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23 郷愁と追憶ー4

「ん…」


 約束の日、嫌な気分で目が覚める。テンションが下がる暗い夢を見てしまった。この星から人々がいなくなり1人だけで取り残された世界を。


「はぁ…」


 朝っぱらからこんな物を見せられるなんてツイてない。記憶を上書きしようと頭から布団を被った。


「二度寝するなぁーーっ!」


「ぐはぁっ!?」


 再び夢の中にダイブしようとするが失敗する。体に鈍い衝撃が走ったせいで。


「ゴホッ、ゴホッ!」


「何また寝ようとしてんのよ」


「い、痛い…」


「ほら、サッサと起きた。出掛けるわよ」


「うああぁあぁぁ!!」


 どうやら華恋が肘鉄を喰らわせてきたらしい。とんだ妨害行為だった。


「雅人が起きてこないから部屋まで来ちゃった。時間より早いけど出かけちゃお」


「……ん」


「朝食は何にする? ご飯? パン?」


「む…」


「それかどっか食べに行く? この時間ならどこの店も空いてると思うけど」


「ふぅ…」


「聞いてんのか、コラァーーッ!!」


「いてえぇえぇぇ!?」


 今度は顔の方に衝撃が走る。枕越しによる鉄拳制裁が。


「諦めて起きなって。もう目覚めてんでしょ?」


「……めちゃくちゃ眠たいんですが」


「あっそ」


「に、二度寝しても良いですか?」


「ダメ、許さん」


「なんの権限があってそんな…」


 時計で現在時刻を確認。起床予定まであと1時間近くあると判明した。


「寝かせてください、お願いします。1時間したら起きますから」


「ダメって言ってるでしょ。私、その間ずっと待ってないといけないじゃない」


「適当に漫画読んでていいから寝かせてください、お願いします。1時間したら起きますから」


「いいわよ。じゃあその間ずっとアンタの体に乗っかっててあげる」


「普通に寝かせてください、お願いします。1時間したら起きますから」


「なら大声で叫びながら歌うわよ。しかも耳元で」


「静かにしててください、お願いします。1時間したら起きますから」


「……くっ」


「で、ではおやすみなさい」


「あーーっ、もう! どんだけ二度寝にこだわってんのよ、アンタは」


 彼女が眉を吊り上げ怒り狂う。その姿を視界から消すように布団を被った。


「ま~~~さとぉ」


「む…」


「本当に寝ちゃうの?」


「……んん」


 寝具がシールドの役割を果たしているから声が微かにしか聞こえてこない。手出しをしてこない事に安堵していると体を壁際へと動かされた。


「もうちょっと奥に行って」


「え? え?」


 背中に違和感が発生する。それと同時に皮膚に冷たい空気が直撃。


「ちょ…」


「私も寝る。どうせやる事ないし」


「じゃあ自分の部屋に戻ろうよ。こんな場所で2人は狭いっす」


「やだ。面倒くさい」


「そんな…」


「おやすみ~」


 空いた空間に彼女が侵入してきた。肌と肌を密着させながら。


「ちょっと押さないでよ!」


「落ちろ落ちろ」


「奥に詰めなさい。私の場所が無くなるっての」


「華恋は眠たくないんでしょ? どうして中に入って来るのさ」


「だって雅人と一緒に寝たいんだもん」


「えぇ…」


 すぐさま反撃を開始する。しかし伸びてきた両腕が体に巻き付いてきた。


「離れてくれよ。このままだとキツい」


「良いじゃん、別に。いつもバラバラなんだし」


「そんなの当たり前じゃないか。普通、一緒に寝たりしないでしょ?」


「兄妹なのに?」


「……ん~」


 こういう質問は卑怯だと思う。肯定してはマズいし、否定したら男女を意識している証になってしまうから。


「ねぇ、一緒に寝たらダメなの?」


「分かったよ。起きますとも」


「やった!」


「はぁ…」


 ヤケクソ気味に布団を剥がした。ダルさが残る全身を無理やり動かして。


「まったく手こずらせやがって」


「誰かさんが無理やり起こしてたせいで寝不足じゃわい」


「あら、大変。世の中には酷い奴もいるもんだ。ねぇ、お兄ちゃん?」


「……そうですね」


 皮肉に対して満面の笑みが返ってくる。脳裏には兄妹ごっこをした懐かしい思い出が浮かんできた。


「早く起きなよ、出かけるんでしょ? そこにいるとベッドから出られないんだが」


「あ~、その事なんだけどね…」


「ん?」


 彼女に外に出るよう要求する。瞼を擦りながら。


