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24 さよならとアルバムー1

「……ありがとうございました」


 教壇に立っている華恋が頭を下げる。謝罪でもするような深い角度で。その直後に教室中から拍手が発生。クラスメートを見送る音が辺りに飛び交った。


「ふぅ…」


 席へと戻る彼女の姿を目で追っていく。本日は最後の登校日。転校生が再び転校してしまう区切りの日だった。


「うおりゃあっ!! 遠くへ行ったとしてもお前らはずっと俺の大切な生徒だからな、うおりゃあっ!!」


 担任が声を荒げて叫ぶ。目を充血させて号泣しながら。


 華恋が席に着くとそのまま帰りのホームルームは終わり。自動的に解散となった。


「忙しそうだなぁ…」


 先生が教室から出て行くのを見計らってクラスメート達が一斉に動き出す。転校生への事情聴取目的で。それは当然の光景だった。ほとんどの生徒は直前まで顛末を知らされていなかったのだから。


「雅人」


「なに?」


 人垣で賑わう場所を遠くから眺める。すると騒ぎに参加していない女子生徒が単独でこちらに歩み寄ってきた。


「アンタは行かなくていいの? あそこに」


「邪魔しちゃ悪いかなぁと思って」


「……そっか」


 どうやらすぐに状況を把握してくれたらしい。こうなる事を想定していた華恋から待機していてほしいと頼まれていたのだ。


「明日なんだっけ? 行っちゃうの」


「うん。昼の新幹線で」


「あ~あ、最後にもう1回ぐらい遊びに行きたかったなぁ」


「行けば良いじゃん。この後ヒマだって言ってたよ」


「嘘つき。一緒に帰る約束してるんでしょ?」


「ま、まぁ…」


 気を遣うがアッサリと虚偽を見抜かれてしまう。情けなさを通り越して感心してしまうレベルで。


「最後なんだから2人で帰ってあげなさいよ。アタシの事は良いからさ」


「……智沙って良い奴だよね」


「あ? 急にどうした」


「女だったら惚れてたかもしれない」


「テメェ、この野郎ーー!!」


「ぎゃあああぁぁっ!?」


 彼女が後ろから首を絞めてきた。本気ではないので痛みはない。しばらくするとクラスメート達に別れの挨拶を済ませた華恋もやって来た。


「お待たせ……って何やってんの?」


「た、助けてくれ。殺される」


 首に回された腕をポンポンと叩く。しつこく何度も。


「コイツが先に帰ろうとしてたから引き止めておいたのよ。まったくコイツは」


「……ちょっと、一緒に帰るから待っててって言ったじゃない。どうして先に帰ろうとしてんのよ」


「いや、違…」


「ひっどい奴よねぇ、可愛い妹を置き去りにしようなんて」


「本当だわ。これは一発お仕置きが必要みたいね」


「だから違うんだってば。話を聞いてくれ」


 女子2人が勝手に話を進行。言い訳の言葉を全く聞き入れようとせずに。そして拳を握り締めた華恋は本当に腹部にぶつけてきた。


「いったいな。何するんだよ」


「先に帰ろうとしたアンタが悪い。薄情者、薄情者」


「もう良いの? 気は済んだ?」


「……そうね。雅人は殴れたし、皆にはお別れの挨拶出来たし満足かな」


「そっか。なら行こっか」


 辺りを見回してみればほとんどの生徒は既に教室から退散済み。残っているのは自分達みたいな帰宅部だけ。


「んーーっ、じゃあアタシは職員室に行ってこようかな」


「あれ? 呼び出しでも喰らったの?」


「違うわよ。ちょいと先生に相談したい事があってね」


「相変わらず真面目だなぁ」


「はっはっはっ、もっと誉めろ」


「……ん」


 智沙が予定を語りながら背筋を伸ばす。それが気を遣った発言であるとすぐに理解出来た。


「華恋さーーん!!」


「お?」


 感謝の気持ちを噛み締めていると後ろから叫び声が聞こえてくる。妹の名前を呼ぶ声が。


「本当に……本当に転校しちゃうの?」


「えと、まぁ…」


「なら明日から俺はどうやって生きていけば…」


「さ、さぁ?」


