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24 さよならとアルバムー2

 帰りの車内で華恋はずっと無言。話しかけても軽く相槌を打つのみ。


 家に帰ってきてからはリビングでテレビを見ていた。何かをするわけでもなく黙って時間が過ぎるのを待つだけ。


「ただいまぁ」


「おかえり」


 そして両親や妹もいつもより早く帰宅。母親に何が食べたいかを聞かれ華恋はカレーをリクエスト。なので自分の好物が最後の晩餐となってしまった。


 食後は皆でソファに座ってテレビ鑑賞。今までの事や、これからの事、思い出話と感謝の言葉を綴りながら過ごした。


 順に風呂に入り歯を磨くとそれぞれの部屋へと退散。5人で過ごす最後の晩はいつも通りに終わってしまった。



「……もう明日か」


 電気も点いていない暗がりの部屋で寝転がる。両手を枕との隙間に敷き詰めて。


 華恋が転校を決意してから今日までがあっという間だった。バイトも辞めて、クラスの皆にも挨拶して、荷物も纏めて。あとは本人がこの家を出て行くだけ。


 明日のこの時間にもう彼女はいない。自分の知らない遠い世界へと引っ越してしまうから。


「はぁ…」


 淋しいという感情は何故湧いてくるのだろう。その人の姿が見えないからか。それとも声が聞けないからなのか。


 心の奥底から今までに経験した事がない気持ちが湧き出してくる。それは出来る事なら投げ捨ててしまいたい感情だった。


「……もう寝た?」


「寝た」


 しばらくすると部屋の扉が開く。問い掛けに返事をした瞬間に訪問者がそそくさと中に進入してきた。


「あ、あのさ…」


「一緒に寝たいの?」


「え?」


 言われるであろう台詞を先に口にする。予め覚悟していた状況を。


「い、良いの?」


「……ん」


「お邪魔します…」


 体を壁際へと移動。空けた1人分のスペースに華恋がのそのそと入り込んで来た。


「淋しかったの?」


「べ、別にそういう訳じゃ…」


「僕は……淋しかった」


「そうなんだ…」


 視線を合わせず頭上を見つめる。月明かりの光でぼんやりと視認出来る天井を。


「向こうに行ったらまた何かバイトやるの?」


「分かんない。とりあえずあっちの環境に慣れないといけないし」


「優しい人だと良いね、親戚の人」


「私みたいなのを引き取ってくれようってんだから優しいわよ、きっと」


「……そうだね」


 実の母親の親戚。自分も半分はその一族の血を引いているが実感は湧いてこない。


「おばさんのカレー美味しかったね」


「うん。でもどうしてカレーだったの? 自分の好物を選べば良かったのに」


「わざわざ豪勢な料理を作ってもらうのも悪いかなぁと思って」


「最後まで遠慮しいな奴だなぁ」


「別に良いじゃん…」


 さすがに満漢全席は無理だが多少の贅沢には目を瞑ってくれただろう。もったいない事をした気がした。


「ねぇ…」


「ん?」


「どうして今日は出てけって言わないの。今までなら嫌がってたのに」


 温もりを感じていると彼女が話しかけてくる。不安そうな声で。


「言ってほしいの?」


「うぅん。じゃなくて少し疑問に思って」


「だって言っても聞かないでしょ? 素直に聞き入れるぐらいなら最初からこの部屋に来てないハズだし」


「そ、そうなんだけどさ。もし反対されたら床に布団敷いて隣で寝かせてもらおうかと思ってたんだけど」


「じゃあ今から床で寝ると良いよ」


「……やだ」


 続けて服の袖を握り締めてきた。離れたくない意志を訴えかけるように。


「最後だから?」


「かもね。あと淋しかったし」


「今さら泣いて喚いたってもう遅いわよ。明日には出て行っちゃうもんね」


「分かってるってば…」


 ここまで来て駄々をこねるのは子供のやる事だ。本当に引き止めたいならもっと早くに行動しなくてはならない。ただ今だけは一緒にいたいと思っていた。


「今の私達の姿をおじさん達に見られなら何て言われるかな」


「呆れられるか笑われるんじゃない?」


「それだけで済むかしら?」


「済むさ……多分」


 根拠はない。あくまでも勝手な憶測。


「これいつ寝るの? 朝までずっと喋り続けそうな気がするんだけど」


「なら徹夜でお喋りしちゃう?」


「アンタは帰って来て寝れば良いけどさ。私は明日、長旅なんだから少しでも体力を温存させておきたいんだけど」


「新幹線の中で寝たら良いよ。どうせ暇なんだから」


「うわ、ひでぇ」


「しっしっしっ…」


