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22 少女と決意ー6

「雅人、聞いてくれ!」


「え? 君、誰?」


「ふざけんなっ! 俺だよ、俺!」


 休み時間に声をかけられる。ニヤニヤとした顔付きの颯太に。


「実はな、昨日凄い発見をしたんだ!」


「ほう。どんな?」


「北国の女子高生はな、どれだけ寒くてもスカート姿なんだよ」


「は?」


「いやぁ、感心したぜ。これで強風によるパンチラハプニングがあったら完璧だったんだけどなぁ」


「……あの、もしかしてまた女子校見学に行ってた?」


「おう。フェリーや長距離トラックを乗り継いでさっき帰って来た所だぜ」


「どこまで遠征に行ってたのさ…」


 どうやらまだ例の趣味を続けていたらしい。呆れるのと同時にその凄まじい行動力に驚嘆してしまった。


「……あれ?」


 彼と別れると静かに席に据わる。するとズボンのポケットが小刻みに振動している事に気付いた。


 取り出した端末の画面には1件のメッセージが存在。差出人はここ数日頭の中にずっと居座り続けている双子の妹だった。


『大切な話があるので放課後に家の近くの公園に来てください』


 書かれていたのは呼び出しを意味している文面。ただし何故か敬語で。


「マジっすか…」


 ちゃんと会話をしたくての行動と予測。いつも避けているからこうしてわざわざ2人っきりになる機会を設けてきたのだろう。


「……う~ん」


 ケータイをポケットに仕舞いながら頭を捻る。この呼び出しに応えるべきなのか否かを。


 無視するのは簡単だ。メッセージに気付かないフリをして真っ直ぐ帰ってしまえば良い。


 しかしそれだと問題をただ先延ばしにしただけ。何より大切な話をしようとしている彼女の気持ちを踏みにじる行為となってしまう。


「どうしよう…」


 悩みながら視線を別の方向へと移動。友達とお喋りをしている智沙の方を見た。


「あっはははは、ウケる」


「……ん」


 彼女に相談してみるのも良いかもしれない。何かいいアイデアを伝授してくれそうだから。


 ただまた自分達の問題に巻き込む事になってしまう。本人は気にしてない素振りを見せているが、あまり良い行為ではない。


「はぁ…」


 やはり1人だけで何とかするべきだ。華恋だって誰にも相談出来ずに苦しんでいるんだから。



「行くか…」


 そして放課後になると椅子に座ったまま待機する。待ち合わせ相手と鉢合わせしないように少し時間をズラしてから教室を出発した。


 駅にやって来た後は電車に乗って地元へ。下車して目的の場所へと歩き始めた。


「おまたせ」


「……ん」


 平静を装って声をかける。ベンチに腰掛けていた待ち合わせ相手に向かって。


「今日はバイト休みだったんだね」


「うん。最近シフト減らしてもらってるから」


「そういえば華恋のバイト先に行った事ないや、一度も」


「別に来なくて良いわよ。恥ずかしいだけだし」


「突き放されると逆に行きたくなっちゃうなぁ。いつ行こうかな」


「くんな。来たら殴るわよ」


「その時は店長に告げ口してクビにしてもらおう」


「アンタねぇ…」


 どうやら怒ってはいない様子。覚悟していた展開にならなくて胸を撫でおろした。


「それで話って何?」


「あ……うん」


「告白の類いなら受け付けないよ。悪いけど」


 鞄をベンチに置くと彼女の正面に立つ。場の空気を和ませる為のジョークを口にしながら。


「……あ~あ、先に言われちゃったか」


「もしかして…」


「最後に思い切って言ってみようかと考えてたんだけど」


「……そんな事の為にわざわざ呼び出したの?」


「んっふふ。だとしたらどうする?」


「はぁ…」


 呆れるように溜め息をついた。ワザとらしく大袈裟に。


「そういうのやめてくれよ。この話はもう終わったじゃないか」


「まぁね。私って意外に諦めの悪い奴なんだなぁと思ってさ」


「まったく…」


「……アンタには最初に言っておこうかと思って」


「何を?」


「私ね、やっぱり親戚の家に行く事にしたから」


「え…」


 反論しようとした瞬間に時間が止まったような奇妙な錯覚を覚える。耳に入ってきた言葉が原因で。


「ずっと考えてたんだ。アンタに振られた時から」


「華恋…」


「どうしたら付き合えるか。どうしたらもう一度振り向いてもらえるかって」


「……ん」


「一度は私の事を好きって言ってくれたんだから、頑張れば上手くいくんじゃないかと思ってた」


 その話はもう終わったハズだった。真実を打ち明けたあの日に。


「でもアンタは振り向いてくれなかった。感情よりルールを優先して」


「それは…」


「分かってる、間違えてるのは自分の方だって。でも私はそう簡単に割り切れなかった。雅人みたいに」


「……ごめん」


「バカって思うかもしれないけど本気だったんだよ。何とかしようと全力で奔走した」


「別にそんな事は思わないけどさ…」


「でも途中で気付いちゃったんだよね。何やってんだろ、私って」


 彼女が両手を組む。そのまま青とオレンジが混ざり合った空に向かって伸ばした。


「だんだん無駄な努力を続けてるみたいでアホらしくなっちゃった」


「……それと親戚の家に行く事に何の関係があるの?」


「ねぇ。雅人はもし好きな人が自分以外の誰かと仲良くしてたらどう思う?」


「ん? そりゃあ嫉妬する……かな」


「そうだよね~。良かった、何とも思わないって言わなくて」


「はぁ?」


 投げかけられた質問の意味が理解出来ない。脈絡が無さすぎて。


「私はアンタが他の女の子と仲良くしてるのを見るのが辛い。だからいなくなるの」


