22 少女と決意ー3
「華恋」
「あ…」
「今日はバイトないんでしょ? 一緒に帰ろ」
放課後になると声をかけた。ローテンションの同居人に。
「今日は体育でバスケやったんだけどね。颯太がズボンを前後反対に穿いてて大笑いしちゃったよ」
「……へぇ」
「試合中に皆で爆笑してさ、しかもその場で脱ぐからまた笑いが起こって」
「そうなんだ…」
「何度思い返しても愉快だよ。あれは最高だった」
「む…」
そのまま2人並んで学校を出る。話題提供の為に授業中に起きた出来事を打ち明けながら。ただ相手からの返事が乏しいので独り言を連投する羽目に。
「ねぇ、いい加減落ち込むのやめようよ」
「……え?」
「辛いのは分かるけどさ、いつまでもクヨクヨしてても仕方ないって」
「クヨクヨ…」
「もう忘れよ。人生もっと楽しまないと」
我慢出来ずについ叱ってしまった。励ますという本来の目的を見失って。
「ほら、もっと自分の趣味に夢中になれば良いじゃん。コスプレとかアニメとか」
「……アンタはもう何ともないの?」
「僕?」
「うん…」
「まぁ、今はそんなにヘコんでないかな」
「そっか…」
「もう結構時間も経ったし。それに2人揃って落ち込んでたら周りに怪しまれるからさ」
真相を知らされた当初は自分も今の彼女みたいな感じだった。何をするにもやる気が起きず、何を口に入れても味を感じず。誰かに話しかけられても曖昧な返事をするだけ。
だがそんな状態を続けているうちに落ち込んでいる行為自体に辟易。いろいろ悩んでいるうちに吹っ切れてしまったのだ。
「華恋も新しい楽しみとか見つけると良いよ。そうすれば自分の世界観を変えられるから」
「……雅人は何か見つけたの? 新しい楽しみ」
「いや、特には」
「じゃあ、どうしてそんなに元気なのよ…」
「う~ん、何でだろう。元々こういう性格だったのかもしれない」
「……薄情者。本当に私の片割れか」
「ははは、やっぱり何もかも同じにはならないって事だよね。育ってきた環境で違うんだよ」
達観したような気分。楽しい訳でもないのにテンションは妙に高い。
「はあぁ……やっぱり私にはアンタみたいに割り切る事は出来そうにないや」
「しばらくしたら嫌でも忘れられるよ。立ち直るのが早いか遅いかの違いだって」
「そうなんだけどさぁ。一生このままの状態が続く気がするのよねぇ」
「それは有り得ないでしょ。おばあちゃんになってもこのままだったら、ある意味凄いや」
「……雅人じいちゃん」
今までに彼女を何とか元気づけようと画策はしてみた。どこかへ遊びに連れ出してみようと計画したり。
ただ2人っきりで出かけると余計に勘違いに拍車をかけそうだから行動に起こしてはいない。何より身の危険を感じていた。
「なんか良い方法ない? 嫌な事を一瞬で吹き飛ばしてしまう魔法みたいなアイテムとか」
「頭をガツーンと殴って記憶喪失」
「あぁ……それ良いかも。今なら無抵抗で受け入れられそうな気がするわ」
「僕が警察に捕まってしまうからダメだよ。やるなら自分で……っていうかやったらアカン」
「なら他に何かないの。私の記憶を消す方法」
「う~ん……あるにはあるんだけど、あんまりお勧めしたくない」
「どんな?」
頭の中にあるアイデアを思い付く。外道とも思える荒療治を。
「か、彼氏を作るとか」
「はあぁ?」
「ようは恋をしてるからズルズル引きずっちゃってる訳でしょ? なら別の誰かを好きになってしまえば忘れられるんじゃないかなぁと思うわけさ」
「……あ?」
「ダ、ダメですかね…」
躊躇いはあったが意を決して提案を口に。対して返ってきたのは睨み付けるというリアクションだった。
「恋するって誰とよ。まさかあの馬鹿となんて言い出さないわよね?」
「いや、あの告白してきた先輩とか。名前忘れちゃったけど」
「……けっ」
「グレないでくれよ。不良じゃないんだから」
やはりお気に召さなかったらしい。そもそもそんな方法で解決するならここまで悩む必要は無かった。
「しばらくは彼氏作らない。ていうか一生作らない」
「そう悲観的にならなくても。人生まだまだこれからじゃん」
「だってぇ……もし好きになった相手が実は兄妹でしたってなったらどうすんのよ」
「そんな事はもう二度とないから安心しなさい」
「でも現にそういう事が起きちゃったじゃない。やっぱり私は恋しちゃいけないんだってば」
「どんだけネガティブ思考なの?」
発言に対して否定的な意見ばかりが返ってくる。口を尖らせる動作と共に。
「華恋がそういう考え方してるなら、その間に僕が恋人作っちゃうよ」
「えっ!?」
「一足先に大人になってやる。そして青春を謳歌してやるんだ」
「や、やめよ……ねぇ、やめよ」
仕方ないので方向性を変更。押すのを諦めて引いてみる事にした。
「一生独り身でいたいっていうなら結構。なら自分だけ幸せになるよ、じゃあね」
「ちょっ…」
「すっごい優しい子見つけてさ、毎日一緒にお昼ご飯を食べるんだ」
「やぁだああぁあぁぁっ!!」
「そして仲良くなったら家に招待してやる。部屋でイチャイチャしたりするかも」
「……そんな事したらその子のお腹刺す。包丁でズブズブ刺してやるから」
「や、やめてくれっ! そういう危ない事を言うの」
隣の華恋の顔を見たら目がうつろ。とても冗談を口にしている人間とは思えないような雰囲気を醸し出していた。
「だって…」
「安心しなよ。僕が部屋に女の子連れて来るなんて有り得ないから」
「え?」
「そんなにモテる奴じゃないって事は華恋が一番よく知ってるでしょ?」
「まぁ……言われてみたら確かに」
恋人作る作戦は即座に中止に。上手くいけば今までの事を忘れられるかもと思ったがリスクが高すぎる。特に自分の彼女候補になる人が。
「ん…」
華恋が袖を掴みながら側に接近。歩くペースを上げて少し強引に振り払った。
「今日は母さん達が早めに帰ってくるから楽だね」
「そうね。まぁバイトないから私が作っても良いんだけどさ」
「親戚の家にいる時も自分で作ってたの?」
「……うん。おばさん達、腰が悪くてあんまり長い時間立っていられなかったからさ」
「そっか。だからそんなに料理が上手なんだ」
「最初はいろいろ覚えるの大変だったけどね。慣れたら楽しくなってきたけど」
「へぇ…」
彼女にこれだけ料理の才能があるのなら双子の自分にあってもおかしくはない。ただ何かを作る行為自体に興味を惹かれなかった。
「帰ったら何するの? またゲーム?」
「そうだね。他にやる事ないし」
「なら私も一緒にやって良い? 今日は宿題出されてないから」
「でもやろうと思ってるのホラーゲームだよ。それでも一緒にやる?」
「……や、やっぱりやめておこうかしら。目にも悪いし」
「本当に分かりやすいお嬢さんじゃのう」
彼女が近付いてこようとするならその意志をはねのけなくてはならない。例え恨まれるような展開になろうとも。家族以上の感情を互いに抱いてしまった為に距離を置く必要があった。