「お願いします。俺と付き合ってください!」


「はぁ?」


 その正体は情緒不安定に陥っている友人。ヤケクソ気味の颯太が涙目で告白を始めた。


「頼んます。遠距離でも構わないので付き合ってください」


「いや、突然そんな事言われても…」


「一生のお願いです! ずっと好きでした」


「ちょっ…」


「うんと言ってくれなかったら死んでやる! そこの窓から飛び降りてやる」


 精神状態が崩壊しているのか身勝手な言い分を振りかざし始める。傍から見ても見苦しい主張を。


「付き合ってくれ! じゃないと…」


「うるせええぇぇぇーーっ!!」


「げっ!」


 2人の間に割って入ろうとした時だった。華恋の平手打ちが颯太の頬に炸裂。


「いってぇ!?」


「さっきからしつこいんだよ、アンタは。私が嫌がってんのが分かんないのか、あぁ!?」


「……へ?」


「自分勝手な奴は大っ嫌い! そもそも私、アンタみたいな男タイプじゃないから」


「ちょ、ちょっと」


「窓から飛び降りたいならどうぞ。誰も止めはしないわよ」


「華恋!」


 叫ぶ側と聞く側が入れ替わる。すぐさま彼らの間に飛び込んで口論を阻止した。


「そういう訳でアンタとはおさらばだから」


「そ、そんな!」


「じゃあねぇ~」


 続けざまに華恋が手をヒラヒラとさせる。永遠の別れを意味を込めて。


「お願いします! 悪い所あったら直します。だから付き合ってください」


「ちょ……なんで殴られたのに迫ってくんのよ。普通、ここは呆れるとこでしょうが」


「いや、今の一発で目が覚めました。ぜひ俺をアナタ様の下僕にしてください」


「は、はぁ!?」


「俺はアナタみたいな人がいないと生きていけないタイプなんです。これからもご指導お願いします」


 しかしめげない友人が制服にしがみついた。両目をキラキラと輝かせながら。


「……えぇ」


 どうやら今の制裁で何かを呼び起こしてしまったらしい。予想外の反応に戸惑った華恋は困惑した表情でこちらを見てきた。


「ん…」


 なんとかしろという事なんだろう。その目からは『はよ助けんかい』という意志表示がハッキリと確認出来た。


「アンタ、しつこい」


「いででっ!?」


 その時、意外な伏兵が現れる。やり取りを黙って見ていた智沙が後ろから颯太の首をロックした。


「ハッキリ断られたんだから諦めなさいよ。アンタはもう振られたの」


「い、嫌だ。絶対に諦めんぞ」


「まだそういう見苦しいこと言うか!」


「ぐええぇぇぇっ!?」


 強力なチョークスリーパーが炸裂する。手加減なしの攻撃が。


「……華恋、行こう」


「え?」


 続けて智沙がこちらに目配せ。アイコンタクトの意味を瞬時に理解すると隣にいた人物の手を引いて教室を脱出。2人で廊下を走った。


「はぁっ、はぁっ…」


 下駄箱までやって来た後はスニーカーに履き替えて外へ。華恋は上履きを袋に入れて持ち帰り。校門を抜けた所で駆け足していた動きを止めた。


「あーーっ、ビックリした」


「それはこっちのセリフだよ。いきなり豹変するんだもん」


「だって頭にきたし」


「最後の最後でやっちまったね。颯太の奴、唖然としてたじゃん」


「嫌われようとして叩いたんだけどなぁ。まさかああくるとは予想外だった」


 今頃は血祭りにあげられている所か。その現場を見たいが確認しに戻る訳にはいかない。


「でもアイツの事、嫌いじゃなかったわよ。もちろん今もね」


「華恋の趣味を一番理解してくれる男だったもんね。ある意味貴重だよ」


「良い人だったなぁ、皆…」


 振り返って学校全体を見渡した。オレンジ色の夕日に包まれた校舎を。


「ん…」


 彼女が淋しそうな表情を浮かべる。侘しさや心残りを混ぜ合わせたような顔を。


「……じゃあ行こっか」


「うん…」


 ほんの少しその場で佇んだ後、2人で並んで歩いた。もう二度と一緒に辿る事はないであろう道を。

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