「あ…」


「おじさん達にもう一度お願いしなくちゃ。悪いけど転校の手続きお願いしますって」


 しかしその答えはすぐに判明。耳を塞ぎたくなるような言葉が耳に入ってきた。


「せっかく新しい友達が出来たのになぁ。また1人ぼっちだ」


「……本当に行くの?」


「え?」


「本当に行っちゃうの? 無理しなくてもここに残ってれば良いじゃないか」


 つい興奮して声を荒げる。両手を強く握り締めながら。


「アンタねぇ……今の話、聞いてた?」


「聞いてたさ。でもその話は断ったハズでしょ? どうして今更また受けるのさ」


「だから私がそうしたいからそうするの。理解しろ、馬鹿!」


「2人で話し合って決めたじゃないか。今の家で一緒に暮らそうって」


「その時とは気持ちも考え方も違うの! もうアンタが振り向いてくれないって分かったんだから」


「僕とそういう風になれないから転校するって言うの?」


「そうよ。悪い?」


「……っ!」


 頭にきた。せっかく2人で兄妹として生きていこうと決めたハズなのに。今度こそ本物の家族になろうと誓ったハズなのに。彼女の主張はあまりにも身勝手な内容だった。


「いい加減にしてくれ、そんなのただのワガママじゃないか。どうして自分勝手な事ばかり言うんだよ」


「だってしょうがないじゃん。もう無理って分かっちゃったんだもん」


「だからどうしてそれが離れ離れになる理由になるのさ。今まで通りで良いじゃないか」


「その今まで通りが耐えられないから変えたいって言ってんの、分かれっ!」


「分からないよ!」


 お互いに感情を激しくぶつけ合う。公園の奥で遊んでいる小学生達を無視して。こうなっては売り言葉に買い言葉。冷静な話し合いなど出来なくなっていた。


「良いじゃないか、別に恋人同士になれなくても。一緒の家で暮らせるんだし」


「でもそれ以上の関係になれないんだよ? ただの家族でいるしかないんだよ、私達」


「そりゃあ、そういう運命だったと諦めるしかないさ。どうしようも出来ないんだから」


「……またそれか」


「またって言わないでよ。事実じゃん」


「もうそれ飽きた。違う言葉で説明して」


「あのさぁ…」


 肩を掴もうと右手を動かす。しかし途中で停止。気のせいか彼女の瞳の中に光る物が見えた気がした。


「雅人はさ」


「え?」


「どうしてそこまで私と一緒に住む事にこだわってるわけ?」


「それは…」


 問い掛けの台詞に息が詰まる。兄妹だからという言葉を口にすれば良いだけなのに。


「んっ…」


 彼女と出会った当初、異性として見ていた。どこにでもいるちょっと怖い普通の女の子として。


 だからショックだった。好意を寄せていた相手と結ばれる事の出来ない現実が。


 その後に考えたのは現状維持。いつの間にかいなくなっていた父親や母親のように妹だけは失いたくなかった。


「ねぇ、何で?」


「……ん」


 間近で視線が交わる。何度も見てきた綺麗な瞳と。


 そこには1つの期待が込められていた。目の前にいる人物がある言葉を口にする展開を。


 それはほんの少ししか残されていない可能性で、希望と呼ぶには相応しくない一縷の望み。同時に今までずっと避けてきた道でもある。


 だからこそ答えなくてはいけなかった。暴走している妹と、気持ちを揺れ動かされそうになっている自分自身と決別するために。


「兄貴だからだよ…」


「……そっか」


 小声で答えを出す。唇を震わせながら。


「ならやっぱり私は行く。アンタの前からいなくなるね」


「うん…」


「もう止めないの? 行くなって」


「無理だよ。止める権利も資格もないもん」


「兄貴なのに?」


「……兄貴だからだよ」


 まるで呼吸をするように皮肉を吐いた。自嘲気味に。


 華恋が恋愛の成就を諦めきれなかった事と、自分が彼女を転校させたくなかった理由は同じ。ただのワガママ。


 もし彼女の気持ちを正面から受け止められないのなら共同生活を望んではいけない。お互いに辛い思いをするだけだから。


「いつ行くの? 向こうに」


「ん~、すぐには無理かな。お世話になる相手の事情とかもあるし」


「そっか」


「おじさん達に訳を話して、クラスの友達にも話さないと」


「忙しいね」


 お互いに口調を穏やかな物に変える。険悪な雰囲気はいつの間にか消え去っていた。


「バイトも辞めなくちゃ。せっかく慣れてきたのに」


「最初はうだうだ文句言ってたよね。先輩ウザイとか言って」


「だって本当にムカついたんだもん。何度殴ってやろうと思った事か」


「落ち込んでクヨクヨしたりするよりマシかもね。その負けず嫌いな部分を見習わなくちゃ」


「性別が逆だったんじゃないの、私達」


「あぁ、それは有り得るかも。神様が入れ違えちゃったんだよ、きっと」


「神様のバカ…」


 2人してジョークをネタに盛り上がる。自虐の意味も込めて。


「んーーっ、全部吐き出したら色々スッキリしたぁ」


「この前、トイレから出てきて時にも同じこと言ってなかったっけ?」


「……あ?」


「いてっ!?」


「不謹慎極まりない発言はヤメろ!」


「は、はい」


 続けて軽い下ネタを投下。お気に召さなかったのか顔面に軽いビンタが飛んできた。


「淋しくなるね…」


「すぐに慣れるわよ」


「……そっか」


 頬に涼しい風が当たる。どこか心地良い空気が。


 頭上を見上げると大きな旅客機を発見。轟音を立てて雲の隙間を飛んでいた。


「ん…」


 2人で無言のまま立ち尽くす。空の彼方に消えて行く飛行機をその場でしばらく眺めていた。

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