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3 嘘つきとホラ吹きー4

「お疲れ様でした」


 日が沈むと上がらせてもらう。一番最後に出勤したので一番最後に。


「あ、そうだ」


 店を出たばかりのコンビニで足の動きを停止。ポケットからケータイを取り出した。


「……っしと」


 今から帰る旨を華恋に伝える。おおよその到着時刻を知らせておけばいつもその時間に合わせて晩御飯を用意してくれていた。


「初日から部活動とか…」


 駅までやって来ると同じ海城高校の制服を着た学生数名を発見。ついでに真っ赤な色が特徴的な槍山女学園の生徒達も。


「雅人。こっちこっち」


「あれ? 何でいるの?」


「可愛い妹が迎えに来てあげたよ。良かったね」


「え? そんな子、どこにもいないけど」


 1人で電車に乗り地元へと帰還。そのままロータリーに出た所で私服姿の華恋に呼び止められてしまった。


「それ僕の自転車?」


「そだよ。急いでたから借りちゃった」


「よく乗れたね。サドル高くなかった?」


「全然。それより後ろ乗る?」


「お? 良いの?」


「うん。疲れてるんでしょ? だからこうしてわざわざ来てあげたんだから」


「なるほど」


 どうやら送迎の為に参上してくれたらしい。彼女の隣には愛用の自転車があった。


「乗った?」


「乗ったよ」


「どさくさに紛れて胸を触ってきたりとかはやめてよね?」


「……しないってば」


「どうしても我慢出来なかったら実行しても良いけど」


「やらないってば」


「やれよ」


「どっち?」


 カゴに鞄を入れて荷物置きの上に座る。少々不安ではあったが妹の肩を掴んだ。


「ふぎぎぎぎっ!」


「ふぅ…」


「んぐぐぐぐっ!」


「何をしている」


「こん……っのぉ!」


 発進を待っていると場に妙な声が響き渡る。鉄火場にいる中年男性を彷彿とさせる奇声が。


「はぁ、はぁっ……全く進まん」


「大丈夫? もう少し踏ん張らないと」


「ちゃんと漕いでるわよ! なのに全然動かないんだってば」


「殴る力は強いクセに肝心な時に役に立たないよね」


「……あ?」


「ぐふっ!?」


 溜め息を吐きながら悪態をついた。その瞬間に強力な肘鉄が脇腹に命中。


「一言多い」


「ほ、本当の事を言っただけなのに…」


「交代」


「えぇーーっ!? なんでさ」


 ただでさえ疲れているのに息苦しい。悶絶していると彼女がサドルから下りてしまった。


「だって私じゃ漕げないんだもん。アンタ変わってよ」


「嫌だよ。足がくたびれてて動かせない」


「情けないわね、男のクセに弱音吐いちゃって。たまには根性見せなさいよ」


「……君は一体何しにこの場所へと来たんですかねぇ」


 疲れて帰って来た家族を労う為に迎えに来てくれたハズなのに。これならまだ1人で帰っていた方がマシだった。


「じゃあ押して歩こう。それなら良いでしょ?」


「ん~、まぁ…」


「自転車押すのと、ただ歩くだけなのどっちが良い?」


「あっ、なら任せた」


「……へいへい」


 結局また自分が大変な思いするだけ。親しくなっても主従関係は変わらない。


「バイト大変だった?」


「今日も忙しかったよ。華恋が来てたとしても座れなかったレベル」


「ふ~ん、繁盛してんだねぇ」


「忙しくても給料は上がらないんだよなぁ…」


 仕事に対する愚痴をこぼす。1日中立っていたせいか歩く事さえ辛かった。


「どうしよう…」


 手元には利便性の高い乗り物が存在している。使用すれば体への負担や体力の減退を抑止出来た。


「私もさぁ、バイトしてる時に変な客に絡まれたりしてさぁ」


「へ、へぇ」


「酒飲んで酔っ払った奴とか特にタチが悪かったなぁ。店内で喚き散らしたり、フラフラと千鳥足で歩き回ったり」


「大変だったんだね」


「ムカついたから頭掴んで網に押し付けてやろうかと思っちゃった」


「……はは」


「抱きついてきた奴の手をトングで思い切りつねった事もあるよ。もし周りに他のお客さんがいなかったら窓から突き落としてやったのに」


「ひ、ひえぇぇっ!」


 先に帰らせてもらおうとしたが無理と察知。短気な性格を考えたら許可してくれるハズがない。きっと怒って自転車を奪い取りにくるだろう。


 実行するならこっそりやるべきだ。本人に気付かれないよう巧みに。


「あとナンパしてくる奴もうざかったわ。こっちは真面目に働いてんのに声かけてきてさ」


「あ、あのさ」


「ん?」


 いつの間にか自分以上に相方がバイトの愚痴をぶちまけている。その話を遮るように声をかけた。


「お願いがあるんだけど……良いかな」


「何?」


「喉乾いたからジュース買ってきてくれない? お金は後で払うから」


 少し離れた場所を指差す。自宅に進む道とはズレた路地にある自販機を。


「いいわよ。炭酸以外なら何でも良いの?」


「うん、お茶でも水でもOK」


「了解。ちょっと待っててね」


 元気に返事をした彼女が駆け足で移動。そんな姿を確認しながらサドルにまたがった。


「……ごめん」


 本人に聞こえないボリュームで謝罪する。地面を蹴るのと同時に。


「あーーっ!?」


 作戦を実行して僅か数秒後。背後から凄まじい声が響き渡った。


「ゴラアァァァ、どこ行くつもりじゃあっ!!」


「ひいいぃぃっ!!」


 ペダルを漕ぐ足に力を込める。全身全霊を傾けて。


「ハァッ、ハァッ…」


 まるで鬼ごっこのようなやり取りを展開。背後から迫ってくる者は文字通り鬼だった。


「あれ?」


 そしてしばらくすると足音が聞こえてこない事に気付く。どうやら振り切ったらしい。ペースを緩めると気持ちいい夜風に当たりながら帰宅した。

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