23 郷愁と追憶ー3
「あのさ、欲しい物ある?」
「は? 何よ、急に」
1人で考えていても埒が明かないので本人に尋ねる。帰り道の電車の中で。
「こういうの欲しいってリクエスト無い? あんまり高くない物で」
「いや、突然そんなこと言われても困るし」
「なんでも良いよ。手軽に買える物で、すぐ手に入れられる物で、近場の店に売っているような物なら」
「……なんでも良いって言うのか、それ。私にプレゼントしてくれるの?」
「えっと…」
こういうのはサプライズとしてやった方が喜ばれるかもしれない。だとしたらバラすのは時期尚早だろう。
「そういう訳ではないんだけどね。ただなんとなく聞いてみたくなったというか」
「……あ?」
「会話の一環として話題を振ってみただけだからあんまり気にしないで。いや、本当に」
「ヘタクソか…」
「え? 何?」
「別に…」
彼女が俯きながらボソリと呟いた。眉を八の字にしながら。
「いきなり言われても思い浮かばないからさ。もう少し考えさせてよ」
「ん、了解」
「にしても何で急にそんな事聞いてきたの?」
「女の子ってどんな物を貰ったら喜ぶのかなぁと思って。今後の参考までに聞いてみただけ」
「うらあぁあぁぁっ!!」
「いって!?」
会話中に太ももに鈍い痛みが発生。何故か手加減なしのローキックを浴びせられてしまった。
「そうだ、あれ欲しいかも。カラオケの機械」
「どうやって買えっていうのさ。そもそも買えるのかな、アレ」
「買いなさいよ。可愛い妹がこうしてお願いしてるんだから」
「自分で言っちゃうの? そもそも歌える場所が無いじゃないか。普通の家は防音設備なんか無いよ」
「それもそうか…」
荷物を発送するだけでかなりの金額がかかってしまう。送れたとしても無駄な場所を占拠してしまうだけ。
「ん~、なら何にしようかな…」
「無理して考えてくれなくても良いよ。どうしてもじゃないから」
「いや、考える! 何が何でも決めるから待ってて」
「ほいほい」
彼女が口元に指を当てながら眉間にシワを寄せた。なかなか良い物が思い浮かばないのか電車を下りてからもそのポーズを継続。
「う~ん、う~ん…」
「いや、無理して考えようとしなくて良いよ。悩みすぎだって」
「う~~~ん」
「踏ん張りすぎだから。トイレ我慢してる人みたいに見える」
「……う~ん」
話しかける声が全く耳に入っていない。傍から見たら思い切り不審者だった。
「そういえばどこか行きたい場所ない? 日帰り出来る範囲で」
「うぇ? どうしたのよ、今日は」
「もしこの辺りで見たい場所があるなら行ってみるのも良いかなぁと。向こうに引っ越してからじゃ遅いし」
「行ってみたい場所ねぇ…」
改札をくぐって外に出る。人がそこそこに溢れている駅前へと。
「あ、あんまりお金使わない所にしようね。学生らしく質素な場所で」
「ハワイとか…」
「人の話聞いてる!? 普通の高校生がどうやってそんな所に行くのさ」
「やっぱり映画とかかなぁ。でも今は観たい作品やってないしなぁ」
「映画ならどこでも見に行けるじゃないか。向こうの親戚の家でも」
「カラオケ、ボウリング…」
「いや、だからそういうどこにでもある娯楽施設じゃなくてさ。この辺りにしかない場所に…」
「うるさいなぁ。いろいろ考えてんだから静かにしててよ」
「……はい」
意見を挟んだら叱られる羽目に。1人寂しく無言で歩行。しばらくすると再び話しかけられた。
「特にこれといって行きたい場所が思い浮かばないや」
「なんじゃそりゃ」
「だってこの辺りの人気スポットとかよく知らないし。情報が少なすぎて考えられないわよ」
「ならどうしてあんなに悩んでたのさ」
「ちなみに出掛ける時って……2人だけ?」
「ん? 他に誰か誘いたい人でもいるの?」
「い、いや…」
彼女が目線を逸らす。ブンブンと手を振りながら。
「適当に街中をブラブラするのも良いかもね。特に目的地も決めずに」
「当てのない旅って事?」
「そうそう、そんな感じ」
「でも大体の場所は決めておかないと。どこの駅で降りるとか、どっちの方角に進むとか」
「んなもん適当に歩いていきゃ良いでしょうが。棒が倒れた方向とか」
「小学生の時にやったなぁ、それ」
懐かしい話題で大盛り上がり。意識の中に甦ってくるのはランドセルを背負っていた頃の下校時間だった。
「じゃあ地元をブラブラしましょう。私達が住んでる街を」
「ここは特にコレといって見るものはないよ。閑静な住宅街が並んでるだけだから」
「アンタってずっとこの街に住んでるんでしょ?」
「まぁ、そうだね。父さんが再婚する時に引っ越しはしたけど」
「なら雅人が育った街を見てみたい。通ってた学校とか、よく遊んだ場所とか」
「そんなもの見て何が楽しいのさか…」
どこにでもあるような普通の校舎に、溜まり場といえば公園か友達の家ぐらい。決して人に見せられるような代物ではなかった。
「良いじゃん、別に。ある意味この土地でしか見られない名物でしょうが」
「それはそうかもしれないけど…」
「んじゃ、そういう事で決定~」
彼女が1人満足そうな顔を浮かべる。一方的な案を口にしながら。
「でもどうやって移動するの? 徒歩?」
「アンタの自転車があるじゃない」
「もう1台は香織のを借りるの?」
「2人乗りに決まってんでしょうが。前に言ってたじゃない。女の子を後ろに乗せて走ってみたいって」
「そういえば…」
「私がその夢叶えてあげようって言ってんのよ。じゃないと一生夢のままで終わっちゃいそうだもん、雅人の場合」
「あ、ありがとうございます」
局地的な記憶力に感心してしまった。口にした本人ですら忘れていた妄想なのに。
とりあえずおおよその行き先は決定。次の休日に2人で出掛ける事になった。