7 叱咤と嫉妬ー1
「なんでお兄さんいる事もっと早くに教えてくれなかったのさ?」
『あっ、バレちゃいましたか』
「……バレちゃいましたかって、君」
日没後に自室で電話を使って喋る。最近、生意気になってきたバイト先の後輩と。
「意地悪しないで教えてくれれば良かったのに」
『すいません。でも別に意地悪で隠そうと思っていたわけじゃありませんよ』
「どういう事?」
『先輩とお兄ちゃんが同じクラスかどうかなんて私には分からないし、もし2人が学校で知り合いだとしたなら先輩の方から聞いてくるかなぁと思って』
「あぁ…」
『何も言ってこないって事は先輩達は学校での繋がりがないんだと解釈してました』
「なるほど…」
どことなく言いくるめられた感はあるが一応は納得出来た。即席の言い訳を。
『あとですね…』
「ん? まだ何かあるの?」
『私、お兄ちゃんの事嫌いなんです』
「えぇ…」
頷いていると耳に衝撃的な言葉が入ってくる。家族の存在を否定する台詞が。
『嫌いっていうと語弊がありますね。苦手なんですよ』
「例えばどういう所が?」
『主にシスコンな所が』
「……納得」
掃除の時間に鬼頭くんと交わした会話内容を思い出した。妹の話題になった瞬間に異常に殺気立った言動の数々を。
『まぁ悪い人ではないんですけどね。過保護すぎるというか』
「それだけ心配なんだよ、優奈ちゃんの事が。優しい人なのさ」
『ありがとうございます。もし良かったら貰ってやってください、兄の事』
「いや、いらないよ……受け取らないし」
無意識に嫌な状況が浮かんできてしまった。男2人で抱き合っている光景が。
『先輩も妹さんに対しては過保護ですよね?』
「いや、うちは逆だよ。向こうが過剰にスキンシップとろうとしてくる」
『確か毎日一緒にお風呂入ってるんでしたっけ?』
「違ぁあぁあぁぁう!!」
ベッドに手を突くと体を起こす。大声で叫びながら。
『あれ? でも以前にそんな話を聞いた覚えが』
「だからあれは嘘っぱちだと説明したじゃないかぁ…」
『いやぁ、禁断の兄妹愛とかドキドキしますね』
「やめてやめて」
彼女がうちに遊びに来た翌日、華恋の語ったエピソードが嘘だと話した。どうやら最初から信じてはいなかったみたいで説得はあっさりと終了。ただその作り話がよっぽど面白かったのか時折こうしてネタとしてからかってきていた。
『良いじゃないですか、妹さんと一緒にお風呂入っても』
「やだよ。なら優奈ちゃんはお兄ちゃんと一緒に入ったりしてるの?」
『入るわけないじゃないですか。水着を着たとしてもお断りです』
「でも小さい頃は一緒に入ってたんでしょ?」
『いいえ』
「え?」
口から驚きを表した声が漏れる。ケータイを持ち替える動きと共に。
『一度も入った事なんかありませんよ。少なくとも私の意識の中では』
「小学生の時は一緒に入ったりするもんなんじゃないの? お父さんとか」
『私はいつもお母さんと入ってましたから。お父さんやお兄ちゃんと入った記憶はありません』
「……そうなんだ」
よく女子が何歳ぐらいまで父親と入浴していたかの議論で盛り上がってるのを耳にした事があった。だから小学生の時は一緒に入っていて当たり前なのだと思っていた。
今でこそ共に暮らしているが華恋や香織とは元々は別々の環境で生活。そのせいで世間一般の家族兄妹がどんなスキンシップをとりながら育っていたのかが分からなかった。
『もしや先輩は私とお兄ちゃんが一緒にお風呂入ってる仲良し兄妹だと思っていましたか?』
「ち、小さい頃は」
『残念ながらそんな良いもんじゃないです』
「カルチャーショック…」
理想の兄妹像が打ち砕かれてしまう。それと同時に妹に避けられている鬼頭くんに対して哀れみが発生した。
『多分、うちが普通だと思います。先輩と妹さんが仲良すぎるんですよ』
「やっぱりそうなのかなぁ…」
『兄妹で手を繋いだり腕を組んだりはしないんじゃないですかね。仲が良い事は素晴らしいと思いますけど』
「あれは僕の意志じゃなく華恋が勝手にやってきてだね…」
電話を持つ手とは逆の手で頭を掻きむしる。焦りをごまかそうと。
『妹さんの事好きじゃないんですか?』
「好きじゃないよ。いつも引っ付いてきてちょっとウザいもん」
『きっと先輩を愛してるんですよ。良かったですね、モテモテで』
「妹に懐かれても嬉しくない。どうせなら普通の女の子と親しくなりたいなぁ」
『そんな事言ったら妹さん泣いちゃいますよ? 可哀想じゃないですか』
「いいよ、いいよ。勝手に泣いてれば良いさ」
調子に乗って思ってもみない暴言を連発。風呂上がりなせいかハイテンションだった。
「おわっ!?」
同じ体勢がキツくなったので体の向きを変える。その瞬間にドアの隙間から中を覗いている華恋の姿を捉えた。
「え……え、何?」
小さな声で話しかけてみる。しかし問い掛けに対する返事は無し。彼女はこちらを見ながら不気味な笑顔を浮かべていた。