「昼から雨らしいんだよね、今日」


「え?」


 振り返ってカーテンをスライド。そこにあったのはどんよりとした曇り空だった。


「……あらら」


「まだ降ってはないんだけどさ。ただ出かけるなら自転車じゃない方が良いかなぁと」


「そうだねぇ。せっかくの外出なのに雨かぁ」


「はぁ……ツイてない」


 どうやら悪天候に見舞われてしまったらしい。芳しくない演出だった。


「来週にする? さすがに2週続けて曇りって事は無いと思うし」


「それはダメ。来週は…」


「……あ、そっか」


 言われてから思い出す。1週間後の今頃、彼女はもうこの家にはいない事を。


「私、呪われてるのかな」


「関係ないと思うけど。運が悪かっただけだって」


「神様が邪魔してるのよ。出かけられないように」


「じゃあ今から神様をブッ飛ばしに行くか」


「おっ、良いねぇ」


 2人で顔を見合わせて笑いあった。物騒な発言を口にして。


「すぐに出掛けよう。今日しかチャンスがないんだから」


「あ……うん」


「とりあえず何かお腹に入れるよ。朝ご飯作ってくれる?」


「イエッサー」


 元気良く返事をした彼女の後に続いて部屋を出る。協力してチーズトーストを作成した。


「どこに行こう。やっぱり屋内施設かしら」


「あれ? 街の探検はどうするの?」


「そりゃあ、やりたいけどさ。雨降るって言ってるんだからしょうがないじゃん」


「いや、可能だよ」


「はぁ? どうやって?」


「雨降っても気にせず走り回る」


「……バカ?」


 口からパンくずをこぼして喋る。呆れ顔を浮かべている対話相手を視界に入れながら。


「ビショ濡れになるのを気にしなければ大丈夫なんじゃないかな。物理的に出かけられないって訳じゃないんだし」


「アンタねぇ、そんな事したら風邪引くに決まってんでしょうが。何が濡れても気にしないよ」


「プールに入ってると思えば耐えられるんじゃないかと思ったんだけど、やっぱりダメか」


「当たり前でしょーが!」


「う〰️ん…」


 なぜ水中に何時間も浸かっていても平気なのに雨に数分間濡れただけで風邪を引いてしまうのか。真剣に悩んだがその差が分からなかった。


「とにかく行ける所まで行ってみようよ。周辺を廻るだけなら1時間もあれば充分だから」


「……そうね。まだ降ってくるには時間あるもん」


「それに2人乗りやりたいんでしょ?」


「は、はぁ? それやりたいって言ってたのアンタでしょ? 何言ってんの」


「あれ? ならやらなくても良いのか」


「いじわる…」


 彼女が口を尖らせて睨み付けてくる。その反応にニヤニヤしながら最後のパンを完食した。


「準備してくる。支度出来たら玄関で待ってて」


「ん、了解」


 食器をシンクに突っ込むと一時別行動をとる事に。自室に戻って外出用の服に着替えた。


「忘れ物ない?」


「おーーっ!」


 そして玄関へとやって来ると華恋と合流する。二階で爆睡中の妹を残して外へ。続けて庭から自転車を引っ張り出した。


「よ~し、出発だ」


「まずどこに連れて行ってくれるの?」


「小学校と中学校を中心にグルッと回る予定」


「ルートはアンタに任せるわ」


「了解」


「へいへ~い、早く早くぅ」


 彼女が一足先に荷物置きに座る。サドルをペチペチ叩きながら。


「んじゃ、行くよ」


「うん!」


 両肩に添えられた手が心地いい。ハンドルを握ると力強くペダルを踏みしめた。


「んぐぐぐぐっ!」


「何してんの、アンタ」


「ぬううううっ!」


「だから何してんのって」


「ハァッ、ハァッ……全く進まない」


 だが行動開始早々に暗礁に乗り上げる。まるで強力な磁石で固定されているかのようにペダルが動かない。


「ちょっとちょっと頑張んなさいよ。頼りない兄貴ねぇ」


「そんな事言っても本当に進まないんだよ。全力で漕いでるのに」


「気合いで乗り切りなさい、ピンチぐらい。男でしょうが」


「車体が重いんだよねぇ……華恋、体重いくつ?」


「人のせいにするなぁーーっ!!」


「あががががっ!?」


 後ろの同乗者に文句をつけた。その結果、首を絞められる羽目に。


「そもそもレディにそんな質問するのが間違ってんでしょうが、あぁ!?」


「す、すいません。ちゃんと頑張りますから」


「次にまた弱音吐いたら、おんぶで街中歩かせるからね!」


「ひいいぃいぃぃっ、どうかそれだけはご勘弁を!」


