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24 さよならとアルバムー4

「お~い、行くぞ」


「……分かった」


 立ち尽くしていると父親が声をかけてくる。去り際に何度か振り返って見たが結果は同じ。


 家に帰る前に皆でファミレスに寄る事になった。数ヶ月ぶりとなる4人だけの外食の為に。


 食事を済ませた後はドライブがてら遠回り。帰り道で母親が何度か話しかけてくれたが曖昧に頷くだけ。


 帰宅してからは仮眠する為に部屋へ戻った両親を見送ってリビングでテレビを見ていた。なんとなく1人になりたくなくて。香織も同じ気持ちだったのかクッションを抱きかかえたままずっと隣に座っていた。


「はぁ…」


 本当にいなくなってしまった。今朝まですぐそこにいた女の子が。


 意識の中に押し寄せてくるのはどうしようもない程の虚無感。心にポッカリ穴が空いたという例えはまさに今の自分にピッタリだった。


「ん?」


「……むにゃあ」


「ヨダレ凄いな…」


「大根50本くださぁい…」


「寝言も凄い…」


 太陽が真横に傾きかけた頃、隣からスヤスヤと寝息が聞こえてくる。どうやら疲れて眠ってしまったらしい。


「よいしょっと」


 別室から毛布を調達。ソファに横たわる体にかけてあげた。


「ふぅ…」


 面白い番組がやってなかったのでテレビの電源を落とす事に。リビングを出ると階段を上がって自室へと移動した。


「んっ…」


 ドアを開けた瞬間に眩しい光が飛び込んでくる。窓の外から射し込む西日が。


「……あれ?」


 その光景の中に違和感を察知。机の上に不自然な物が置かれていた。


「何これ…」


 すぐに近付いて確認する。手に取ってみると卒業アルバムだと判明。薄くて重い本が2冊、小さな本が1冊、計3冊あった。


「……どうしてこんな物が」


 自分の物ではない。パラパラと捲ったその中身には見覚えがなかった。写っているのは誰もかれも知らない人物ばかり。


「あ…」


 一瞬迷ったがすぐに気付く。これは彼女の私物なんだと。


「華恋…」


 急いでこの本の持ち主であろう人物を探した。ランドセルを背負っていた頃の妹を。指でなぞり二組目のクラスで発見する。そこにはとても幼い顔立ちをした女の子が写っていた。


「えぇ…」


 なぜ華恋のアルバムがこんな所にあるのか。もしかしたら荷物の中に入れ忘れてしまったのかもしれない。


「……いや、違う」


 それならこの部屋にあるハズがない。意図的に置いていったと理解出来た。


「ん…」


 以前にアルバムを見せてほしいと頼んでいた事を思い出す。まさかその約束を律儀に守ってくれていたなんて。


 大雑把に閲覧した後は2冊目のアルバムを手に取ってみた。中学生へと進学した家族の記録を。


「……へぇ」


 本心か作り物かは分からないが満面の笑みを浮かべている。他にも修学旅行だったりバスケの部活動をしている写真もあった。


「楽しそうだなぁ…」


 この頃の彼女はどんな感じだったのだろう。友達をたくさん作れていたら嬉しい。趣味の合う仲間を。


「ほっ」


 2冊目の卒業アルバムを机の上に置くと最後の置き土産に手を伸ばす。それは今までの物と違い、個人の写真を収めた本。写っているのは今までの中で一番幼い頃の華恋だった。


「あはは」


 まだ床に手を突いて歩いている姿から始まる。何かを口に入れていたり、知らない大人に抱かれていたり、オモチャを振り回していたり。色褪せた写真の数々が時代の流れを物語っていた。


 そのアルバムの中で少しずつ成長していく華恋。まるで数時間まで対面していた人間とは別人のように。


「七五三だ…」


 着物を身につけて神社の前に立っている。千歳飴を武器にして。


 続けて白いワンピースを着ての海水浴。口元を真っ赤にしてスイカにかぶりついていた。頬に黒い種を付けながら。


 ページを捲ると黄色い帽子を被って入学式と書かれた看板の前に立っている。すぐ隣には黒いスーツを着た女性も存在していた。


「……お母さん」


 その人物に注目する。食い入るように。意識の中のイメージとは違うが実感は出来た。この人が自分達を産んでくれた母親なんだと。


 穏やかで大人しそうで。優しく微笑んでいるその表情がどこか懐かしく感じた。


「ん…」


 それからも母親と思しき女性は何度もアルバムの中に登場。だがやはり華恋の姿を収めた本なのでほとんど拝む事は叶わなかった。きっとこれらの写真を撮影したのが母親なのだろう。


「……あ」


 そしてページを捲っている時にある事に気付く。彼女の写真を撮った記憶が無い事に。


「そんな…」


 急激に焦りが込み上げてきた。ずっと一緒に暮らしていたのにその姿を残した画像が1枚も無いなんて。


 でも今更どうしようも出来ない。本人は既にこの家にはいないのだから。


「くそっ…」


 自分が見ているこの写真の女の子は。本の中で微笑んでいる女の子は。朝に優しく起こしてくれた女の子は。もうここにはいない。その事実を理解した時、左右の目から冷たい雫が流れ落ちている事に気付いた。


「……華恋」


 さっきまで側にいたハズなのに。昨日まで隣にいたハズなのに。これからもずっと一緒にいると思っていたハズなのに。


 自分の思い出だけを押し付けるように彼女は消えてしまった。アルバムを見ないまま行ってしまった。あれだけ見せろ見せろと喚いていたのに。


「ん…」


 感傷に浸りながらも閲覧をする手の動きは止まらない。ページが進むにつれ成長度合いも加速していく。


 そして誕生日をお祝いするケーキと一緒に写っている姿が最後の写真だった。まだ小学生ぐらいの顔立ち。


 きっとこの後に母親が入院してしまったのだろう。だからこの思い出はここで途切れてしまっている。


 それから華恋は親戚の家に預けられ、何軒かの家をたらい回しにされ。そして我が家へとやって来た。


「……っう」


 どんな気持ちだったのだろう。親元を離れ1人孤独な生活。想像しただけで辛くなる。


 だけど彼女はそんな過酷な環境で生きてきた。そしてこれからも。


 もしかしたら互いの人生が入れ替わっていた可能性だってある。そうだとしたら今この家に残っているのは自分ではなく華恋だった。


「ごめん…」


 もっと優しくしてあげれば良かった。もっと力になってあげれば良かった。そうすればもっと笑っていられたハズだった。このアルバムの中の少女のように。


「あ…」


 ふと最後のページの異変に気付く。不自然に貼られていたシールの存在に。


 それはまだ自分達が双子だと知らない頃。初めてのデートで撮ったプリントシールだった。

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[一言] 華恋ちゃん切なすぎる
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