 他愛ない冗談で盛り上がる。知り合ったばかりの頃では考えられない親密さで。


 不思議と眠気は感じていない。むしろ失われていく時間を惜しく感じていた。


「……短かったね」


「何が?」


「この家に来てから今日までが」


「そうかな。僕は結構長く感じたけど」


「私はあっという間だった。今までの人生の中で一瞬だったぐらいに」


「一瞬…」


 それだけここでの生活が楽しかったという意味だろうか。もしそう感じてくれているなら嬉しい。


「もうずっと覚悟してた。この家からいなくなる事を」


「……うん」


「自分でも立ち直れたと思ってた。割り切れたんだって…」


「ん…」


「でも、でもね……やっぱりいなくならないかと思うと、淋しい」


 息を詰まらせた言葉が聞こえてくる。隣で喋る人物の声はいつの間に震えていた。


「うっ、あぁ…」


「……うん」


「んぐっ、うぁ…」


「僕も淋しいや…」


「ああぁっ、うぁあっ…」


 そしてそのまま嗚咽する。抱えていた何かが弾けたかのように。


 もしかしたら笑っていたのは堪え続けていただけなのかもしれない。泣き叫びたい程の悲痛な感情を。


「華恋」


「……なに?」


 そんな彼女に向かって呼びかけた。小さな声で。


「前に3年生の先輩に告白された時の事って覚えてる?」


「覚えてるけど……それがどうしたのよ」


「あの時、言ったよね。代わりに断ってくれたら何でもお願い事を聞いてあげるって」


「言ったけど…」


「アレ、まだ有効かな?」


 言葉に反応して彼女が手の動きを止める。涙を拭う仕草を。


「有効ってアレは…」


「華恋が1日だけ妹になるって勝手に決めちゃったでしょ? でも華恋は本当に僕の妹だったんだから無効になるんじゃないの?」


「そうかもね…」


「ならまだあの時の約束は果たされてない訳だ。だよね?」


「……何が言いたいの」


「今更こんな事を言うのは都合が良いと思う」


 ずっと考えていた。どうすれば良いのかを。


「せっかく新しい環境で頑張ろうとしてる華恋の決意を鈍らせる事になっちゃうかもしれない」


「決意…」


「すぐにじゃなくて良いから、ずっとずっと先でも良いから…」


「え、え…」


「いつかまたこの家に戻って来てほしい」


 かすれるよう声を絞り出す。気が付けば無意識に胸元のシャツを力強く握り締めていた。


 別れの淋しさが辛いのは彼女だけではない。自分も同じだった。


「……聞こえた?」


「うん、聞こえた」


「そっか…」


 問い掛けに対して肯定的な台詞が返ってくる。胸に抱いた不安を解消してくれる言葉が。


「ふぅ…」


 それから数秒間は沈黙が継続。お互いに一言も発さない状況が続いた。


「あ、あの…」


「ん?」


「返事は?」


「へ?」


「いや、だから今のヤツの返事」


 その静寂が耐えられずに自ら口を開く。振り向いた先にあった唖然とした表情を捉えながら。


「あ、あぁ! 返事ね、はいはい」


「本当に聞いてたの?」


「う~ん、どうしよっかな」


「ん…」


 突き返されそうで怖かった。一方的で身勝手なワガママを。


「……そうね、そんな頼み事されたら聞いてあげない訳にはいかないわよね」


「じゃ、じゃあ…」


「ちゃんと戻って来るよ。いつになるか分からないけど」


「……本当に?」


「うん、だから安心して。そんな泣きそうな顔しないでよ」


 彼女が顔に向かって手を伸ばしてくる。目元から流れ出る雫を拭うように。同時に胸の奥底から不思議な物が湧き出してきた。決して不快ではない感情が。


「華恋っ!」


「きゃあっ!?」


 名前を呼びながら彼女に近付く。腕を首に回して力いっぱい抱き締めた。


「あ、ゴメン」


「……ビックリしたぁ」


「悪い、つい…」


「そんなに嬉しかったんだ。私が戻って来るって言った事が」


「ま、まぁ」


「ひっひぃ~」


「……なにさ」


 声に反応して絡めていた腕を解く。照れ臭くなって。


「ちょっ…」


「んっ!」


「……っ!?」


 直後に彼女がこちらに向かって急接近。頬に奇妙な感覚が走った。


「な、何してるの!?」


「これでおあいこでしょ?」


「どこがおあいこなのさぁ…」


「ひひひ…」


 問い詰めるが軽くかわされる。すぐ目の前には悪びれる様子のない表情が存在。それはまるで小悪魔と天使を混ぜ合わせたような笑顔だった。

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