3 嘘つきとホラ吹きー5
「ただいまぁ」
「おかえり、お疲れ様」
「あ、父さん達も帰ってたんだ」
リビングにやって来ると先に帰宅していた両親を見つける。ついでにソファに寝転がっていた香織も。
「あれ? 華恋さんは?」
「さ、さぁ? 分からない」
「おかしいなぁ。まーくんを迎えに行くって出て行ったのに。すれ違っちゃったのかな?」
「多分ね」
まさか途中で置いてきてしまったなんて口が裂けても言えやしない。彼女が帰って来てからの展開を心配しながらも部屋に戻って制服を脱いだ。
「ふぅ…」
「雅人、聞いてくれ。今日な、母さんに課金を頼んだら断られてしまったんだよ」
「なんの話?」
「あぁあぁ……100位以内に入れたら限定カード貰えたのにぃ」
「よく分からないよ」
リビングに引き返した後はテーブルに腰掛ける。父親の斜め向かいの席へと。
「お、おかえり」
「……ただいま」
しばらくすると華恋も登場。リビングに飛び込んできた彼女は真っ先にこちらを睨み付けてきた。
「でさ、クラス替えでリエちゃんと別々になっちゃった」
「あら、そうなの」
「あ~あ、残念だなぁ」
食事中はお互いに無言。主に喋るのは香織で、母親が相槌を打つ程度。父親はずっとケータイに夢中だった。
食事後は風呂に入った両親が就寝。汗をかいていたので自分もすぐにシャワーを浴びる事に。そしてバスルームからリビングに戻ってくると女子2人が仲良くテレビを鑑賞していた。
「何見てるの?」
「お手軽クッキングノーカット生放送」
「スポンサーついたのかな、これ…」
職人らしき人が燻製を作る過程を24時間リアルタイムで流し続けている。ディレクターの構成力を疑う狂気の番組を。
「お風呂空いたけど入る?」
「入る入る。着替えとってこよーっと」
入浴を促すと立ち上がった香織が廊下へと駆けていった。軽やかな足取りで。
「へへへ…」
リビングに華恋と取り残される。気まずいがとりあえず濡れた髪をドライヤーで乾かす事に。
「じゃあ行ってくるね。完成したら教えて」
「あ、うん」
その間に衣類を持った義妹が帰還。ハイテンションを維持した彼女はバスルームの方へと姿を消してしまった。
「……さ~て、明日の準備でもしてこようかな」
自分もこの場から退散する事を決意する。ワザとらしく独り言を呟いて。そして徐にドアを開けた瞬間に背後から人が近付いてくる気配を感じた。
「げっ…」
慌てて廊下をダッシュする。2つ聞こえてくるドタドタという激しい足音を耳に入れながら。勢いよく階段を上がると扉を開けて中に飛び込んだ。
「雅人ぐるあぁぁぁっ!!」
「ひいぃっ、すいませんっ!」
すぐさまシールドを張ろうと試みるも失敗に終わる。部屋に入ったのとほぼ同時に追跡者も中へと進入してきてしまった。
「こんのっ…」
「いてっ!?」
「私を置き去りにして帰るとか何考えて…」
「タ、タンマ。後ろ」
「あぁ!?」
胸倉を掴まれたので息苦しい。少しでも意識を逸らそうと開きっぱなしのドアを指差した。
「……ちっ」
事情を察知した彼女が後ろに手を伸ばす。力任せにドアを閉めると即座に猛抗議を再開した。
「どういう事だこらぁっ!!」
「ご、ごめんなさい!」
「私の納得のいくように説明しろおおぉぉっ!!」
「ギャアアァァァっ!?」
窒息するんじゃないかと思えるレベルで首を絞められる。華奢な指に。
怒られながらも懐かしい感覚に浸った。一方的に奴隷のようにこき使われていた日々を思い出して。そして土下座し続けて何とか普通に会話してもらえるレベルにまで落ち着いてもらった。
「すいませんでした。私が悪ぅございました」
「……っとに、なんて事してくれんのよアンタは」
「ごめんなさい、ごめんなさい」
「私はね、バイト終わりで疲れてるって思ったからわざわざ迎えに行ったのよ? なのに置いてけぼりにするってどういう訳?」
「つい魔が差してしまいまして…」
迎えに来たクセに人に自転車を漕がせようとしていた愚行は不問にしておくとしよう。そんな台詞を口走ったら拳の一発や二発が飛んでくるかもしれないから。
「本当に反省してる?」
「してます」
「悪かったと思ってる?」
「思ってます」
「もう二度とこんな事しない?」
「はい、しません」
まさか先に帰ってしまっただけでここまで怒られる羽目になるなんて。予想を遥かに上回る事態だった。
「まぁ……もうしないって言うなら許してあげない事もないけど」
「あ、ありがとうございます」
「んで、教室で言ってたご褒美って?」
「え?」
「何してくれんの? プレゼントとか?」
「……あ」
謝罪を済ませた所で新たな失態に気付く。その場凌ぎで口にした虚言の存在に。
「ずっと楽しみにしてたんだけど。聞いても教えてくれなかったし」
「え~と…」
「私が喜びそうな物?」
「物というか、物でないというか…」
バイトが忙しくて上手い言い訳を考えていない。ここで再び嘘がバレたら激昂される事は確実だった。
「あっ、もしかして何かしてくれるとか」
「ど、どうでしょうかね」
「う~ん…」
必死で辺りを見回す。都合のいい動機を模索して。その途中である物を発見。綺麗な桜が印象的なカレンダーが視界に飛び込んできた。
「りょ、旅行」
「ん?」
「2人で旅行に行こう! お金貯めて」
咄嗟に立ち上がる。痺れかけていた足を伸ばすように。
「ほ、ほら。6月に誕生日迎えるじゃん? だから記念にどこか行っても良いかなぁと思って」
「旅行…」
「18歳なら保護者無しで泊まれるホテルとかもあるでしょ? いろいろな制約が外れるから良い機会だと思わない?」
「それは……確かに」
提案に対して華恋の表情が変化。普段はあまり見せない神妙な面持ちを浮かべ出した。
「……良い」
「へ?」
「凄く良いっ、それ!」
怯えていると両手を掴んでくる。満面の笑みを浮かべながら。
「良いじゃん良いじゃん、2人きりの旅行とか」
「そ、そうですか…」
「そういえば私、家族旅行とか行った事ないのよね~。ホテルとか修学旅行以来だわ」
「……はは」
どうやらお気に召したらしい。先程までの威圧感はどこかへと消え失せてしまっていた。
「いやぁ、まさか雅人の口からそんな発言が飛び出すとはねぇ」
「ビ、ビックリした?」
「うんっ! めちゃくちゃビックリした」
「そうですか…」
当然の反応だろう。言い出した張本人が驚いてるぐらいなのだから。
「嬉しいなぁ、嬉しいなぁ」
「こっちもそこまで喜んでくれるとは思ってなかったよ」
「で、どこに行くか決めてあるの? 京都? 大阪?」
「いや、まだ何にも。行き先も日付も未定」
「まぁ時間はタップリあるし、のんびり考えれば良いわよね」
「だ、だね」
ここにきて自身の蛇足発言に気付く。ホテルというキーワードを出すべきではなかったと。これでは日帰りが不可能に。
「あぁ、雅人と2人っきりで寝るベッドとか楽しみだわぁ」
「えへへ…」
すぐそこにはご満悦な顔の妹が存在。そんな彼女を目の前に旅行をブチ壊しにする計画を考えていた。