1 帰還と奇観ー2
「あら、華恋ちゃんもう来てたのね」
「はい。またお世話になります」
「こちらこそ。長旅だったからお腹空いてるでしょう。今、晩御飯作るからね」
「あ、私も手伝います」
そして夕方頃には両親も帰宅。2人共、早めに仕事を切り上げてくれていた。
「良かったな。華恋ちゃんが戻って来てくれて」
「だね」
「父さんも早く華恋ちゃんの顔を拝みたかったから帰りに何度も車をぶつけてしまったよ」
「……その顔の傷は母さんに殴られた物だったのか」
和やかな空気の中で香織を除く4人で食卓を囲む事に。テーブルに並べられていたのは普通の白米や味噌汁。だけどいつもと少しだけ味が違う気がした。
しばらくすると遊びに出かけていたもう1人の妹も帰宅。予期せぬ来訪者にそれはそれは驚いた表情を浮かべていた。動画を撮っておけば良かったと思うレベルで。
「これで全部?」
「うん。基本的にはこの家にいた時のだけどね」
「ふ~ん…」
食後には客間を訪れる。夕方に届いたダンボール箱を整理する為に。
「お?」
中身を漁っていると見慣れた衣類を発見。手に取って掲げてみた。
「うららちゃんだ」
派手なデザインなので周りの物よりも際立っている。意識の中に甦ってくるのは険悪な関係の頃に参加したコスプレイベントの思い出。
「あっ、アンタの部屋に置いてある私の漫画もここに持ってきてくれない?」
「いいよ。取ってくるわ」
指令を出されたので部屋を出て廊下へ。自室に戻り5往復して荷物を運んだ。
「ふぅ、疲れた」
「お疲れ様~。これであらかた終わったかな」
「たった2時間で部屋が様変わりしすぎだよ…」
「えへへ」
壁に貼られたポスターや、かけられた制服。壁際に積まれた大量の漫画本。まだまだ揃えなければならない物はあったがほぼ以前の状態に戻っていた。
「不束者ですが宜しくお願い致します」
「あ、こちらこそ」
彼女が三つ指を突いて頭を下げてくる。咄嗟にお辞儀をして対応した。
「いや、これおかしくない?」
「ん? どこが?」
「なんていうか……嫁入りに来た奥さんの挨拶みたいっていうか」
「なら合ってんじゃん」
「……思い切り不正解だよ」
どこまでがボケでどこまでが本気か分からない。頬を膨らませて睨み付けてくる顔が若干怖かった。
「いっぱい汗かいちゃったね。シャワー浴びよっか」
「そだね。中のシャツがベトベトだ」
「じゃあ着替え準備したらバスルーム行くから先に行ってて」
「うん……って、いやいや」
「ん?」
用も済んだので退散する事に。取っ手に指をかけるがその瞬間に意味不明な提案を持ちかけられた。
「つい返事しちゃったけど何で一緒にお風呂入る事になってるの?」
「え? ダメ?」
「ダメに決まってるじゃん。父さん達に見つかったらどうするのさ」
「あぁ、確かに」
「まったく…」
一体何を考えているのか。一瞬、妙な期待をした自分が情けない。襖を開けて隣の部屋へと出た。
「な、なら家に誰もいない時にしよっか。今日の昼間みたいに」
「バカやろおぉーーっ!!」
力任せに戸を閉める。恥ずかしさを隠すように慌てて階段を駆け上がった。
「……アホだ。本物のアホだ」
久しぶりに会えたと思ったらまさかあんな変態に成り下がっていたなんて。隠していただけで元からああいう性格だったのかもしれないが。
「とうっ!」
部屋に戻ってくるとベッドにダイブする。大技を決めるプロレスラーの気分で。
「うっわ…」
愉悦を求めたが汗で湿ったシャツが背中に密着。全身から不快感が発生していた。
「……まだ来てないよね」
タンスから着替えを取り出すと部屋を出て階段を下りる。天敵と鉢合わせしないように細心の注意を払いながら廊下を移動した。
「今からお風呂入ってくるからぁっ!」
「え?」
バスルームへとやって来た後はリビングに向かって大声で叫ぶ。入浴する事を家族にアピールするように。
これで華恋が来ても誰かが引き止めてくれるハズ。ビクビクしながら扉をくぐった。
「……ふぃ~」
浴槽に浸かってリラックスする。シャワーを浴びるだけで済ませようかと思っていたが結局のんびりと時間を消費する事に。
「んん…」
もし華恋と一緒に入っていたとしたらどうなっていたのだろうか。生まれたままの状態で彼女がすぐそこにいる姿を想像すると顔が熱くなるのを抑えられなかった。
「うっ…」
恥ずかしいし情けない。言葉と感情が一致していない事実が。
「ふぃ~、サッパリ」
適当にぬるま湯を堪能すると風呂から上がる。タオルで濡れた髪の毛を擦りながらリビングへとやって来た。
「おかえり。お母さん達、もう寝ちゃったよ」
「早いね。確か明日って休みなんでしょ?」
「疲れてたんじゃない? さっきもテレビ見ながらずっとウトウトしてたもん」
「毎日毎日、大変だなぁ」
リビングにやって来ると1人でテレビを見ていた香織を見つける。変態はまだ片付けを続けているのか不在。
明日は華恋の帰還祝いに家族で食事に行く予定だった。しかし自分はバイトがあるため欠席。本人に口止めされていたとはいえ内緒にしていた両親を少し恨んだ。
「じゃあ僕も寝るわ」
「ほいほい。私の部屋、無断で漁らないでね?」
「う~ん……香織のウサギさんパンツを見てもなぁ」
「あれ? どうして私の下着の種類知ってるの?」
「そんな…」
ドライヤーで髪を乾かすとリビングを退散する。奇妙なやり取りを繰り広げながら。
「うりゃっ!」
そして30分前の行動を再現するように自室のベッドへとダイブ。先程と違って布団の温もりが心地良かった。
「どうしよう…」
ケータイを手に取り悩む。妹の帰還を友人達にも報告しようかと思い立ち。
「むぅ…」
バラさずに直接会わせるのもアリしれない。目の前でリアクションが見られるのだからそちらの方が良かった。
「ま、いっか」
連絡する意思を消してケータイを机の上に戻す。風呂上がりで目が冴えているので漫画を読む事にした。