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21 現実と現在ー4

「ほ、本当にもうしない?」


「え?」


「約束出来る? 二度と同じワガママは言わないって」


「……あ」


「最初で最後だから。こういう事するの」


 立ち上がって彼女に近付く。逃がさないように肩を掴んだ。


「え、え…」


「後悔してもしらないよ。言い出しっぺはそっちなんだから」


「嘘…」


 そのまま真っ直ぐに見つめる。震えた瞳を。


「んっ…」


 目の前にある瞼が静かに閉じた。迫り来る現実から逃げ出すように。


 聞こえてくるのは小さな息遣い。草木を揺らす風の音。


 すぐそこにある唇にかぶりつくように体を動かしていく。心臓の高鳴りが止められなかった。


「あーーっ、やっぱりダメェ!!」


 しかし口からは情けない声が出てしまう。同時に掴んでいた肩を振り払いながら。


「……え」


「無理無理、華恋とそういう事なんて出来ないよ」


「ちょ、ちょっと…」


「頑張ってみたけどダメだった。ごめん」


「は?」


 張り詰めた空気の中で降参を宣言。心臓はドキドキするし手は震えるわで思わず突き放してしまった。


「背伸びなんてするもんじゃないね。残念だけど諦めよう」


「……こ」


「お?」


「こんのヘタレがああぁぁぁぁっ!!」


「え? 何々」


 達観していると彼女が声を張り上げる。怒りを剥き出しにした声を。


「うわっ!?」


 そして振りかぶった右手をこちらの顔面目掛けて発射。どうにかぶつかる寸前でかわした。


「な、何するのさっ!」


「アンタが途中でやめたのが悪い! やるならちゃんと最後までやりなさいよ」


「だって仕方ないじゃん。踏ん切りがつかなかったんだから」


「許さない許さない、絶対に許さないっ!」


「だから悪かったって謝ったじゃないか。勘弁してくれぇ」


「このっ…」


 更に今度は顔を近付けようと無理やり接近。ウサギのように飛び跳ねてきた。


「ストップ、ストップ」


「んんんっ!」


「変態かって。離れてくれよ」


「んーーっ、んーーっ!」


 肩を掴んで猛攻を阻止する。身の危険を感じたので武力で制圧する事に。


「うりゃーーっ!!」


「きゃああぁぁぁっ!?」


 脳内でイメージした柔道技を即座に実行。制服姿の女子高生を勢いよく草むらに転がした。


「あ、悪い」


「……いったぁ」


「つい力入れすぎちゃった。大丈夫?」


「大丈夫じゃない。思い切り腰打った。どうしてくれんのよ」


「起きれる?」


 倒れていた華恋に手を差し伸べる。謝罪の意味も込めて。


「……何よ?」


「いや、なんか悪寒がした…」


「ちっ」


「どんだけキスに執着してるのさ…」


 けれどすぐに引っ込めた。どうやら隙を見て引き寄せるつもりだったらしい。


「してくれないと大声で人呼ぶわよ。喚き叫んで」


「ど、どんな風に?」


「キャーーッ、変態に襲われるぅって」


「それ、君の事だから」


 彼女がブツブツ文句を言いながら立ち上がる。スカートに付着した草を振り払うと再び近付いてきた。


「アンタ、妹にこんな真似して許されると思ってんの?」


「正当防衛だから平気」


「……そういえば私達ってどっちが兄で姉なのかしら?」


「う~む、どっちなんだろう」


 顎に手を添えて考える。正解の不明な答えを。


「分からないってんなら私、姉が良い」


「え? なんで?」


「だって威張れるじゃない。アンタに色々命令だって出来るしさ」


「理由が適当……別に構わないけど」


「あれ? あっさり認めちゃった。妹好きそうだから反論してくるかと思ってたのに」


「だって家にもういるもん。2人もいらない」


「くっ…」


 さすがに贅沢は言わない。ワガママを振る舞える立場でもないから。


「やっぱや~めた。私が妹ね」


「どうして変更するのさ。優柔不断なお姉ちゃんだなぁ」


「お母さんがいたら聞けたのにな。どっちが先に生まれたのか」


