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4 上部と下心ー3

「行ってきま~す」


 約束の土曜日を迎えると家を出る。微かに太陽を垣間見る事が出来る曇り空の下に。


 両親は仕事で香織はお出掛け。華恋は自宅待機なので迎えに行くのは自分1人だった。


 鬼頭さんにも予め妹が1人加わる事を報告済み。彼女だって男と2人で遊ぶより女子がいてくれた方が気が楽だろうから。


「お?」


 駅に到着するとそれらしき人物を発見。まさかとは思いながらも小走りで駆け寄った。


「あ、先輩」


「早かったね。いつ着いたの?」


「たった今ですよ。ピッタリでしたね」


「そ、そうなんだ」


 彼女の口から真偽を疑いたくなるような発言が飛び出す。そのやり取りが恋人同士の待ち合わせみたいで照れくさくなった。


「お昼は食べてきたの?」


「はい。ラーメン屋さんで塩ラーメン食べてきました」


「ひ、1人でラーメン屋に行ったの?」


「そうですよ。何かおかしいですか?」


「いや、特には…」


 女子高生が単独で男性の溜まり場に突撃する。その光景をイメージしてみたがシュールでしかない。


「私、よく行きますよ。牛丼屋とか」


「へぇ」


「親が共働きなので家に1人でいる事が多いんです。だからフラフラ~っと近所のお店に足を運んだり」


「僕と同じだ。うちも両親が共働きだからコンビニ弁当とか多いや」


「自分でいろいろ作れたら良いんですけどね。なにぶん料理は苦手なもので」


「それも一緒だ。自炊まったくしてない」


 料理が面倒くさいのでお金を多めに払ってでも作る手間を省きたいのが本音。ただうちには家事を万能にこなす世話好きがいたので助かっていた。


「じゃあ行こっか」


「はい。案内よろしくお願いします」


「こっちこっち」


 来た道を引き返す形で歩き始める。バイト先でしか顔を合わせない子と地元にいる状況に違和感を覚えながら。


「ここから近いんですか?」


「近いよ。歩いて行ける距離」


「この辺りって静かですよね。落ち着いてるというか」


「うん。割と住みやすい街かな」


 いつも会話しているせいか女の子相手でもあまり緊張はしない。会話も途切れたりはせず常に喋り続けられた。


「今から会う妹さんって前に挨拶した人ですよね?」


「そうだよ。ショッピングセンターで隣にいた奴」


「綺麗な人でしたよね。大人っぽいというか」


「綺麗ねぇ…」


 外見で判断するならば美人なカテゴリーに入るのだろう。身内びいきではなく客観的な意見として。


 その美人の妹と腕を組んで歩いてた事を彼女は問い詰めてこなかった。見て見ぬフリをしてくれたらしい。こちらからわざわざその話題を切り出すわけにはいかないのでずっと不問になっていた。


「双子なんだから女装したら先輩も美人になるって事ですよね?」


「いや、まずしないから」


「私と顔を交換しませんか? 首から上を外して取り替えてみましょうよ」


「うえぇ…」


 その状況を想像してゾッとする。アニメならギャグで、実写映画ならグロテスクになるシーンを。


「鬼頭さんはそんな事しなくても可愛いから大丈夫だよ」


「む…」


「あ、えと…」


「……ん~」


 気分を変える為に話題を転換。しかしそれは和やかなムードを一変させる失言となった。


「あの……その呼び方変えてもらっても良いですか?」


「え? 呼び方?」


「名字で呼ぶのです」


「名字…」


 後悔の念に駆られていると別の指摘が入る。呼称の問題が。


「私、自分の名前あまり好きじゃないんですよ。怖そうなイメージあるし」


「あぁ、なるほど」


「だからその呼び方されるの本当に嫌で……両親には申し訳ないんですけど、違う名字が良かったっていうか」


「それはなんとなく分かる気がする」


 初めてバイト先で鬼頭さんの名前を耳にした時、どんな強面な人なんだろうと想像した覚えがあった。だが実際に対面したら背の小さな女の子で拍子抜け。イメージとのギャップに驚かされただけだった。


「周りにもからかわれたりするんですよ。喧嘩が強そうとか」


「男ならともかく、女の子相手にそれは可哀想かな」


「あと中学の時はクラス委員やらされました。名前が頼もしそうだからという理由で」


「あはは、それは不運だったね」


 思わず吹き出してしまう。本人には失礼だと分かっていながらもそのやり取りを想像したら笑わずにはいられない。


「しかも先輩、年上なのにいつまで経ってもさん付けだし」


「ダ、ダメっすか?」


「もし自分が慕っている目上の人に敬語を使われ続けたらどうですか? 瑞穂さんとか」


「あぁ、距離を置かれてるみたいで嫌だ…」


「ほらね」


「う~ん、でもなぁ…」


 呼び捨てが出来ないのは無礼な振る舞いをしたくないだけ。何より羞恥心が原因だった。


「ちなみに鬼頭さんのフルネームって何だっけ?」


「え? それ本気で言ってます?」


「え、え~と…」


「うわぁ、ショックだわぁ……プロフィールに登録してあるハズなのに」


「ごめん。あんまり見てなかった」


 メッセージをやり取りする時も確認するのは文章の中身だけ。人にはあまり興味が無いので個人情報を閲覧する機会がほとんど無かった。


「これですよ、これ」


「……やさ、な」


「それマジボケですか?」


「あ、ゴメン。ゆうな……かな?」


 彼女がケータイの画面を見せ付けてくる。そこには微妙に可愛くないウサギのイラストと共に鬼頭優奈(ゆうな)という文字が記されていた。


「そう言われたらこんな名前だった気がする」


「これからはちゃんと覚えておいてくださいね」


「んと、つまり優奈さんとお呼びすればよろしいのかしら?」


「どうぞ。私に赤井さんと呼ばれたければご自由に」


「す、すいません…」


 人との距離の取り方は難しいんだと痛感する。しかもそれを年下に教えられるという情けない姿まで露呈。

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