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25 春と空ー2

「やっぱり来てない…」


 15分ほど歩いて待ち合わせ場所である駅のロータリーへと到着する。しかし待ち合わせ相手が不在と判明。予想通りなので落胆はしない。時刻はまだ予定時間の5分前だった。


「よっと」


 近くにあった壁にもたれかかる。自販機で飲み物を購入して。


「お待たせ」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


「今日は20分遅刻だよ。また寝坊?」


「いや、電車の中で可愛い女の子を観察してたらうっかり乗り過ごしちゃってさ。ハハハ」


「……そのうち本当に捕まっても知らないからね」


 アプリで時間を潰していると待ち合わせ相手が到着。口からヨダレを垂らした颯太が姿を現した。


「今日はバイトないの?」


「ないよ。だから1日中ヒマかな」


「そっか。俺は夕方に用事あるから早めに帰るわ」


「ん、了解」


 そのまま2人で駅から移動。歩いてきた自宅への道を引き返した。


「ふぅ…」


 春休み中はバイトのシフトをたくさん入れている。普段は学業を優先して他の従業員に迷惑をかけてしまっているので償いとして。


 別に嫌々働いている訳ではない。お小遣いだって増やせるから。


 それでも働くという行為が大変な事に変わりはなかった。だから今日みたいな休日は貴重。


 休み初日は颯太と遊ぶ事に。春休み中の予定は彼と遊ぶ約束とバイト以外スカスカだった。


「ただいまぁ」


 施錠を解除して玄関の扉を開ける。どうやら妹は既に出掛けてしまったらしく不在。自分以外の住人がいないのでリビングでゲームをやる事にした。


「なぁ、雅人。春休み中にどっか行きたくない?」


「例えば?」


「遊園地とか動物園とか」


「男2人で?」


「なんか嫌だな…」


 最近、彼と会話する時はこんな話題ばかり。高校に入学してまともな青春を謳歌しないまま2年という月日が流れてしまっていた。


 せめて何かしらの部活にでも参加していれば良かったのかもしれない。クラス以外での女の子との接点を作れるし。そうすれば隣にいる友人もここまで女子成分に飢える事は無かった。


「そういえば華恋さんはどうしてるかな」


「……ん~、元気にしてるんじゃない」


 ふと彼の口から出てきた名前にドキリとさせられる。同じ人物の顔を思い浮かべていたので。


「はぁ…」


 あの日から彼女とは一度も連絡を取り合っていない。メールも電話もしていないし手紙だって書いちゃいない。


 最初は電話の一本でもかけようかと考えていた。だがそうする事によって彼女の決意を鈍らせてしまうのではないか。そう思いずっと我慢していた。


「何やる?」


「僕はどれでも良いよ」


「なら脱衣マージャンやろうぜ!」


「うちには無いってば…」


「ガッデム!」


 向こうからメールでも送られてきたら返してあげよう。そう覚悟していたが期待していた展開にはならず。結局、お互いにコンタクトを取らないまま数ヶ月という時間が流れていた。


 今はもうこちらから連絡を取ろうと思う事はない。電話をかけても出てくれないかもしれないし、手紙を出しても無視されるかもしれないから。


 以前に華恋本人が言っていた。転校する前の友人にメールを送ったがスルーされてしまったと。


 もしかしたら彼女自身がそういう事をしなくてはならない環境で過ごしているのかもしれない。ここでの生活がただの思い出となってしまうぐらいに楽しい毎日を送っているとか。