「遠くにいるんだっけ?」


「そ、ずっとずっと遠くにね」


「やっぱり会いたい? お母さんに」


 話の流れで別の話題を持ち出した。ここにはいない家族の存在を。


「……そりゃあ会いたいわよ。親子だもん」


「だよねぇ、僕にとっても母親なわけだし。一体どんな人なんだろう」


「あのさ、雅人に言っておかなくちゃならない事があるの」


「ん? 何?」


「私の……私達のお母さんね、もういないんだ」


「……え」


 続けて耳に有り得ない情報が入ってくる。信じられない内容の台詞が。


「私が小学生の時に病気になって…」


「病気…」


「病院で寝たきりの生活が何年も続いてたの」


「じゃ、じゃあ海外に行ったって話は…」


「ごめん。おばさん達と事前に打ち合わせして決めた嘘なんだ」


「……そっか」


 小学生の時に母親が入院。それから親戚の家を転々としていたらしい。


 母親の病状は一向に回復する事なく人生の最期を迎えてしまったとの事。それが華恋が我が家にやってくる少し前の話。


 その入院していた病院に勤務していたのが父さん達。両親の過去については事前に聞かされていたので疑問は抱かなかった。


「まさか引き取られた理由にそんな裏話が隠されてたとは驚いたけどね…」


「こっちだって驚きだよ…」


 父親も母親もいつの間にかこの世からいなくなっていたなんて。少し変わった生活環境とは思っていたが、こんな波乱万丈な人生を歩んでいるとは思わなかった。


「親戚の家をたらい回しにされて嫌じゃなかった?」


「嫌に決まってるじゃない。いちいち引っ越しや転校しないといけないのよ? めんどいっての」


「ならうちにいると良いよ。これからもずっとさ」


「……今更もう遅いわよ」


「今だから言うんだよ。せっかく巡り会えた家族なんだから」


「あ…」


 慰めるように優しい声をかける。自身への励ましての意味も込めて。


「アンタ、よくそんなクサい台詞を平気で吐けるわね。恥ずかしいと思わないの?」


「う、うるさいなぁ。別に間違えた事は言ってないじゃないか」


 けれど彼女から返ってきたのはその親切心を無下にするような反応。あまりにも酷すぎる態度だった。


「おばさんから親戚に引き取られる話を聞かされた時ね、やっぱり嫌だった」


「でも了承したんだよね?」


「うん。私の立場からだと拒否する事なんて出来ないし。それに…」


「それに?」


「雅人がちゃんと引き留めてくれるって信じてたから」


「なるほど…」


 どうやら提案を素直に受け入れていた訳じゃなかったらしい。ここにきて彼女の本心を知る事が出来た。


「しかしよくそんなクサい台詞を平気で吐けるね」


「う、うるさいっ! いちいちツッこむな!」


「もし僕が止めなかったらどうするつもりだったのさ」


「……大人しく出て行く。そうするしかないじゃない」


「意固地なお嬢さんだのう。泣きついてでも抗えば良いものを」


 不器用に思えて仕方ない。実直で強情な性格が。


「どうしてこんな事になっちゃったんだろうね…」


「……うん」


「少し前まで付き合うとか付き合わないって話で揉めてたのに」


「まだ間に合うけど」


「さすがにもう諦めようよ…」


 2人で再び河川敷に腰掛けながら夕日を眺め始めた。ベタな青春ドラマの一ページみたいに。


 悲しい事があった時、夕焼けを見たくなる気持ちが今なら分かる。不安な気持ちが少しずつ癒されていった。


「……ん」


 もし実の父親が交通事故に巻き込まれていなかったら今頃はどんな生活を送っていたのだろうか。見た事の無い男性と、記憶のかなたにいる女性を強くイメージする。


 住んでいる家も通っている学校も違う。毎日顔を合わせる家族だって。不謹慎な話だが今の生活とどちらが幸せだっただろうかと考えてしまわずにはいられない。


 ただ1つ分かっている事はすぐ側にはいつも華恋がいたという事だ。大切な家族の一員として。

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