2 先輩と後輩ー2
「いただきま~す」
声を揃えて挨拶をする。給食の時間を彷彿とさせる動作も付け加えて。
「今日も忙しかったですねぇ」
「本当だよ。明日もこんな思いをしなくちゃならないかと考えると嫌になるなぁ」
「ドンマイです。でも頑張った分だけお給料貰えるから良いじゃないですか」
「う~ん……けど忙しい時と暇な時の時給が一緒ってのが納得いかない」
「なら暇な時は時給を下げてもらうよう店長さんにお願いしてみますか?」
「いやいや、それは困る」
箸を持つ手とは反対側の手を左右に移動。理不尽な意見を否定するようにブンブンと振った。
「……はあぁ、今頃は焼き肉にピザの食べ放題かな」
「何がです?」
「家の話。今日は家族でバイキングに行ってるんだよ」
「へぇ。ならどうして先輩は一緒に行かなかったんですか?」
「これ」
人差し指でコンコンと叩く。古風な木製のテーブルを。
「なるほど。でも休めば良かったじゃないですか」
「バイキング行く事が決まったの昨日なんだよね」
「あらら、それは残念でしたねぇ」
「あ~あ…」
意識の中に込み上げてくるのは仲間外れにされているかのような疎外感。バイトを始めた事を少々後悔していた。
「そもそもどうして先輩が予定ある日に行く事になったんですか? バイトが休みの日に合わせてくれてもいいものなのに」
「あ、え~と……昨日、妹が帰って来てさ」
「妹? 私と同い年の?」
「いや、そっちじゃなくてもう1人の方」
「あぁ。あの武者修行に行ってたっていう双子の妹さんですか」
「ま、まぁ…」
彼女にはうちの家庭事情について話をした事がある。両親が再婚している点や、血の繋がってない妹がいる事。華恋の存在についても。
ただ別の場所に住んでいる本当の理由については説明出来なかった。なので適当に『武者修行の旅に出た』と言っておいたのだ。
「なら今日はそのお祝いを兼ねて家族でお出かけという訳ですか」
「そうそう」
「修行を終えた妹さんは逞しくなってましたか?」
「うん……もうヤバかったよ」
まさかあんな淫乱で無節操に成長しているなんて。距離を置いての生活が逆効果でしかない。
「ふ~ん、やっぱり先輩に似てるんですか?」
「どうかな。自分ではあまり自覚はないけど」
「二卵生なんでしたっけ?」
「性別が違うからね。だから普通の兄弟姉妹とあまり変わらないよ」
「それは残念。もしソックリならここで働いてもらえたんですけど」
「えぇ……身内が同じ店の従業員とか嫌すぎる」
想像だけでも耐えられない。隙を見て甘えてくる姿が容易にイメージ出来た。
「いえ、そうじゃなくて」
「ん?」
「同じ顔なら先輩の代わりに働いてもらえるじゃないですか。負担が半分に減りますよ」
「あっ、なるほど」
「本当にそうなったら面白そうですよね」
「ははは。鬼頭さんって頭いいよね」
「あ、ありがとうございます…」
思った感想を素直に口にする。その言葉に反応して目の前にある体の動きが一瞬だけ停止。
「鬼頭さんは兄弟いないんだっけ?」
「1人っ子……です」
「ふ~ん、そっか」
「んっ…」
昼食をとった後は再び戦場へ。といってもピークであるランチタイムは過ぎていたので割と楽だった。
パートさんがいなくなった後は店長と鬼頭さんの3
人での営業。7時過ぎになりボチボチお客さんが帰ってしまった所で学生の自分達は上がらせてもらった。
「んーーっ!」
店の外で強張っていた背筋を伸ばす。開放感も相まってか顔に当たるヒンヤリとした空気が気持ち良い。
「お疲れ様です」
「ん、お疲れ」
2人して夜の道路を歩いた。彼女の方は通学にも利用している自転車を押しながら。
「先輩って明日何時からですか?」
「11時。ランチが終わる2時からが良いなぁ…」
「あはは、なら私のが1時間早いですね。明日も頑張りましょう」
「だね。気合いで乗り切りますかぁ」
「じゃあ、おやすみなさい」
「またね~」
駅までやって来ると解散する。暗闇に消えていく小柄な体を手を振りながら見送った。
「ジュース買ってこ…」
店から駅までは徒歩で10分ほど。海城高校から見て駅とは反対側にある為、いつも帰りは校門前を通って歩いていた。
交通費は支給されないが定期があるので問題ない。高校の近くを選んだのは地元の人間と遭遇したくないから。全てが打算で動いていた。
「お帰りなさーーい!」
「うぉっ!?」
自宅のドアを開けた瞬間に何かが飛びかかってくる。満面の笑みを浮かべている双子の妹が。
「……危なかった」
「む~、どうして避けるのぉ?」
「いやいや、避けないと何されるか分からないし」
「ひっどーい。せっかく頑張って働いてきたご褒美にハグしてあげようと思ったのに」
「いらない、いらない」
抱き付いてこようとしていたのを寸前で回避する事に成功。リビングにいる家族に聞かれたらマズい台詞を平然と口にしてきた。
「そういえば晩御飯は?」
「まだ食べてないから何か欲しいかな。皆はもう済ませたの?」
「あ、え~とね…」
「ん?」
「昼に行ったバイキングで全員張り切っちゃってさ。今もお腹いっぱいで何も食べてないんだよね」
「なんて贅沢な悩み…」
1食分削れるぐらい堪能してきたなんて。羨ましいし恨めしい。
その後、華恋が作っておいてくれた炒飯を1人で頬張る事に。味は文句なしだがすぐ目の前で何度も味の評価を尋ねてくる行為には若干ウンザリ。それでもわざわざ手料理を作ってくれた優しさには感謝していた。