2 先輩と後輩ー5
「何してたんですか?」
「えっと…」
「こういうお店に興味あるんですか?」
「いや、そういう訳ではないんだけどね」
「ふ~ん、私は好きですよ。よく遊びに来たりします」
「そ、そうなんだ…」
突然の遭遇に焦りが止まらない。背後を覗き見ようとする彼女の視線を咄嗟にガードした。
「よく分かったね。僕だって」
「最初見かけた時は気付かなかったんですけどね。しばらく後を尾けてみたら先輩だったんで声かけちゃいました」
「へ、へぇ…」
問い掛けに対して屈託のない笑顔を向けてくる。悪意はないが好奇心に満ちた表情を。
どうせなら見て見ぬフリをしてくれれば良かったのに。運の悪さを思い切り呪った。
「き、鬼頭さんは何しにここまで来たのかな?」
「えっと……当てもなくブラブラと」
「そ、そうなんだ」
お互い視線を外す。それぞれ天井と床に向かって。
「雅人~」
「え?」
この状況をどう乗り切るべきか。そんな事を考えていると背後から名前を呼ばれてしまった。
「……誰と喋ってんの、アンタ」
「いや、その…」
「ん?」
「バイト先の子と偶然出くわしちゃって…」
もう誤魔化すのは不可能なので観念して紹介する。突然現れた乱入者を。
「あっ、はじめまして」
「あ……は、初めまして」
「先輩のバイト先で一緒に働いている者です」
「ど、ども…」
「こんにちは」
一足先に鬼頭さんが丁寧な挨拶を披露。その行動に対して強気な華恋が一歩後退りした。
「あの……先輩の彼女さんですか?」
「えっ!?」
続けて会話がスタートしてしまう。勘違い全開のシチュエーションへと。
「違う違う。妹だよ、これ!」
「……妹?」
「ほら、一昨日話した」
「あぁ! あの武者修行から帰って来たっていう双子の」
「そうそう、それ」
すぐさま言い訳を展開。予め事情を説明しておいたおかげか割と早く軌道修正に成功した。
「武者修行…」
焦る自分のすぐ隣からクエスチョンマークを付けた台詞が飛んでくる。やや混乱気味の華恋の呟きが。
「あ、え~と……私はそろそろ行きますね。デートの邪魔しちゃ悪いですし」
「う、うん。またね」
「それでは」
気まずい雰囲気を察知した鬼頭さんが頭を下げながら退散。去り際に華恋の様子をチラチラと窺っていた。
「……ふぅ」
なんとか上手く回避出来たらしい。ホッと胸を撫で下ろす。
いろいろ疑問は抱いていたが何かしらの事情がある事を察知してくれたのだろう。とりあえず空気が読める子で助かった。
「……ねぇ」
「ん?」
「今の聞いた?」
「な、何を?」
「彼女だって。うふふふふ…」
「怖いよ…」
2人きりになった途端に華恋が話しかけてくる。不気味な笑みを浮かべながら。
「やっぱそう見えるんだ、私達」
「そりゃあ知らない人からしたらね」
「やっだぁ、恥ずかしいっ!」
「いって!?」
肩に痛みが発生。激しい漫才のツッコミのように叩かれてしまった。
「キャーーッ! デートだって、デートだって」
「いつつ…」
続けて暴走娘が顔に両手を当てて喚き出す。頬を紅潮させて。
「……はぁ」
まさかこんなに早く鉢合わせしてしまうなんて。ある程度の覚悟はしていたけどやっぱりキツい。ただせめてもの救いは鬼頭さんが他校の人間だという点だった。
彼女がクラスメートや直属の後輩だったなら共通の知り合いに噂が広められていたかもしれない。そんな真似をする人間とは思っていないけれど誰にも知られないに越した事はないから。
それに声をかけてきてくれたのが華恋が店内にいるタイミングという要素も大きい。もし寄り添っている時に出くわしていたらどんな言い訳も通用しなかった。
「ん?」
思考を捻っている途中で先程のやり取りを振り返る。彼女は言っていた。最初に見かけた時は誰だか気付けなかったのでしばらく尾行したと。
つまり鬼頭さんと遭遇したのはこの場所ではなくずっとずっと前。彼女はショッピングセンター内をウロついている自分達を観察し続けていたのだ。
「う、うわぁあぁあぁぁっ!!」
思わず叫んでしまう。周りの通行人達の意識を集めてしまうレベルで。
「な、なに急に!」
「うぐぐ…」
「ちょっと、雅人!」
羞恥心に塗れている所に恥を上塗り。逃げ出すようにその場を移動した。
後ろから名前を呼ばれたが全てスルー。後輩が向かった先とは違う方角へと逃亡した。
「どうしたのよ。いきなり叫びだしたと思ったら1人で歩き出して」
「やいやいやい、なんて事してくれたのさ!?」
「はぁ!?」
自販機が並べられた休憩スペースまでやって来ると立ち止まる。振り返りながら事情を理解していない妹の肩を掴んだ。
「ちょ……痛いってば」
「ああぁ、もうお終いだぁ…」
「なに1人でパニクってんのよ」
「絶対からかわれるぅ、ネタにして遊ばれるぅ…」
兄妹で腕を組むなんて普通は有り得ない。ましてや高校生にもなって2人でお出掛けなんて。
きっと今頃、鬼頭さんの頭の中で自分は変態の烙印を押されているのだろう。頼り甲斐のある先輩のイメージが脆くも崩れ去ってしまった。
「お店行くのやだな…」
バイトに行きたくない。もういっそこれを機に辞めてしまおうか。頭の中でバカな事を考えていると華恋が声をかけてきた。
「と、とりあえず落ち着きなって。何か飲む?」
「……そだね。喉乾いちゃったし」
自販機でスポーツドリンクを購入する。プルタブを開けるとカラカラに乾ききった口の中に少しずつ流し込んだ。
「落ち着いた?」
「うん…」
「さっきの子に私と一緒にいる所を見られたのが恥ずかしかったの?」
「まぁ、そんな感じ」
「そりゃあ照れくさい気持ちも分からなくもないけどさ。そこまで嫌がらなくても良いじゃん……傷つく」
「ご、ごめん…」
彼女の立場からしたらそうだろう。何も悪い事をしていないのに責められて煙たがられて。
「あのさ…」
「ん?」
「武者修行って何?」
「さ、さぁ?」
質問内容が微妙に変化。パニックに陥っているせいか上手い説明が出てこない。
「……はぁ」
お互いに溜め息をつく。結局、この日は1日中気まずい空気のまま過ごす羽目になった。




