22 少女と決意ー5
「ねぇ、お母さん聞いてよ。まーくんがさぁ…」
「まだそのネタ引っ張るの? 何度も謝ったじゃないか」
夜になると家族5人で食卓を囲む。テーブルの上に置かれた山盛りのカキフライをオカズに。
「頭が痛くて小テストの点数悪かったんだからね」
「それは香織が普段から勉強してない結果でしょ。僕のせいにされても困る」
「おかげで放課後に居残りさせられちゃったし。どーしてくれるのさ?」
「だから知らないってば」
「あっはははは」
兄妹喧嘩を見て母親が大笑い。時折よく分からない事でツボにハマるから不思議だった。
父親はテレビを見ながら端末を操作。華恋はずっと黙ったまま食事を継続。
少しずつだけど元の生活に戻れている気がする。家族と顔を合わせても悲しい感情は湧いてこなかった。
「……またか」
自室で勉強していると1件のメッセージが届く。断りの返事を書いて送信した。
「はぁ…」
ここ数日、華恋の部屋への訪問を拒んでいた。自分が向こうに行く事も。嫌でも毎日顔を合わせるわけだし、連絡を取り合う事が出来ない訳でもない。ただ2人っきりになれない展開に彼女は不満を持っていた。
「雅人」
「ん?」
翌日の放課後に華恋が声をかけてくる。戸惑った様子で。
「あの……さ」
「あぁ、ごめん。今日は用事あるから無理」
「……え」
「ん~と…」
話を濁すようにキョロキョロと辺りを回視。目的の人物を発見するとそのまま接近した。
「智沙、じゃあ行こっか」
「は? 何よ」
「ほらほら、急げ急げ急げ~」
「ちょ、ちょっと!」
事情を把握していない友人の背中を強引に押す。華恋と目を合わせないようにしながら2人で教室を出た。
「なんなのよ、いきなり」
「ごめん。協力してもらっちゃった」
「訳が分からん。しっかり説明しなさい、このアンポンタン」
不満な面を浮かべている友人に向かって簡潔に話す。無理やり連れ出した目的を。
「あ~、はいはい。つまり華恋と一緒に帰りたくなかったとそういう訳ね」
「うん。颯太はまた居残りで宿題やらされるし」
「そこで部活も居残りもないアタシに目をつけたのか」
「悪いね。なんだか利用しちゃったみたいで」
「利用したみたいってか利用したんでしょ。別に良いわよ、アンタ達に巻き込まれるのに慣れてきたもん」
「ご、ごめん…」
返す言葉がなかった。無関係の人間を巻き込んでしまっているのは事実だろう。気軽に声をかけてしまったが誉められた行為ではなかった。
「アンタさ、よっぽど愛されてたのね。あの子に」
「う~ん……そうなのかな」
「そうに決まってんじゃん。じゃなかったらあそこまでヘコまないでしょうが」
「喜んでいい事なのか悲しむべきなのか…」
「これが普通のクラスメートとかなら良いんだけどね。まさか相手が双子の妹とか」
「はあぁ……どうして兄妹だったんだろ」
「手ぇ出してなくて良かったじゃん。うっかり妊娠でもさせてたら自分達だけの問題じゃ済まなくなってたわよ」
「へ、変なこと言わないでくれっ!」
混乱が止まらない。頭の中で嫌な想像を浮かべてしまった。
「ん…」
ただこうやって避けていても家では顔を合わせてしまうから辛い。食事やトイレの時は必ず一階に下りてこなくてはならないし。
「はぁ…」
それからも華恋は毎日、家族に感づかれないように振る舞っていた。いつもの作り笑いを。
とはいえそれは誰かの視線が向けられた時だけ。1人きりになると別人のように変貌。シンクで食器を洗っている時の横顔は首でも吊ってしまうんじゃないかと思えるぐらい悲壮な物だった。