5 尾行と追跡ー5
「ん?」
食後は自室に戻って漫画を読みふける。没頭していたが途中で隣から聞こえてくる激しい衝突音が意識の中に進入してきた。
「何を暴れてるんだ…」
リビングで顔を合わせたので帰って来ているのは知っていた。何も食べずに部屋に籠ってしまった事も。
「……うるさいなぁ」
無視していたが騒音は鳴り止まない。階下にまで響いてそうなボリュームだった。
「お~い、うるさいよ」
我慢が出来ずに文句をつけに行く。廊下に出て乱暴にドアをノックした。
「……な、何?」
「プロレスでもやってるの? やかましいんだけど」
「あっ、ごめん。うるさかった?」
「父さん達が起きてきちゃう。もう11時だよ?」
「うわぁ……やらかしちゃったかなぁ」
僅かに生まれた隙間から部屋主が顔を出してくる。気まずさ全開の表情で。
「ちょ……どしたの!?」
「いや、何やってるのかなぁと思って」
「な、ななな何にもやってないよ! だから入って来ないで」
「ほう」
こっそり中を覗くと慌てふためいた態度が返ってきた。怪しさ満載のリアクションが。
「とうっ!」
「ちょ、ちょっと! 足どけてよ」
「いででっ、挟まってる!」
刑事ドラマのように隙間に足を突っ込む。しかし扉を閉められた影響でダメージが発生した。
「あっ、ごめん」
「ぐううぅ……骨が折れるかと思った」
「大丈夫?」
「ヤバそう。ヒビ入ったかもしれない…」
廊下で足を押さえてうずくまる。芝居ではなく本気で。
「えぇ!? 大変!」
「隙ありっ!」
「え?」
その様子を見て相手が油断。タイミングを見計らって足元から素早くダイブした。
「あだっ!?」
「おっと、悪い」
「ぐっ…」
「だ、大丈夫?」
彼女が顔面から床に倒れ込む。侵入者を踏まないように避けたせいで悲惨な転倒をする結果に。
「……何じゃこりゃ」
だがシャチホコ体勢になった妹以上に部屋の様子がおかしかった。辺り一面に広がっているのは無機質な視線の数々。壁という壁にアニメキャラがプリントされたポスターが貼られていたのだ。
問題はそのジャンル。描かれているのはどう見ても若者には見えない中年男性ばかり。中には上半身裸で見つめ合っているいかがわしい物まであった。
「いつつ…」
異質な状況に困惑していると廊下の物体が動く。床に手を突きながらゆっくりと。
「悪い。大丈夫だった?」
「おでこ打った。いてて……ん?」
「お?」
彼女と目が合った。まるで時間が止まったかのような空間の中で。
「あ…」
「み、見ちゃった」
「うわああああぁぁっ!!」
「……るせっ!」
直後に大声で叫び始めた。死体と遭遇した第一発見者のように。
「で、出てってぇ!」
「ちょ…」
「出てって、出てって!」
「もう手遅れだよ。見ちゃったんだから」
「いいから出てってよぉ!」
「せいっ!」
腕を掴むと力強くグイグイ引っ張ってくる。仕方ないので力業に出る事に。喚く彼女の口を塞ぎながら反対側の手で体を掴んだ。
「もごもごっ…」
「うりゃーーっ!」
「ぎゃああぁあぁぁっ!?」
そのまま上半身を回転させて雑に放り投げる。宙を舞う体はベッドの上に見事着地した。
「……いつつ」
「もう夜遅いんだから騒ぐのやめようよ」
「だからってブン投げる事ないじゃん……いったぁ」
「頭と腰、どっちが痛い?」
「どっちもだよ!」
彼女が八つ当たりするように怒鳴ってくる。髪をボサボサにして。
ふとデジャヴに襲われた。1年近く前に華恋のコスプレ姿を目撃してしまった日の記憶が甦ってきた。
「しっかし凄い事になってるなぁ…」
「あぁ、もう……隠しておくハズだったのに」
「だから最近部屋に入れてくれなかったのか。こりゃ人に見せられないもんね」
「うぅ…」
再び辺り一面を見回す。カオスな空間を確かめる為に。
「これ好きなの?」
「ま、まぁ…」
「ふ~ん」
よく見るとポスターは全て同じ作品。机には箱入りのフィギュアも並べられていた。
「いつからハマってたの。これ」
「3ヶ月ぐらい前かな。友達に勧められて」
「その友達ってのは学校の?」
「そだよ。同じクラスの子達」
「オジサンがブームなのかな…」
もしかしたら今日一緒に行動していた子達かもしれない。グッズを漁りに行っていたとか。
「皆には言わないでね。内緒にしておきたいから」
「なんで?」
「何でって……そりゃ恥ずかしいし」
「別に気にしなくても。バカにしたりしないよ」
「本当!?」
「3000円で手を打とう」
「最低、最低、最低!」
3本の指を立てた手をかざす。得意気な笑みを浮かべながら。
「やっぱり驚いた? 私がこういう物に夢中になってる事に」
「割と。今年一番の衝撃だった」
「まーくんも見てみる?」
「え、遠慮しておきます…」
手を振りながら提案を拒否。ジャンルがジャンルなので興味が湧かなかった。
「あれ?」
壁を凝視していると一部分に異変を察知する。刺さっているハズの金具が大きく外側に飛び出しているのを見つけた。
「これ釘じゃないの?」
「そだよ。画鋲ないからそれで刺したの」
「ポスターを釘で止めるとか何考えてるのさ…」
「画期的かと思ったんだけどダメかな?」
「ダメだよ」
金槌で壁にガンガン打ち付けていたらしい。謎の騒音の正体が判明した。
「画鋲ないなら買って来ればいいのに。今日、100均に行ってたじゃないか」
「あれ? どうして知ってるの?」
「い、いや……100均に行ったような予感がして」
「もしかしてあそこにいたの? なら声かけてくれれば良かったのに」
「だね…」
愛想笑いでごまかす。尾行していた事を悟られないように。
「あのさ、最近化粧して出かけたりする事が多いけど何で?」
「ん? 声優さんのイベントとか行ったりするからだよ」
「そっか。なら誰かとデートしたりとかは?」
「しないよ、するわけないじゃん。ゲームの中でなら頻繁にしてるけど」
「ん? どゆ事?」
彼女がポケットからスマホを取り出して見せつけてきた。画面をアプリに切り替えて。
「へぇ、こんなのまで配信されてるんだ」
「これで無料って凄くない? しかも声まで聞けちゃうんだよ」
「うん……どうやって利益出してるんだろ」
キャラクターと疑似デート出来るとの事。普段やらないジャンルなので新鮮だった。
それから30分以上にも渡ってこのアプリや声優さんについて協議を展開。彼女の様子が変だったのは新しい趣味が原因だったらしい。つまり自分達が今日行っていた行動は意味なし。無駄骨だった。
「今度ね、お金貯めて抱き枕カバー買おうかと思ってるんだ」
「そ、そっか」
「でもお店で買うのは恥ずかしいから通販かな。口座作らないと」
「ちなみにその枕は買ってどうするの?」
「ん? もちろん抱きついてハァハァする為だよ」
「……変人が増えていく」
質問に対して不気味な笑顔が返ってくる。安堵するのと同時に目の前の人物の将来が不安になってきた。