あと料理は苦手だから無理だね」
「了解です。なら高級レストランに行きましょう」
「ちょっ…」
「あれ? 洋食は嫌いでしたか?」
「いや、大好きです。大好物です。けど金銭的な理由で勘弁してもらいたいなぁと…」
悪魔のような笑みを向けられる。どこまでが本気で冗談かが分からない発言も加えて。
とりあえず高級店はやめて近くのファミレスへと入る事に。ピークは過ぎていたので待たずに席へと座れた。
「本当に良いんですか? 奢ってもらっちゃって」
「良いよ良いよ。わざわざここまで出向いてもらったお礼もあるし」
「すいません。さっきの子とデートする予定も台無しにしてしまったばかりなのに」
「もうその話は忘れておくれ…」
口封じの意味も込めて太っ腹行動を取る。なのに相手がイジるような発言を連発してきた。
「あっ、これ借りてた漫画です。ありがとうございました」
「ん、どうだった?」
「面白かったですよ。いい趣味してますね」
「そ、そりゃどうも…」
「また続き借りても良いですか?」
「うん。なら今度持ってくるよ」
目の前に茶色い紙袋が出現する。受け取った後は邪魔にならないように足元へと置いた。
「これをこうして…」
「ふむふむ」
「過激なエロ画像を載せると消されるから注意してください」
「いや、載せないってば…」
そして食事後はケータイの画面と睨めっこする。サイトの使い方の指導が始まった。
「人に見せたくない場合は非公開にすると良いです。そうすれば閲覧出来なくなりますから」
「え? でもそれって日記書く意味あるのかな?」
「ありますよ。例えば特定の人にだけ見せるように設定したい時とか」
「特定の人…」
「先輩しか見れない設定の記事に何度も足跡が付いたら誰が来たのか一発で分かりますからね」
「……あ、あぁーーっ!?」
その言葉で昨日の出来事を思い出す。天国から地獄に叩き落としてきた写真の存在を。
罠に嵌められた事を理解した後は上級テクを理解。文字の色や大きさを変える方法を教えてもらった。
「……くぁ」
「眠たいの?」
「まぁ……動き回っていたせいか疲れてしまって」
撮影した写真を確認していると相方が小さく口を開く。顔を見ると目がうつろ気味。今にもテーブルの上に突っ伏してしまいそうな表情だった。
「すいません、悪いけど今日はこのまま帰りますね」
「え?」
「なんだかお腹いっぱいになったら眠たくなってきちゃいました」
「そ、そっか…」
「また先輩の家でゲームやりたかったですけど残念です」
「うん…」
うちに来て眠ってくれても構わないのだけれど華恋がいるから招待したくない。前と同じ轍は踏みたくないし。
心残りはあるが今回は大人しく引き下がる事に。店を出ると見送りの為に駅へとやって来た。
「じゃあ気をつけて」
「はい。先輩も幼児誘拐で捕まらないように気をつけてください」
「うっ…」
「それでは」
小さな体が改札をくぐる。彼女はいやらしい笑みを浮かべると階段を上ってその姿を消してしまった。
「よく分からない子だなぁ…」
気軽に誘いに乗ってくれたり、からかうような行動を取ってきたり。イマイチ本心が掴めない。