 スパルタコーチに脅され全身の力をフルに発揮する。地面を蹴ってくれた推進力もあってかどうにかして進み始める事に成功した。


「ふぃ~」


「やれば出来んじゃない」


「だ、だね。最初に少し手間取ってただけみたいだ」


「あとでご褒美にチューしてあげよう」


「いらないっす…」


 不安定な有様で走り続ける。酩酊状態を疑われそうな蛇行運転で。


「ひぃ、しんどい…」


「頑張れぇ」


「ハァッ、ハァッ」


「あ~、涼しい」


 体中から汗が飛び出しているのが分かった。そのおかげで顔に当たる風が冷たくて気持ちが良い。そして10分ほど走って(ひがし)小と書かれた場所へとやって来た。


「つ、着いた…」


「ふ~ん、ここが雅人の通ってた学校かぁ」


「……ちょいと休憩」


 ハンドルの上にもたれかかって呼吸を整える。止まった途端に心臓の鼓動が爆発的にヒートアップした。


「ゼェ、ゼェ…」


「プールは綺麗だけど遊具は古いわね」


「はぁ…」


「アンタもしっかり見ておきなさいよ。こういう時でもなければ校舎を見にくる機会なんかないんだから」


「ゴホッ、ゴホッ……何か言った?」


「だっらしないわねぇ、体力なさすぎじゃない」


「そんな事言われても…」


 疲弊して当然だった。2人分の体重を乗せて走っているのだから。


「じゃあ次の場所にれっつご~」


「ねぇ、交代しない?」


「はぁ? 何だらしない事言ってんのよ。10分ぐらいしか漕いでないじゃない」


「もう体力がヤバい。体が持ちそうにない」


「でも私じゃ行き先分かんないじゃん。やっぱり雅人が頑張るしかないんだってば」


「な、なら歩こう。それなら良いでしょ?」


「……まぁ、いいけど」


 2人して自転車から降りる。地面に足をついた瞬間に太ももがプルプルと震えた。


「あ~、しんどかった」


「もう少し運動しなさいよ。いくら何でも弱りすぎ」


「後ろで楽してるくせに文句言わないでくれ。信号発進とか辛いんだから」


「私が重たいって言いたいのか、あぁん?」


「いひゃい、いひゃいっ!?」


 不満を漏らすと頬をつねられる。周りに通行人が大勢いる状況で。


 なるべく車が通らない道を選んで移動。そして15分近くの時間を費やして天神(てんじん)中学校と書かれた校舎へやって来た。


「はい、着いた」


「疲れたぁ、足がパンパン。誰かさんが歩かせるから」


「……あのさぁ」


「あはははは、嘘うそ。散歩出来たから気持ち良かったわよ」


 悪びれる様子が感じられない笑顔を向けられる。天真爛漫と厚顔無恥を混ぜ合わせたような表情を。


「懐かしいなぁ。もう卒業してから1年以上が経つんだ」


「智沙さんとはここで知り合ったんだっけ?」


「そうだよ。颯太も」


「へぇ」


 毎日この門をくぐって通学していた頃を思い出した。父親が再婚してからは香織と通ったりした事も。


「一緒に住んでたら私もここに通ってたのかな」


「かもね。クラスは別々だったろうけど」


「……やり直せないかな、もう一度」


「ん…」


 それは兄妹としてやり直したいという意味だろうか。気にはなるが尋ねるのが怖い。心の中で好奇心と恐怖心がせめぎ合っていた。


「華恋にも中学生の時ってあったの?」


「当たり前じゃん。いきなりこの姿のままで産まれたとでも思ってんの?」


「い、いや……昔の写真とかあるのかなぁと思って」


「そういえば私、自分の写真ほとんど持ってないや。修学旅行の時とか卒アルくらいかも」


「あ~…」


 言われてみたら自分も同じようなもの。電子機器が普及している現代においてインクで紙に印刷するという行為は必要性が薄まっているのかもしれない。


「なら今度それ見せてよ」


「やだ。それに昔って言っても数年前じゃない」


「それでも見てみたい。ダメかな?」


「……そんなに興味あるの?」


「ま、まぁ…」


 気になるといえば気になる。その人の昔の姿を知るのは結構楽しいから。


「な、ならお互いに提出って事で」


「えぇ~」


「どうして人には要求するクセに自分のは拒むのよ。アンタが隠すなら私も見せないからね」


「……分かりました」


 どうやら恥ずかしいらしい。たまに出す初々しい反応が面白くて堪らなかった。


「そろそろ行く?」


「そうね、移動しよっか」


 部活中の生徒の視線がこちらに向いている。逃げ出すようにその場を離脱した。

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