 それは有り得ない事では無かった。人間は心変わりしてしまう生き物だから。


「……と」


「む…」


「雅人!」


「え?」


 名前を呼ばれハッとする。視界に飛び込んできたのはレーシングゲームの映像だった。


「どうしたんだよ。俺、もうゴールしちゃったぞ」


「あ……ゴメン」


 どうやら集中力を欠いていたらしい。自分の走らせていた車が壁に何度も激突。右と左、どちらに進むのが正しいコースなのか分からなくなっていた。


「なんかの裏ワザ?」


「ち、違う違う。ただ考え事してただけだから」


「リセットする? お前、あと2周しないといけないぜ」


「そうだね。やり直そうか」


「あ~あ、このボタン押したら人生もリセット出来たらいいのに」


「……縁起でもないこと言わないでくれ」


 コントローラーを操作してコンテニューを選ぶ。マシンを再設定して走行スタート。


「ん…」


 先程まで高かったテンションが急降下していた。指だけは動かしていたが意識は散漫状態。


 心境は変化しても記憶だけは塗り替えられない。いつまでも後悔を引きずっていた。


「じゃあ、そろそろ帰るわ」


「あ、もうそんな時間なんだ」


「今日は母ちゃん達と飯食いに行くんだよ。だから早めに行かないと」


 数時間が経過した頃、コントローラーを床に置いた颯太が徐に立ち上がる。彼の言葉でゲームを中断する事にした。


「途中まで送っていくよ」


「いや、良いって。1人で歩いて帰るし」


「けど残っててもやる事ないからさ」


「悪いな。なら階段の所にいた女の人にだけ挨拶していくわ」


「え? 今、家には僕しかいないけど」


 ゲームとテレビの電源をオフにして自宅を出発。久しぶりに友人宅までの道のりを歩いた。


「ここって前は何があったっけ?」


「さぁ……思い出せないや」


 途中、見慣れないコンビニを発見。気付かないうちに新しく建てられたらしい。2人して以前の情報を絞り出したが出てこなかった。


「この辺りで良いや。んじゃあな」


「うん。また遊ぼうね」


「おう。雅人もメイド喫茶のバイト頑張れよ」


「違うって…」


 友人が元気良く挨拶して立ち去る。その背中を小さく手を振りながら見送った。


「……行っちゃった」


 しばらくその場で立ち尽くす。閑散とした住宅街で。


 外には出てきたがする事がない。この辺りには遊び場もないし、かつての友人達とはほとんど連絡を取り合っていないから。


 休みというのは自由で退屈だ。最近、そう感じる機会が増えていた。


「はぁ…」


 足の向きを変えて歩き始める。来た道とは違うルートを。


 春休みなので人が多い。自動車の交通量も普段より増えている気がした。


「……楽しそうだなぁ」


 途中、住宅街で小さな公園を発見する。小学生が数人で遊びまわっている姿を。その光景を昔の自分と重ねながら観察した。


「ん…」


 もう二度とあの時代に戻る事は出来ない。再現する事もやり直す事も。そう考えるとまるでこの世界に1人だけで取り残されたような錯覚に襲われた。


「はぁ~あ…」


 しばらく見ない間に街の様子は変わっていく。住んでいる人も風景も。


 それは当たり前の現象なのに素直に受け入れる事が出来ない。典型的なピーターパン症候群だった。


「あれ?」


 気分転換の散歩を終わらせて帰宅する。そしてポケットから鍵を取り出そうとしたタイミングで異変を察知。


「誰だろう…」


 ケータイが震えていた。もしかしたら遊びの誘いでも届いたのかもしれない。様々な展開を期待して画面を開いたが、そこに書かれていたのは意味不明なメッセージだった。


「……なんじゃこりゃ」


 一言『金が無い』とだけ記された文章。その発信者は男勝りな女友達だった。


「ん~」


 レジで会計を済ませようとしたらお金が足りなかったのだろうか。でもそんな状況でわざわざメッセージを送ってくるとは思えない。本当にピンチなら悠長な事をしてないで家族に電話するハズだから。


「ほっ」


 ただの暇潰しと予測。一言だけ『無駄遣い注意』と入力して送り返した。


「智沙もやる事ないのかな…」


 春休み初日から金不足とか無計画すぎる。まだ休みは2週間もあるというのに。


「……綺麗だなぁ」


 飛行機の音に誘われて頭上を見上げてみた。視界いっぱいに広がる大きな青空を。そこには大小がまばらな雲が多数存在。手を伸ばせば掴めそうな気配さえしていた。


「ん…」


 彼女もこの景色を見ているのだろうか。自分の知らない遠い遠いどこかの街で。


「出てくれるかな…」


 画面の暗くなっていた端末を見つめる。久しぶりに連絡してみようかと思い立ち。


「……いやいや」


 けど忙しくて出れないかもしれない。出てくれないかもしれない。最悪、着拒されてる可能性だってある。別れ際に突き放すような真似をしてしまったから。


 仮に繋がらなくても電話をかけた事が向こうの履歴に残ったらマズい。恥を上塗りするのは勘弁だった。


「あ~あ…」


 勝手に想定した状況と一方的に葛藤する。女々しい性格は未だに健在。


 バイトを始めた事により自信がついたと思っていた。だが彼女の事を考えると途端に以前のへたれな性格に逆戻り。


 理想と現実は大違い。世の中は上手くいかない事だらけだった。

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