24 さよならとアルバムー3
「忘れ物は無い?」
「はい、大丈夫です」
翌日、華恋の見送りの為に駅へとやって来る。家族全員揃って。
私物は前日に郵送済み。早ければ今日にでも向こうの親戚の家に届くらしい。なので旅立ちの手荷物は少量。キャリーバッグが1つだけ。以前、コスプレイベントに行った時に香織に借りた物だった。
「本当に忘れ物ない?」
「大丈夫だってば。昨夜のうちに確認したもん」
「でも今朝だって玄関から出た後に一度引き返してたじゃないか」
「あ、あれはその…」
「まぁ、良いや。もし何か忘れ物あったら荷物で送れば良いだけだし」
多くの人々が行き交う駅構内で言葉を交わす。既に切符は買い終えたので後は改札をくぐるだけ。
入場券を買えば自分達も中へ入れるのだが本人に拒まれてしまった。ここで別れるのも車両で別れるのも同じだと考えているのだろう。
「駅弁は買った?」
「上で探すつもり」
「あ……本当に買うんだ」
「何よ?」
「いや、別に」
もしかしたら彼女なりの決意の表れなのかもしれない。ホームまで見送りに行ったら新幹線に乗らずにやり過ごしてしまう可能性もあるから。
だが1人で改札をくぐればもうそこに知り合いはいない。誰にも頼らず己の力のみで進み続けなくてはならなかった。
「ふぅ…」
昨夜泣いたせいかあまり淋しさは込み上げてこない。華恋の顔からもそんな感情を読み取る事が出来る。
家族がいる手前、取り乱す姿を見られる事に抵抗があったから助かった。もし2人きりの別れだったら正常でいられなかったかもしれないから。
「んんっ…」
それでも多少なり気持ちの乱れは残っている。次にこうして顔を合わせられるのがいつになるか分からないので。
5年後か10年後か、ひょっとしたら永遠に訪れないかもしれない。またこうして普通に対面出来る保証なんてどこにも無かった。
向こうに行ったら新しい家族に囲まれて、新しい友達を作って、そして新しい好きな人を見つけたり。そんな成長した妹の姿を想像すると何故か胸がチクリと痛んだ。
「華恋さん、元気でね」
「ありがとう。香織ちゃんも勉強頑張ってね」
女性陣2人が抱き合う。ハグというより背の低い香織が華恋の胸に飛び込んだ形で。
「また遊びに来てね。待ってるから」
「うん、必ず来るよ。ここは私にとって故郷みたいな物だし」
「あ、そっか。なら遊びに来てじゃなく、帰って来てくださいって言わないとダメだった」
「あははは、ありがとう」
いつの間にかこの2人も仲良くなっていた。自分の知らない所で。
華恋のこの笑顔はきっと作った物ではなく本物。だから香織の目からうっすら流れている涙も本物だった。
「……じゃあ、そろそろ行きますね」
「あっ…」
「ん?」
思わず声が漏れる。バッグに手をかけた彼女を呼び止めようと。視線が交わったがすぐに逸らした。
「えっと、長い間お世話になりました」
「こちらこそ色々ありがとうね。家の事とか、この子達の世話とか任せちゃって」
「いえ、そんな」
「また帰って来てね。本当にいつでも良いから」
「ありがとうございます」
長い髪が地面に向かって垂れ下がる。首に付けたハート型のペンダントと共に。
改札をくぐると彼女は奥へと移動。振り向き様に切符を持っている手を小さく動かしてくれた。
「あ…」
その仕草に応えるように自分も同じ動作を返す。しかしその反応を見てくれたかどうか分からないタイミングで再び奥に向かって歩き始めた。
「んっ…」
ずっと見続ける。もう二度と見られないかもしれないその背中を。
すぐそこにいるのに。叫べば声が聞こえるぐらいの距離なのに。もうその体に触れる事は出来ない。
追いかけたいがその選択肢は選べない。そして心の中で葛藤している間に大切な人は姿を消してしまった。
「……行っちゃったね」
「うん…」
隣にいた妹が小さく呟く。普段の陽気なテンションとは正反対の穏やかな口調で。
ひょっこり階段を下りて戻ってきやしないか。忘れ物を取りに引き返してこないか。心のどこかでそんな都合の良い展開を期待。けれどその淡い希望が実現する事はなかった。